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失う数と罪の重さ
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「マイケル君風邪大丈夫?」
同じく風邪気味のミシェルが言った。
大学の仲間を連れだって、カヌー乗りに出かけた帰り、何本かの線路の真ん中に綺麗な花を見つけたヘレナが、みんなで摘みに行こうと提案した。
人里離れた大平原の真ん中に伸びる線路には、侵入を防ぐ金網は無い。8人は悪びれる事も無く平然と砂利の上に登って、紫色の花を摘む。
「君は、みんなと行かないのか?」
「良いわ、風邪気味だし、声もかすれてきたから、ゆっくりしてる。
でも貴方、よく来たわね、もう声出てないじゃない」
2人してしゃがれた声を聞き合って笑った。
「もう、女の子の声じゃないね」
マイケルがそう言って笑みを浮かべてミシェルを見やると、彼女はマイケルを見ることなく、その後ろの風景に目をくぎ付けにされていた。
開いた口がふさがらない様子に違和感を感じたマイケルが振り返ると、貨物列車が猛スピードで迫ってくる。
「早く知らせないと」
2人がみんなのいる方を向くと、線路の上でワイワイ騒いでいる。
「おーい!」
必死に叫んだり、両手を振ったりするが、誰も気が付かない。
「そうだ、切り替えレバーだ!!」
マイケルは、地面に突き立つ錆びたレバー掴んだ。
「待って!! 切り替えたら、レイチェルが轢かれてしまうわ!!」
見ると、みんなから別れたレイチェルが、右の線路の上に座って、スマホをいじり出している。
「そうだスマホ! スマホで連絡すれば!!」
「ダメよ、圏外だもの」
分岐点を見ると、明らかに5人がいる方に車両を走らせる。マイケルは、意を決してレバーを倒そうとした。
「ダメ!止めて! 待ってよ!!」
「ダメだ! 5人と1人、どっちの命が大切だと思っているんだ!!」
「命の重さに、5人も1人も無いわ!!」
2人の押し問答が続く中、列車が近づいてくる。2人が手を振って合図をするが、貨物列車は一向に停まる気配が無い。
この時、運悪く車掌はランチの真っ最中で、わきに広げたサンドウィッチに気を取られていた。愛妻が作ったランチで、厚く切ったハムのを食べようか、野菜のを食べようか、いきなりクリームと果物のを食べようか、幸せな選択に迫られていた。
「もう時間が無い! 倒すぞ!!」
「レイチェルを殺す気なの!!」
「じゃあ、5人を殺す気なのか!!」
ミシェルは答えられなかった。
しかし、マイケルがレバーを切り替えた直後に、思いついたことを言った。
「もともと、5人の方に走っていく予定だったのよね。
もし、そのままにしておいたら、誰のせいになるのかしら? 侵入者? 人を見落とした運転手かしら? 少なくともわたしたちではないはずよ」
マイケルは、慌ててレバーを元に戻した。
「しかし、5人を見殺しにした罪はどうなる?神は許してくれるだろうか?」
「手を尽くせば良いのよ」
そう言ったミシェルは、力いっぱいジャンプしながら手を振り上げて、みんなを呼んぶ。同じく叫ぶマイケルの横を、全く減速することなく貨物列車が通り過ぎた。
大惨事だった。数時間後にはニュースが世界中に流れた。脱線した車両の映像、そして、車掌と轢かれた大学生5人が即死したと言う報道だ。
2人には、車両の陰に隠れて5人の姿は見えなかった。激突の衝撃音は、人影に気が付いて急ブレーキをかける列車の悲鳴のような音にかき消されて聞こえない。
「本当に、これで良かったのだろうか・・・」
そう問うマイケルに、ミシェルが言った。
「今あるのは、運行列車の前方不注意の罪と、みんなの不法侵入の罪だけよ。わたしたちは無実だわ。
でも、貴方がレバーを切り替えていたら、どうかしら?」
マイケルは、分からない様子だ。
「貴方の意思で切り替えた以上、貴方の罪よ。
5人は救われるかもしれないけれど、貴方は確実に殺人犯よ、レイチェル1人を殺すのよ」
恐ろしさのあまり震え出したマイケルに、ミシェルは続ける。
「わたしたちは、5人を救おうと声を張り上げて、全身を使って合図を送ったわ。
精いっぱいやったのよ、褒められはすれども非難されるいわれはないわ」
泣きわめきながら駆け寄って来たレイチェルを抱きしめたミシェルは、彼女に落ち着くように促しながら、車に戻った。
「どうしようわたし、どうすれば良いの?」
そう言うレイチェルに、ミシェルが言う。
「電話が通じないから、向こうのモーテルで電話を借りましょう。
良い? レイチェル、私たち3人は、電車の敷地に入っていないのよ。
わたしとマイケルは風邪気味で車に残って、貴女は私たちの看病のために、車にいた。
分かったわね」
レイチェルは、ミシェルの腕の中で鼻をすすりながら頷く。
しばらく無言が続いたが、マイケルが口を開いた。
「もともと・・・、5人は轢かれる運命だった。
だけど、1度俺は切り替えたんだ・・・、そして戻した。
それでも5人が轢かれるのは運命だったんだろうか? 君の考えで、なんとか俺を無実にしてくれないか?」
「わたしには分からない。ただ、わたしとレイチェルは何もしていない、それしか言えないわ」
