DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第百二話 一晩語り合える仲間がいるということ

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 クリスティーナがふと思いついて言った。
 「そう言えば駆け落ちはどうなったのかしら? 紺色の髪したソフィアちゃん、ワンレンのアンナちゃん、ショートが可愛いナナちゃん、無事落ち着けていたらいいんだけれど」
 その名前元奴隷だった三人の名前じゃんか。いまも奴隷だけれど。まさか脱走? あんなに豪華な上流階級散財生活を楽しみにカトワーズのお屋敷に向かったのに、お相手はどう言いくるめたんだ? まさか、手先? クリスティーナの手先が口説き落としたの?
 「そう言えば‼――」とカトワーズが勢いよく顔をあげる。護衛がいない。いつからいない? ずっと前から行方不明。なんか命がない気がする。ローゼの“女の感”とカトワーズのサイコメトリーが一致した。二人の恐怖が共振して、増幅していく。エミリアもそれに巻き込まれた。
 どうした⁉ クリスティーナよ‼ アンチュールをどうしてくれたんだ⁉ 問いただしたいけれど怖くて訊けない。
 へきへきした視線を送り合うローゼたちを見渡したクリスティーナ、莞爾とした笑みを浮かべておもむろに語り出した。
 「わたしも本当に悲しいのよ。だってわたし、みんなに愛されていたのですもの。みんなの愛を余すことなく受け取っていたわ。誰と婚約していてもおかしくないくらいにね。
  わたしは彼らに何も与えない代わりに、彼らの愛の全てをお受けしておりましたのよ」
 「姉さん、姉さんが何もあげなかったことなんてないでしょう?」庇う弟。麗しき兄弟愛。
 「あら、そうだったかしら?」
 「姉さんに求婚する良家の若者が豪華なプレゼントを持ってきた時、もらう価値がないと判断した相手の物は中身も確かめずに、『誰々さん(親衛隊の名前)に渡してくださる』って言ってあげていたではありませんか」
 「それもそうね。わたしけっこうあげていたみたいね。そう――そうやって相手との愛を確かめ合っていたわ」 
 合って無いよね、一方的だよね。という考えが頭をよぎるローゼのスネに、トゥキック。誰だか分かるけど、誰かは言えない。
 クリスティーナが続ける。
 「彼らは、わたしが渡させたプレゼントの十倍の価値がある物を常にくれていたわ――」
 そう言ったところで、頑張ってエミリアが口を開――こうとする。
 “愛して――はいなかっのですか? 愛されるばかりのお話――”(と言いたい)
 「愛する? わたしが?」クリスティーナが微かに吃驚の声を漏らすと、すかさずバニーばばあが、「ちょっと暗いですね」と言って、燭台の数を増やしに行く。
戻ってきた彼女の手元を見て、エミリアが俯いた。
 燭台がツノでできている。まさかドラゴンのツノ? でも子竜のツノだ。質感が柔らかそう。さすがにアルフレッドさんを仕留めるのは無理があるよね。
 でも、ガタガタ怯えるエミリア、一向に震えが収まらない。実はエミリア、このツノには見覚えがあった。幼いころに飼っていた飛竜の赤ちゃんのツノなのだ。飛竜と言っても人間が飼いならせられるような大人しいドラゴンではない。超獰猛なワイバーン。アルフレッドとの旅行で登った山(人が入れないようなドラゴンの巣窟)で見つけた(と言うより、アルフレッドが殺したワイバーンの)子。
 領地に戻ると当然問題になって、家臣や臣民たちから大クレーム。ウェールネスの大公殿下から処分するように言われて、泣く泣く夕飯のメインディッシュにして平らげたトカゲちゃんの形見と瓜二つ。
 いつものことだけれど、変な命名だな。それになんだよ、悲しくないだろ。美味しすぎて泣いてるようだぞ。
 「はい、美味でした」エミリア思い出ご満悦。
 プレゼントをもらって一言もお礼言わないばかりか、人からもらった(受け取りはしなかったが)物を使いまわした挙句、そのお礼に十倍返しを要求するなんて、人知を逸している。
 ――と言いたいローゼの気持ちを知ってか知らずか、クリスティーナが話を続ける。
 「わたしは本当に愛情深い女よね。みんなから貢がれる物の時価がそれを物語っているわ」
 愛は受けるものであって与える物ではない。言葉には出さなかったが、そのような恋愛哲学を座右の銘にしていることが、聞いていてありありと分かる。
 「まあ、そろそろ、お金もたまったし、国に帰ろうかしら」とほほ笑むクリスティーナ。
 「本当ですか? 姉さん」と喜ぶアリアス。「姉さんが戻って来てくれれば、みんな喜びますよ」
 過去映像にホワイトイン。でも行方不明になった時の故郷の人達万歳三唱。
 「いや~、亡国の魔女がいなくなって、黒い霧が晴れたみたいですな」
 「関わる者たちみな全財産を失って絶命しておりますからな」
 「なんでも、ゆくえ不明の者たちはみな既に見つかっているらしいですぞ。たた、なぜが公表されんのです」
 「聞いた話では、見つかった者たちは身ぐるみはがされて尻の毛までも毟られていたと言いますな」
 「いやいや、絹ではない衣は捨て置かれたとか」
 「口とお尻を無理やり開かれた痕があったとも聞きます」
 「まさか変態?」
 「いや、胃袋や肛門の中に何か隠していないか調べられたようです」
 「サノス家から捜索願が出ていますが、どうするおつもりで」
 「国王陛下の手前探さないわけにはまいりますまい?」
 「報告だけは“目下捜索中”です。でも探しませんよ。見つかりでもして、侯爵、公爵と出世でもして、王位継承者の母親にでもなられたら…と思うと……」
 「国母であったら、もう世界大戦勃発ですな」
 「本当ですな。下っ端準男爵家から瞬く間に伯爵に大出世でしたからね。戦慄を覚えずにはいられませんでしたよ」
 「私もです。何やら裏で蠢く陰謀めいたものも感じましたな」
 「それは、口にしてはいけないことですぞ」
 「調べようとしたものは皆他殺体で見つかっているのですから」
 「でも組織だったことではない、と言う者もいます」
 「もうやめませんか?」
 「そうですな。――ただ、人のなせる業ではないとも」
 「どす黒い“なにか”を感じますな」

 過去映像からブラックアウト。
 その渦中、あれ? なんかだんだん眠くなってきた。みんなまぶたが重くなって耐えきれず、テーブルクロスの上にとっぷして寝てしまった。歯磨きしていない、と思う間もなく。
 「それではクリスティーナ様、お夜食の会はこれでお開きということで」バニーばばあが言った。
 「そうね、みんなをベッドに運んでちょうだい」
 
 次の日、ローゼたち二人は笑顔でお礼を言って、サノス姉弟に別れを告げた。
 「良いお姉さんでしたね」とエミリア、バニーばばあからもらったアップルパイの香りを嗅ぎながら、ルンルン気分。
 「ほんとねー。楽しいお夜食会だったわ」
 でも何か忘れている気がする。なんだろう、と思って二人は考えるが、何も忘れていないかも。
 ローゼが、アップルパイの香りにご満悦、とった声で言った。
 「お金がないのはいつものことだし、まあ思い出せないことなら大したことないわね。早いとこヴァルゴルディアに戻りましょう。牙を全員やっつけたのに通商手形ないんだもの」
 本当に本当に楽しい夜を過ごした――――と思い込んでいる様子の2人。エルザのことも忘れて帰って行った。思い出話に花を咲かせながら。


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