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第3話 藍の実と、赤の髪の少女の罠

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 時間は経ち、夕暮れ時。
 日中、祭りで華やいだ街中も、少しずつ人通りがまばらになり始めた。
 「……今日は楽しかったね、サトル!」
 「あぁ、アヴィのおかげだよ、ありがとう」
 「いえいえ!」
 調子良く、サトルに応じるアヴィ。
 人気の少ない路地裏で積み重なった木箱に座る二人は、祭りの熱を反芻するように黄昏ていた。
 「(あー…楽しかったな……)」
 さまざまな未知との遭遇を経て、いまだ夢見心地のサトル。
 「(異世界転移して初日で赤髪美少女とデート……俺はなんてついてる人間なんだ……!)」
 隣に視線を移すと、自然と目が合う。
 彼女はウェーブのかかった赤髪を揺らしながら、ニコッと首を傾げて微笑んだ。
 可愛い。間違いなく、彼女は美少女だ。
 「(……それはそうと、アヴィはどうして、ここまで俺に良くしてくれるんだろうか?)」  
 ふと疑問が思い浮かぶサトル。
 隣の彼女は、ご機嫌で鼻歌を歌う。
 「(……なにか理由がないと、ここまではしてくれないよな……?)」
 その横顔を盗み見ながら、サトルは淡い期待を胸に気になっていたことを早速聞いた。
 「……なぁ、アヴィ。突然なんだが、どうして今日はこんなに俺をもてなしてくれるんだ?」
 「え?」
 その素朴な疑問にアヴィは鼻歌を辞めて、キョトンとした表情を浮かべた。
 「いやさ、初対面の俺にどうしてそこまでよくしてくれるのかと思ってさ。とても嬉しいんだけど…」
 「………知りたい?」
 「………あぁ………ッ!?」
 突然、サトルの体は強く痺れ出す。
 「(……!?な、なんだ、これ!?)」
 体にうまく力が入らず、サトルは腰掛けた木箱から無様に崩れ落ちる。
 「(……!?)」
 突然のサトルの異変にも関わらず、アヴィは平然と笑顔でこちらを見つめていた。
 「(…何してる…?助けてくれ…ッ!)」
 だが、顔の筋肉も痺れ始め、満足に言葉も発せられない。
 アヴィは何事もなかったように話を続ける。
 「……ふふ、知りたい?」
 快活だった少女は、その言葉で突然妖艶さを顔に覗かせた。その移り変わりに一瞬、胸がドキッとする。
 が、床に伏せるサトルは構わず、体をくねらせながら、声に出ない声で助けを乞う。
 「……ッ!……ッ!」
 「……いいわ。教えてあげるね。私、旅人さんが、大好きなの!」
 「……ッ!?」
 突然の告白に、面をくらう。
 積み重ねられた木箱に腰掛けていたアヴィは、ヨッと地面に降りると、地にへばりつくサトルの真向かいに立ち塞がった。
 「……そう!私ね、旅人さんが大好き。あなたみたいな、無知で愚鈍な旅人さんが!」
 「……ッ!?」
 「だからね?私、あなたみたいな…頭空っぽの旅人さんが、だぁいすきなの……!」
 悪意を込めて言い終わるなり、アヴィはニヤリと口角をあげた。
 「………ッ!」
 突然の毒のある言葉に、もがくのも辞めて呆気に取られるサトル。
 「へへへ……!」
 「姉さん…!待ちくたびれましたよ…!」
 「獲物って、こいつかい?金にならなさそうだな…?」
 気付けば、どこからともなくぞろぞろと人相の悪い男たちが姿を現し、たちまちサトルを取り囲んだ。
 「うふふ、ごめんなさい。ラテラの実が効くまで時間がかかってしまったの」
 アヴィは余裕のある表情で男たちと会話を交わす。
 「(ラテラの実…?…!あの、木の実のことか…!)」
 日中アヴィに手渡されて口にした、青い木の実。この体の痺れは、それによるものらしかった。
 「ごめんなさいね。あなた、これから売られるのよ。残念ながらね」
 アヴィはいたずらっぽく、そう告げる。
 「…………」
 何がなんだかわからなかったが、サトルはなんとなく状況は理解した。
 「(……嵌められたのか…………)」
 こいつらは全員ここで待っていて、最初からアヴィは標的ををここに連れてくる手筈だったんだ。
 サトルは助けを乞うのを辞めた。体も痺れが回り切り、ほとんど動かすことも出来なかった。
 「…でも、ラテラの実を疑うことなく食べるなんて、あれには私もびっくりしたわ。得体の知れない女に鼻の下伸ばしちゃって、世間知らずとは思ってたけど、アンタ、ホント馬鹿なのね…フフッ」
 心底蔑む視線で、嘲笑を漏らすアヴィ。
 あの快活そうな少女は、一瞬で大人びた、狡猾な女性へと姿を変えた。
 「(……クソッ!女って、生き物は…ッ!)」
 サトルの目は見開き、動悸が早まる。冷や汗が一つ、背中を流れた。
 「(…どうする!?どうする!?)」
 焦燥に駆られ、サトルは自由の効かない体を必死にビクつかせてもがく。
 その哀れな姿を見て、呆れたようにアヴィは言った。
 「はぁ……。辞めときなさい。今のあなたには何もできないわ。こちらも手荒な真似はしたくないの。それにあなた、冥力も感じられないし、実戦経験もないのでしょ?一緒にいてわかったわ」
 「……ッ!」
 図星だった。
 メイリョク。それが何かは知らないが、確かに異世界人であるサトルにはそのメイリョクとやらは勿論、実戦経験もまるでなかった。
 アヴィは続ける。
 「それに、この国の戸籍がない人は失踪しても捜索は一層難航するのよ。だから、腕のない、ただ空っぽで旅をしてるだけのあなたみたいなお馬鹿さんは、恰好の餌食な・の・よ♪」
 そう言ってアヴィはわざとったらしくウィンクをする。
 「だけどまさかあなたほど無知なお馬鹿な旅人さんがいたなんてね……アハハハッ!」
 「(……クソッ!クソッ!)」
 自分の情けなさとアヴィの馬鹿にしきった態度に、サトルは悔しくてたまらなかった。
 「(許さねえ…!クソォ…!)」
 怒りが強く湧き出る。
 しかし取り囲む男たちは見た目は屈強で、各々が刃物を腰に携えてる。体も動かせないサトルにはどう見たって勝ち目がなかった。
 「(どうする…どうする…どうする…ここで終わるのか…俺の異世界ライフ…!!)」
 サトルの鼓動がぐんと、高鳴る。
 「さぁ!捕まえなさい!」
 アヴィの号令で一斉に掴みかかる男たち。サトルはなす術もなしに、呆気なく取り押さえられた。
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