結局、3人は罪には問われなかった。だが、マイケルは、死ぬまで告白できない罪に苛まれ続けた。
同じく風邪気味のミシェルが言った。
大学の仲間を連れだって、カヌー乗りに出かけた帰り、何本かの線路の真ん中に綺麗な花を見つけたヘレナが、みんなで摘みに行こうと提案した。
人里離れた大平原の真ん中に伸びる線路には、侵入を防ぐ金網は無い。8人は悪びれる事も無く平然と砂利の上に登って、紫色の花を摘む。
「君は、みんなと行かないのか?」
「良いわ、風邪気味だし、声もかすれてきたから、ゆっくりしてる。
でも貴方、よく来たわね、もう声出てないじゃない」
2人してしゃがれた声を聞き合って笑った。
「もう、女の子の声じゃないね」
マイケルがそう言って笑みを浮かべてミシェルを見やると、彼女はマイケルを見ることなく、その後ろの風景に目をくぎ付けにされていた。
開いた口がふさがらない様子に違和感を感じたマイケルが振り返ると、貨物列車が猛スピードで迫ってくる。
「早く知らせないと」
2人がみんなのいる方を向くと、線路の上でワイワイ騒いでいる。
「おーい!」
必死に叫んだり、両手を振ったりするが、誰も気が付かない。
「そうだ、切り替えレバーだ!!」
マイケルは、地面に突き立つ錆びたレバー掴んだ。
「待って!! 切り替えたら、レイチェルが轢かれてしまうわ!!」
見ると、みんなから別れたレイチェルが、右の線路の上に座って、スマホをいじり出している。
「そうだスマホ! スマホで連絡すれば!!」
「ダメよ、圏外だもの」
分岐点を見ると、明らかに5人がいる方に車両を走らせる。マイケルは、意を決してレバーを倒そうとした。
「ダメ!止めて! 待ってよ!!」
「ダメだ! 5人と1人、どっちの命が大切だと思っているんだ!!」
「命の重さに、5人も1人も無いわ!!」
2人の押し問答が続く中、列車が近づいてくる。2人が手を振って合図をするが、貨物列車は一向に停まる気配が無い。
この時、運悪く車掌はランチの真っ最中で、わきに広げたサンドウィッチに気を取られていた。愛妻が作ったランチで、厚く切ったハムのを食べようか、野菜のを食べようか、いきなりクリームと果物のを食べようか、幸せな選択に迫られていた。
「もう時間が無い! 倒すぞ!!」
「レイチェルを殺す気なの!!」
「じゃあ、5人を殺す気なのか!!」
ミシェルは答えられなかった。
しかし、マイケルがレバーを切り替えた直後に、思いついたことを言った。
「もともと、5人の方に走っていく予定だったのよね。
もし、そのままにしておいたら、誰のせいになるのかしら? 侵入者? 人を見落とした運転手かしら? 少なくともわたしたちではないはずよ」
マイケルは、慌ててレバーを元に戻した。
「しかし、5人を見殺しにした罪はどうなる?神は許してくれるだろうか?」
「手を尽くせば良いのよ」
そう言ったミシェルは、力いっぱいジャンプしながら手を振り上げて、みんなを呼んぶ。同じく叫ぶマイケルの横を、全く減速することなく貨物列車が通り過ぎた。
大惨事だった。数時間後にはニュースが世界中に流れた。脱線した車両の映像、そして、車掌と轢かれた大学生5人が即死したと言う報道だ。
2人には、車両の陰に隠れて5人の姿は見えなかった。激突の衝撃音は、人影に気が付いて急ブレーキをかける列車の悲鳴のような音にかき消されて聞こえない。
「本当に、これで良かったのだろうか・・・」
そう問うマイケルに、ミシェルが言った。
「今あるのは、運行列車の前方不注意の罪と、みんなの不法侵入の罪だけよ。わたしたちは無実だわ。
でも、貴方がレバーを切り替えていたら、どうかしら?」
マイケルは、分からない様子だ。
「貴方の意思で切り替えた以上、貴方の罪よ。
5人は救われるかもしれないけれど、貴方は確実に殺人犯よ、レイチェル1人を殺すのよ」
恐ろしさのあまり震え出したマイケルに、ミシェルは続ける。
「わたしたちは、5人を救おうと声を張り上げて、全身を使って合図を送ったわ。
精いっぱいやったのよ、褒められはすれども非難されるいわれはないわ」
泣きわめきながら駆け寄って来たレイチェルを抱きしめたミシェルは、彼女に落ち着くように促しながら、車に戻った。
「どうしようわたし、どうすれば良いの?」
そう言うレイチェルに、ミシェルが言う。
「電話が通じないから、向こうのモーテルで電話を借りましょう。
良い? レイチェル、私たち3人は、電車の敷地に入っていないのよ。
わたしとマイケルは風邪気味で車に残って、貴女は私たちの看病のために、車にいた。
分かったわね」
レイチェルは、ミシェルの腕の中で鼻をすすりながら頷く。
しばらく無言が続いたが、マイケルが口を開いた。
「もともと・・・、5人は轢かれる運命だった。
だけど、1度俺は切り替えたんだ・・・、そして戻した。
それでも5人が轢かれるのは運命だったんだろうか? 君の考えで、なんとか俺を無実にしてくれないか?」
「わたしには分からない。ただ、わたしとレイチェルは何もしていない、それしか言えないわ」
結局、3人は罪には問われなかった。だが、マイケルは、死ぬまで告白できない罪に苛まれ続けた。
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