華奢な僕らの損得勘定

緒方宗谷

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住まない家を持つ理由

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 最近、サラリーマンによる不動産投資が、ブームとなっている。
 相原も例にもれず、虎の子の貯金をはたいて、不動産投資を検討した。昔からの友達の内藤が家に来て、投資用マンションの1室を買ったと、自慢してきたからだ。
 友達の話によると、少ない資金を元手にしてお金を借りて運用し、家賃収入でローンを返済していくのが、基本的なプランだそうだ。
 利回りは何と7パーセントだと言う。初めは興味のなかった相原だったが、身を乗り出して驚き、一瞬、マンションオーナーとしての自分が頭に過る。
 内藤はカバンを開けて、話を続けた。見ると、不動産のパンフレットだ。自慢話に来たのかと思いきや、相原に不動産を進めるのが目的らしい。
 普段なら興ざめになるところだが、パンフレットを見ると、利回り4パー、5パーは当たり前、しかも築数年以内の物件ばかりだ。
 外観のデザインもスタイリッシュで、昔ながらのタイル張りや、塗装した外壁とも違う。借金を組めば、今の自分にでも、こんなマンションのオーナーになれる。そう思うと、しがないサラリーマンの自分が、突然上流階級に昇れるのではないかと、相原に思わせた。
 しかし、相原には不安があった。内藤は小学校からの友達だったが、昔からよく嘘をつく子供だった。
 当時はやっていたカードゲームの雑魚キャラのカードに、人気キャラの写真を貼って偽装し、本物の人気カードと交換しようとしたり、遊びに行った友達の家から、携帯ゲームのソフトを盗んだりするような子供だった。
 内藤の話では、今持っている別の部屋を売って、1棟買いを検討しているらしい。そこで、今持っている部屋を俺に買わないかと提案してきたのだ。
 持ってきたパンフレットは、今検討している物件だった。
 住所は都内だから、基本的に入居者がいなくなる事は無いし、引っ越しがあってもすぐに決まる。それに、管理会社が全部やってくれるから、放っておいても家賃収入だけが入ってくるのだ。しないなんて馬鹿だとまで、内藤は言い始めた。
 相原は、全く投資経験が無いわけではない。少しだが株を持っていたから、完全な無知ではなかった。
 内藤が持ってきた物件のチラシはカラーで、誰が見ても好条件のように思える。もし、持ってきたのが内藤でなければ、相原は本気で検討していたかもしれない。
 だが、相原は、とても冷静にチラシを見ていた。そして、あらかた内藤の話を聞き終わると、貯金が無いと言って断った。
 それでも、貯金が無くても大丈夫だと食い下がる内藤を追い帰した相原は、電卓を取り出して、置いて行ったチラシやパンフレットを片手に計算してみた。
 株投資の場合、簡単に言えば、証券会社への手数料と、もうけが出た場合の税金を引いた額が実質利回りだ。コンスタントに利益を出している会社を長期投資で持っているのであれば、配当金から税金20パーセントを引いた額が手元に残る。
 それに対し、不動産は、税金・ローン・管理費・修繕費等があって、それらを引くとマイナス圏に落ち込んでしまう。
 パンフレットにある家賃10万円で10部屋あるマンションを例に挙げると、借入1億5000万円で家賃収入は年1200万円、20年ローンで返済は年750万、細かい税金額は分からないが、固定資産税や都民税などもろもろを合計すると100万は確実に超える。
 修繕費だってバカにならない。外壁塗装や屋上防水、エレベーターの更新や配管等々、ネットで調べると、1000万円は下らない。しかも湯沸かし器が壊れたとか、クーラーが壊れたとかにも備える必要がある。
 常に部屋場満室であれば良いが、空室になれば、家賃収入1200万円の前提も崩れてしまうから、それに備えて多めに積み立てておかなければならない。
 家賃収入1200万円―ローン750万―税金その他150万円―積立120万円=180万円。2部屋空室になっただけで、-60万円。12か月全部でないにしても、確実に給料からの持ち出しになる。
