小説版「付呪師リゼルの魔導具革命」

清見元康

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第一章

第15話:冒険者から見た付呪師2

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 稀代の天才付呪師。
 ルグリアは、当初そう考えていた。
 だが、短い会合の中でわかったこともある。
 リゼルという少年は、才とひらめきの人間では無いように感じたのだ。
 才能に愛された者は、もっと自信を持つものだし、傲慢さの欠片を見せる。
 だが、彼はまるで違う。
 コツコツと積み重ね、磨き上げた者特有の気配を感じるのだ。
 妹のエメリアと、少し似た気質を持っているようにも感じる。
 聞けば、元々彼は付呪師ではなく[翻訳]の力を込めた魔導書を作り上げただけなのだとか。

 しかし、とルグリアは思う。
 [翻訳]の魔法や、魔導書は特別新しいものでは無い。
 すでに、市場には出回っている。

 ……きっと、彼はひたすらに磨き上げたのだ。
 後ろ指さされて笑われてきたのかもしれない。
 それでも、尚研磨を重ね続ける狂気。

 ルグリアは彼に畏怖と敬意を抱いた。
 おそらく、彼は魔導師としては凡庸かそれ以下。
 だというのに、あそこまで、できてしまえるものなのだ。

 ルグリアは、彼とは真逆だ。
 できることは完璧にできる。
 人並み以上だという自負がある。
 直感でなんとかなるのだ。
 反面、できないことはまるでできない。
 だからすぐに投げ出す。
 時間の無駄だと理解しているから。
 だが、諦めずに磨き続ければ、彼のようになる。

 凄いな、とルグリアは素直にそう思った。
 彼は、できないことをできると信じて、積み重ねてきたのだろう。
 本当に、凄い。
 だが、ルグリアの経験から同時にこうも思う。
 あの子は、利用されやすい子かもしれない。
 ……昔の、エメリアのように。

 孤独に積み重ねてきた者は、利用しようと近寄る者に気づけない。
 上辺では、その者の望む言葉を囁いてくれるから。

 ……とりあえず、リゼルとエメリアの関係は師弟へと落とし込むことができた。
 彼の方から弟子入りを申し出てきたのは誤算だったが、結果としてより良い方向へと進んでくれたようだ。
 他の冒険者よりも先に、パーティに引き入れることができたのも大きい。
 少なくとも、ルグリアは彼を使い潰そうという気は無い。
 彼を利用し、私腹を肥やそうなどというつもりも毛頭無い。
 エメリアはまだわからないが、自分と似た雰囲気を感じたのか同族意識的な感情の方が強いように見える。
 このまま、良き友、良き師弟であってくれればと願うばかりだ。
 だから、とりあえずは何とかなった、とルグリアは安堵した。

 だが本当の問題はこれからだ。
 遠方、闇夜の荒野の彼方に、凶暴な魔力が集っているのを感じる。
 ここからでもわかる。
 逃げ出したくなるような殺気が、ルグリアたちに向けられているのだ。
 風にのって微かに漏れる魔力の匂いが、獰猛な憤怒と憎悪を教えてくれる。

 ……リゼルの一撃によって屠られた八体のベヒーモス。
 呼び水となったのはそれだろう。
 だが、リゼルを咎める声は無い。
 どの道、包囲はされていた。
 魔獣たちはルグリアたちを逃す気など最初から無い。
 弱りきってから襲ってくるか、今襲ってくるかの違いでしかないのだ。
 そして少年は経った一振りの杖で八体もの強大な戦力を削ったのだから、その彼の施した付呪武具を身につける冒険者たちの士気は高い。
 死を覚悟し、無残に食い散らかされる運命を予期していた彼らに、確固たる希望がもたらされたのだ。
 それも、たった一人の天才がもたらしたのでは無い。
 研磨を重ねた続けた凡人が、誰にでも使える強大な付呪の力を与えてくれた。
 もう、無様に敗走した冒険者たちでは無い。
 彼らの手には、魔獣に通用する武器が握られている。

 と、ルグリアは己の持つ[稲妻の付呪を施された弓]に視線を落とす。
 最初に見た彼の杖と同じく、途方も無い魔力を感じる。
 これを、あの小柄な少年が生み出したのだ。
 爆発するかもしれないのでいつでも捨てられるように、と彼は言っていた。
 故に、これと同等の魔力を帯びた弓と矢がいくつも用意されている。
 剣も、槍も、盾も、鎧も、殆どが彼が付呪を施した。
 これほど高品質な付呪は見たことが無い。
 そしてこれだけの数を数時間で生み出せる付呪師も、見たことが無い。
 ……彼は、歴史を動かすかもしれない。
 そんな予感が、ルグリアにはあった。
 ふと、のっそりとやってきたグインに気づく。

「グインもう良いの? 準備は?」

 彼は、板鎧と大盾、ハンマーを装備した重戦士だ。
 防衛戦の要の一人。

「おう、良いぞ」

「そっ」

 戦士として信頼している。
 彼が良いと言うのならば良いのだろう。
 だが、個人的に気になっていることもある。

「グインの防具は、あの子――リゼル君が付呪したやつ?」

「ん、そうだ」

「……どう?」

 今まで彼がつけていた鎧には、エメリアの付呪が施されていた。
 だが、明らかに魔力の質が違う。
 ルグリアの弓と同じく、強大で濃い魔力。

「怖いくらい馴染んでくれる。……あの坊主はホンモノかもしれん」

 エメリアのことは、好きだ。
 最愛で、大切な妹。
 そんな妹の付呪を、遥かに凌駕する付呪。

「……そっか。――良かった」

 思わず、本音が漏れた。
 グインはどこか優しい顔になって言った。

「ああ、そうだな」

 エメリアよりも、優秀な、年下の子。
 自分よりも弱くて、強い男。
 もしもエメリアが、利用では無く別の淡い感情でリゼルと共にいようと決めてくれたのなら、これほど嬉しいことは無い。
 闇雲に力を追い求めるのは、破滅しかもたらさない。
 妹には、ちゃんと恋をして、穏やかな生活を送ってほしい。
 だから、もしエメリアが素直にそう思ってくれたのなら、ルグリアは応援しようと心に決めた。
 いびつな関係では無く、ちゃんとした男女を、やってほしいから。
 幸せになって欲しいから――。

「ルグリア」

 と、グインが名を呼ぶ。

「生きて帰るぞ」

「ったりまえじゃん」

 当然、ルグリアだって死ぬつもりは無いし、幸せになりたい。
 恋もキスも知らずに、死にたくなど無い。

「なら良い。お前は気負いすぎるとこがあるかんな」

 そう見られていたのなら、それは勘違いだ。
 気遣ってくれてもグインは所詮男で叔父ということなのだろう。
 だから、ルグリアはあえて胸を張って言ってやった。

「お姉ちゃんってのはね。妹の幸せも願って、自分の幸せだってたっぷりと願うもんなの」

 と。
 グインは、

「そうだな」

 と笑って持ち場へと向かう。
 彼には、門を守ってもらわなければならないのだ。
 ルグリアは視線を闇の彼方へと戻す。
 暗闇に吸い込まれそうになり、ぶる、と肩を震わせる。
 彼女は、呑まれるなと意気込んでから、強気にひとりごちた。

「笑っていれば、希望を持っていれば、死神は来ない」

 生きて帰る。
 希望は得た。
 ならば後は、全力を尽くすだけだ。
 決戦は、近い――。
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