かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~

木下望太郎

文字の大きさ
15 / 134
一ノ巻  誘う惑い路、地獄地蔵

第14話   決戦前夜

しおりを挟む

 二人とも何も言わず、暗い道を歩いていた。かすみの家の近く、崇春の野宿するお堂への道。渦生は送ってくれると言っていた――酒が入っているので徒歩でだ――が、百見についていてくれるよう頼んでおいた。

 足元もはっきりと見えない夜の中を、離れた街灯の明かりを目指して歩く。白く浮かび上がるようなそこもすぐに過ぎ行き、また闇の中を、沈み込むように歩いていく。遠く離れた次の街灯へ向かって。
 辺りを通る車もなく、二人の足音だけが響いていた……というわけでもない。じゃりん、じゃりん、と崇春の立てる、錫杖の音が常に響いていた。
 百見が倒れ、本来ならどうしようもなく心細いはずなのに。その音は妙に威勢がよくて心地よく、かすみは闇の中で苦笑した。――どうもこの人と一緒だと、不安になれない。

 息をついて言う。
「……でも、とにかく。明日で全部、解決するんですよね」
 何人もの生徒が倒れたけれど、かすみも狙われ、百見まで倒れてしまったけれど。その犯人は知人だったけれど――でも、明日で解決する。
そう思えばこそ、何というか。こんな暗い夜でも、二回も襲われた道でも歩いていける。

「……」
 しかし崇春は何も言わなかった。笠の下で顔をうつむけ、宙をにらむだけだった。
 かすみもうつむく。しまった――そんな風に思った。正直どこか、浮かれていた。正体がはっきりしたせいでか、自分が狙われることもなくなるせいでか。百見のことを忘れていたわけではないにしろ、崇春の気持ちを考えていなかった。

「ごめんなさい、何ていうか……心配ですよね、百見さんのこと」
 太い眉を寄せたまま、ぼそりと崇春がつぶやく。
「……本当に、奴なんか」
「え?」
「本当に奴の仕業なんかのう。あの、ガーライルの」

 そういわれてかすみは黙る。確かに今朝や昼休みの態度を見るなら、ただの変わった子だが。百見を嫌う理由も、呪うような言動があったのも確かだ。そして何より。
「あの書き込みがある以上、賀来さんとしか……あ、全然別の人があのあだ名で勝手に書き込んでたら?」
 しかし、あの名前――言語的にも間違っている――が偶然かぶることはないだろうし。仮に他人が賀来を装おうとして、あの自称を名乗ったとしても。その他人が百見を呪う理由がないだろう。

「あ、でも。聖書の言葉を使った呪いで仏様が出てくるってのも変ですよね」
 崇春は首を横に振る。
「仏様ではない、怪仏よ。ありゃあいわば、仏の形をした人のごう。必ずしも、宗教とか儀式にるもんでもない……が、呪いを言葉として示したことが引き金となる、っちゅうこともないとは言えん。じゃけえ、その辺は何とものう」
 百見がいてくれりゃあ分かったかも知れんがの――そうつぶやいて、崇春はまたうつむいた。

「……やっぱり、賀来さんなんですかね。百見さんが狙われた以上……そういえば、私が狙われたのは何でだろう……他の人も」
 崇春は黙って杖を抱え、腕組みをした。鳴り響いていた錫杖の音が潜まり、静かな足音が響く。
 やがて、目を見開いた。
「それも分からん。が、一つだけ分かることがある。わしが今やるべきこと、それは――」

 背中のリュックを下ろし、開いて中身を示す。
「――おとこ崇春! 怒濤どとうのカップ麺パーティじゃああ!」
 中には大量のカップ麺と、お湯の入った水筒。缶詰にパン、缶コーヒー。渦生が持たせてくれた買い置きの食料だった。

 かすみの頬が苦笑いの形で固まる。
「いや、あの。パーティというか……」
 確かに夕食はまだだが、そんなことではしゃいでいる場合なのか。

 崇春は何度もうなずく。
「分かっちょる、分かっちょるわい。おんしの言いたいことは……これじゃろ?」
 懐から取り出して示した。青汁と牛乳。
「栄養的なことじゃありませんからーー! ……ていうか、それ」
「おう、百見が持たせてくれたもんじゃ……昼飯のとき、じゃがいもを食いそびれたもんでのう。栄養取れっちゅうて、くれたんじゃわい」

 かすみは息をついた。なぜか、口元が緩んだ。
「……心配ですよね、百見さん」
崇春は青汁をストローですすっていた。
「いいや?」
「心配して下さいよ! 倒れたままだしあの、地獄みたいなとこに――」

 崇春はストローから口を離して笑う。
「まったく、谷﨑はおかしなことばかり言うのう。別に怪我はしとらんかった。大体、奴が地獄に落ちたとて、それが何じゃと言うんじゃい」
「えっ」
「地獄が怖ぁて何の坊主か。奴はただ仕事場におるだけぞ。供養くようもまた、僧の務めの一つなればのう」

 青汁を全てすすり上げ、パックを握り潰した。
「今頃は亡者のため、経の一つも上げちょるじゃろう。――心配すべきもんは、それよりも他におる」
「え?」
 かすみの目を見る崇春は、笑ってはいなかった。
「飯を食え、谷﨑。ようく寝ろ。明日は、一緒にそこへ来てくれい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

処理中です...