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一ノ巻 誘う惑い路、地獄地蔵
第27話 大暗黒天
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――同じ頃。
斑野高校の一室――小規模な会議室のような部屋――で、男子生徒が一人、長机の前で椅子に腰かけていた。
まるでブランデーグラスでも持つような格好に広げた、その手の上の空間には。黒く濃い、もやのようなものが漂っていた。その中には小さく映像が浮かび上がっていた。針の山と霧に囲まれた空間の中、僧形の男と対峙する映像。怪仏の視点からの記録のような。
やがて僧形の男の拳を受けたところで、その映像は途切れた。
見ていた男は感心したように声を上げる。決して大きな声ではなかったがよく響く、芯の通った声。いわば生まれながらにして、上に立つ者の声だった。
「ほう……。あの逸人が倒されるとはね。思っていた以上にやるようだ」
席を立ち、窓際に歩く。逸人を倒した者の姿を探すかのように、窓の向こうへと目をやった。
「彼と閻摩天なら、相性は悪くなかったはずだが。見込み違いだったかな」
辺りはもう日が落ち、外はわずかにしか見通せない。窓ガラスは室内の明かりを反射し、鏡のように男の姿を映し出した。
真っ直ぐな背筋と、きっちりと着込まれた制服――何のアレンジもないただの制服だったが、それはまるで体に合わせてあつらえたかのように、一分の隙もなく彼の体を包んでいる。いや、むしろ彼のためにその制服がデザインされたのではないか。そんな思いすら見る者に抱かせるようであった――。
長過ぎない程度に整えられた前髪は、まるで定規で引いたように直線的に伸び、斜めに額を覆っている。高く真っ直ぐに通った鼻筋は意思の強さを示すように見えたが、目元や口は決して険しくはなく、むしろ人なつこささえ感じさせた。
男は手の上のもやを掲げる。
「それにしても。せっかくのコレクションがまた一つ減ってしまったな」
黒いもやの中には幾つもの小さな人影が浮かんでいた。そのどれもが像や絵図に表されるような、仏の姿をしていた。
不意に、部屋のドアがノックされる。
「失礼します。生徒会長、まだ残ってらしたんですか」
生徒会役員か、男子生徒がそう言って部屋に入ってきた。
窓際にいた男は、すでに黒いもやを握り消していた。生徒に向かって笑いかける。
「ああ、会議の準備を少しね。もう帰るところだよ」
「そうですか。あ、会議の資料まとめましたんで、ここに置いておきますね」
失礼しました、と言って部屋を出た、生徒の足音が遠ざかった後。
男は再び窓の方を向き、空を見上げる。
「ふん……丸藤崇春か。最後の【南贍部洲護王拳】だけはなかなかだったが……しょせん俺の敵ではない」
握り締めた拳から黒くもやが上がる。
「せいぜいあがき回って『毘沙門天』を探し出してもらうとしよう。だがその力を手に入れるのは、この怪仏・大黒天……『大暗黒天』の東条紫苑だがな……!」
勢いを増す黒いもやと共に、紫苑の笑い声が空へと立ち昇っていった。
斑野高校の一室――小規模な会議室のような部屋――で、男子生徒が一人、長机の前で椅子に腰かけていた。
まるでブランデーグラスでも持つような格好に広げた、その手の上の空間には。黒く濃い、もやのようなものが漂っていた。その中には小さく映像が浮かび上がっていた。針の山と霧に囲まれた空間の中、僧形の男と対峙する映像。怪仏の視点からの記録のような。
やがて僧形の男の拳を受けたところで、その映像は途切れた。
見ていた男は感心したように声を上げる。決して大きな声ではなかったがよく響く、芯の通った声。いわば生まれながらにして、上に立つ者の声だった。
「ほう……。あの逸人が倒されるとはね。思っていた以上にやるようだ」
席を立ち、窓際に歩く。逸人を倒した者の姿を探すかのように、窓の向こうへと目をやった。
「彼と閻摩天なら、相性は悪くなかったはずだが。見込み違いだったかな」
辺りはもう日が落ち、外はわずかにしか見通せない。窓ガラスは室内の明かりを反射し、鏡のように男の姿を映し出した。
真っ直ぐな背筋と、きっちりと着込まれた制服――何のアレンジもないただの制服だったが、それはまるで体に合わせてあつらえたかのように、一分の隙もなく彼の体を包んでいる。いや、むしろ彼のためにその制服がデザインされたのではないか。そんな思いすら見る者に抱かせるようであった――。
長過ぎない程度に整えられた前髪は、まるで定規で引いたように直線的に伸び、斜めに額を覆っている。高く真っ直ぐに通った鼻筋は意思の強さを示すように見えたが、目元や口は決して険しくはなく、むしろ人なつこささえ感じさせた。
男は手の上のもやを掲げる。
「それにしても。せっかくのコレクションがまた一つ減ってしまったな」
黒いもやの中には幾つもの小さな人影が浮かんでいた。そのどれもが像や絵図に表されるような、仏の姿をしていた。
不意に、部屋のドアがノックされる。
「失礼します。生徒会長、まだ残ってらしたんですか」
生徒会役員か、男子生徒がそう言って部屋に入ってきた。
窓際にいた男は、すでに黒いもやを握り消していた。生徒に向かって笑いかける。
「ああ、会議の準備を少しね。もう帰るところだよ」
「そうですか。あ、会議の資料まとめましたんで、ここに置いておきますね」
失礼しました、と言って部屋を出た、生徒の足音が遠ざかった後。
男は再び窓の方を向き、空を見上げる。
「ふん……丸藤崇春か。最後の【南贍部洲護王拳】だけはなかなかだったが……しょせん俺の敵ではない」
握り締めた拳から黒くもやが上がる。
「せいぜいあがき回って『毘沙門天』を探し出してもらうとしよう。だがその力を手に入れるのは、この怪仏・大黒天……『大暗黒天』の東条紫苑だがな……!」
勢いを増す黒いもやと共に、紫苑の笑い声が空へと立ち昇っていった。
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