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一ノ巻  誘う惑い路、地獄地蔵

第14話   決戦前夜

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 二人とも何も言わず、暗い道を歩いていた。かすみの家の近く、崇春の野宿するお堂への道。渦生は送ってくれると言っていた――酒が入っているので徒歩でだ――が、百見についていてくれるよう頼んでおいた。

 足元もはっきりと見えない夜の中を、離れた街灯の明かりを目指して歩く。白く浮かび上がるようなそこもすぐに過ぎ行き、また闇の中を、沈み込むように歩いていく。遠く離れた次の街灯へ向かって。
 辺りを通る車もなく、二人の足音だけが響いていた……というわけでもない。じゃりん、じゃりん、と崇春の立てる、錫杖の音が常に響いていた。
 百見が倒れ、本来ならどうしようもなく心細いはずなのに。その音は妙に威勢がよくて心地よく、かすみは闇の中で苦笑した。――どうもこの人と一緒だと、不安になれない。

 息をついて言う。
「……でも、とにかく。明日で全部、解決するんですよね」
 何人もの生徒が倒れたけれど、かすみも狙われ、百見まで倒れてしまったけれど。その犯人は知人だったけれど――でも、明日で解決する。
そう思えばこそ、何というか。こんな暗い夜でも、二回も襲われた道でも歩いていける。

「……」
 しかし崇春は何も言わなかった。笠の下で顔をうつむけ、宙をにらむだけだった。
 かすみもうつむく。しまった――そんな風に思った。正直どこか、浮かれていた。正体がはっきりしたせいでか、自分が狙われることもなくなるせいでか。百見のことを忘れていたわけではないにしろ、崇春の気持ちを考えていなかった。

「ごめんなさい、何ていうか……心配ですよね、百見さんのこと」
 太い眉を寄せたまま、ぼそりと崇春がつぶやく。
「……本当に、奴なんか」
「え?」
「本当に奴の仕業なんかのう。あの、ガーライルの」

 そういわれてかすみは黙る。確かに今朝や昼休みの態度を見るなら、ただの変わった子だが。百見を嫌う理由も、呪うような言動があったのも確かだ。そして何より。
「あの書き込みがある以上、賀来さんとしか……あ、全然別の人があのあだ名で勝手に書き込んでたら?」
 しかし、あの名前――言語的にも間違っている――が偶然かぶることはないだろうし。仮に他人が賀来を装おうとして、あの自称を名乗ったとしても。その他人が百見を呪う理由がないだろう。

「あ、でも。聖書の言葉を使った呪いで仏様が出てくるってのも変ですよね」
 崇春は首を横に振る。
「仏様ではない、怪仏よ。ありゃあいわば、仏の形をした人のごう。必ずしも、宗教とか儀式にるもんでもない……が、呪いを言葉として示したことが引き金となる、っちゅうこともないとは言えん。じゃけえ、その辺は何とものう」
 百見がいてくれりゃあ分かったかも知れんがの――そうつぶやいて、崇春はまたうつむいた。

「……やっぱり、賀来さんなんですかね。百見さんが狙われた以上……そういえば、私が狙われたのは何でだろう……他の人も」
 崇春は黙って杖を抱え、腕組みをした。鳴り響いていた錫杖の音が潜まり、静かな足音が響く。
 やがて、目を見開いた。
「それも分からん。が、一つだけ分かることがある。わしが今やるべきこと、それは――」

 背中のリュックを下ろし、開いて中身を示す。
「――おとこ崇春! 怒濤どとうのカップ麺パーティじゃああ!」
 中には大量のカップ麺と、お湯の入った水筒。缶詰にパン、缶コーヒー。渦生が持たせてくれた買い置きの食料だった。

 かすみの頬が苦笑いの形で固まる。
「いや、あの。パーティというか……」
 確かに夕食はまだだが、そんなことではしゃいでいる場合なのか。

 崇春は何度もうなずく。
「分かっちょる、分かっちょるわい。おんしの言いたいことは……これじゃろ?」
 懐から取り出して示した。青汁と牛乳。
「栄養的なことじゃありませんからーー! ……ていうか、それ」
「おう、百見が持たせてくれたもんじゃ……昼飯のとき、じゃがいもを食いそびれたもんでのう。栄養取れっちゅうて、くれたんじゃわい」

 かすみは息をついた。なぜか、口元が緩んだ。
「……心配ですよね、百見さん」
崇春は青汁をストローですすっていた。
「いいや?」
「心配して下さいよ! 倒れたままだしあの、地獄みたいなとこに――」

 崇春はストローから口を離して笑う。
「まったく、谷﨑はおかしなことばかり言うのう。別に怪我はしとらんかった。大体、奴が地獄に落ちたとて、それが何じゃと言うんじゃい」
「えっ」
「地獄が怖ぁて何の坊主か。奴はただ仕事場におるだけぞ。供養くようもまた、僧の務めの一つなればのう」

 青汁を全てすすり上げ、パックを握り潰した。
「今頃は亡者のため、経の一つも上げちょるじゃろう。――心配すべきもんは、それよりも他におる」
「え?」
 かすみの目を見る崇春は、笑ってはいなかった。
「飯を食え、谷﨑。ようく寝ろ。明日は、一緒にそこへ来てくれい」
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