 しかも良く考えると、借入なのだから、当然利子がつく。2パーセント前後とすると、何千万にもなるはずだ。-60万円どころの話ではない。
 もしかしたら、満室でも実質利回りはマイナス圏に落ち込むのではないかと思って愕然とした相原は、それ以上計算するのを止めた。
 土地を持っていて、建物のみ借り入れで建てるか、現金購入なら、十分利益は確保できるが、フルローンか頭金のみで購入となると、しがないサラリーマンの相原は躊躇せざるを得ない。
 改めて、内藤が持ってきたパンフレットの物件を見ると、それほど魅力的には見えなくなっていた。
 自分が望むのは、東京のターミナル駅からそれほど遠くなく、最寄駅から2、3分の好立地。それで考えてこのパーセンテージなら、他のパンフレットに紹介されている物件が、実質利回りがマイナスになるのは当然である。
 月々持ち出しの部分はあるが、最終的に土地建物という資産が残ると、内藤はそう説明していた。
 机上の空論ではあるが、理想に沿うマンションを想像しても、年60万の持ち出しであるのが前提だ。常に満室はあり得ない。
 2、30年ローンの金利数千万円の月払い分も考えなければならない。
 2億を超える支払総額で、1億5000万円の土地建物を手に入れたことになる。もちろん、、サラリーマンとしての給与から補てんしつつだ。
 それでも満室であれば、建物が存在する限り純益があり、再度担保にして借り入れが可能と思われる。
 株は会社が倒産すれば紙くずと化すし、現金もインフレが続けば、その価値は目減りするのに対して、1億の土地があったとしたら、その土地の土を持ち出したとしても土に価値はなく、その穴の方に1億の価値が残る。
 無担保となった後の土地を新た担保に入れて借り入れをするのであれば、証券担保ローンよりも担保に対する借入率は多いかもしれない。
 しかし、初めの借金を返し終わった時には、建物も劣化しているし、償却期間の残存年数によっては、借り入れられる額は高くない上に、返済期限も短いはずだ。
 一般的には株と比べて不動産投資の方が安定したリターンがあり、安全であるとされているし、銀行が個人に貸付をする際も、基本的に不動産ローン以外はない。
 金利は現在2%前後で、返済は毎月、期間は20年程度の期間が普通で、フルローンやオーバーローンも有りうる。
 しかしながら、持ち出しや空室の事を考えると、自分にはリスクが高すぎるのではないかと思う。
 人口は減少しているし、働き方改革で地方が見直されている。リモートワークやワーケーションも行いやすい通信環境になってきている。
 バブル時代、日本は土地が狭いので、地価暴落は無いと言う話が、まことしやかに囁かれていた。だが、実際はどうだ。奈落の底に突き落とされたような凄惨な大暴落。
 都心での賃貸物件は需要があるし、人口が減っても地方から人が流入するから、都市部の人口減は無いと言われているが、ドローンやロボットが普及し、リモートワークも普通になれば、敢えて都心でなければ、快適な生活が享受できないわけではなくなる。
 不動産は、文字通り動かない資産だ。持つことによって、そこの土地に縛られて、移動できない。
 相原は思った。俺みたいなサラリーマンは、経済の渦にまかれる枯葉みたいなものだ。それならば、手数料の安いバランスファンドかETFを毎月積み立てて資産形成する方が、無難ではないか。
 スマホで、自身が口座を持つ証券口座を見ると、損益は常に数十万のプラスになっている。毎年微増しているほどだ。
 今まで通り、借り入れをせずにコツコツとドルコスト平均法で資産形成するのが一番だという結論に達した相原は、パンフレットを資源ごみのカゴにいれた。
 年月がだいぶ経ってから知った事だが、内藤の持っていた分譲マンションは空室が続き、青色吐息だそうだ。当然だろう。何部屋ある建物か知らないが、全室がライバルなのだから。
 個人で不動産投資している人の、6、7割は失敗していると聞く。一国一城の主は男のロマンだが、強者でもないのに夢のあとに消し去られては困る。





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