DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第九十九話 人との繋がりって大事だよね

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 「ローゼさん」
 ようやくアリアスが合流してきた。
 「わわわっ、こっち来ちゃダメ」
 「大丈夫ですよ。わたし見えてませんから」とエミリアが言う。
 ローゼが確認すると、ちょうど婆ボールがあって股間が見えない。
 でも婆ボールの面前一面凄い光景。バニーばばあがそそられ様子で、思わず色めき桃色吐息。
 「本当雄々しいね~。まさに天を突く山のようだよ。尾根のブッシュもいい毛並だよ」
 「まあ」とエミリアが頬を染める。
 「十四歳に変な表現聞かせるなよ」とローゼつっこみ、エミリアを庇う。
 「潰しがいがありそうですね」(byエミリア)
 ああ、そっちか。
 「ちょっとフランチェスカ、わたしのフィアンセの象徴を見ないでくれる?」とエルザがもがく。
 いつ婚約したんだよ。
 「精気を一滴残らず啜り取ってやろうかねー」と、バニーばばあが音を発てて舌なめずり。
 「やめなさーい」とエルザが絶叫。
 そんなやり取りの中、何の気なしに歩み寄ってくるアリアス。「ちょっとこっちに来るな」とローゼが制止する。もう忙しすぎる。
 「ああ」と気がついたアリアス、バニーばばあの頭をもいで股間を隠した。
 “もいで”ってどういうこと? 見るとバニーばばあの頭に殆ど毛が無い。玉ねぎ頭はカツラだった。今はアリアスのチン隠し。
 アリアスの股間をかけて、宙ぶらりんで暴れるエルザとバニーばばあ、段々振り子のように勢いがついていって、終いにはアリアスに襲い掛かる。
 「うわぁ~、助けてー!」としりもちをつくアリアスに、一人の女性が駆け寄った。 
 「おやめになって。一体何をしているの? フランチェスカ」
 今回主要な登場人物多くない? 詰襟で肩にパフスリーブ、手首に小さなランガジャントがある白い袖、赤い胴衣とスカートのドレスを着たすんごい美人。
 「これはこれは、クリスティーナ様」
 「え?」と言って女を見上げるアリアス。
 宝珠の光のように綺麗な女の声を聞いたエルザは、三人目のライバル登場か、といきり立つ。わたしを数に入れんなよ。ローゼがつっこむ。
 「姉さん」アリアスが言った。
 「アリアス⁉」
 「姉さーん」と泣き叫んで抱きつくアリアスをヒョイと避けて立ち上がるクリスティーナ。
 「アリアス、どうしてこんなところに?」
 「姉さんを探してここまで来たんだ。ずっと香りを追って来たんだよ」
 どんな嗅覚しているんだよ。
 「あら、あながちウソじゃなくってよ」とクリスティーナが言う。
 何で?
 「ホロヴィッツの通院患者のおばあ様の孫娘の友達のお母さんの従妹のお父さんの母方の近所に住んでいる人の同居人の何かしらの知り合いのお向かいさんが逮捕された時に取り調べた役人がローゼリッタさんを拷問した拷問頭で拷問の度にいつも持って帰る切り株の一つを斬り倒した木こりの娘の同級生の先生が思いを寄せる隣の学校の女教師が住む家の大家さんがよく行くメイド喫茶の店員が転がり込んだ男の元カノの捨てたガムを拾ってゴミ袋に入れた清掃員の上司の実家がある村のそばで拐われた彼の長男が竜殺紳士のところでもう長いこととんがり兵をしていて人生諦めかけてしまったそんなある日の昼下がりにようやく見つけた隙を逃さず竜殺紳士の目を盗んでうまく流した助けを呼ぶ手紙を入れた小さなワイン樽を河口で拾った子供のお母さんのお父さんの死んだおじいちゃんの墓守をしている司祭が子飼いにしている男の子にお布施をした見ず知らずのおばさんの茶飲み友達の旦那さんがいつもお昼を一緒に食べる部下のお父さんが妻に先立たれて寂しい思いをしているところにつけ入ってきた後妻屋の女の実家に住む何も知らない母親がこの間までフランチェスカのお店で働いていたホステスなのよ」
 長すぎて何言ってるか分かんないけど、香りで見つけた理由にならないのだけは分かる。ローゼはすぐさま気がついた。お姉さん、すごい美人だけれど、普通の人じゃないよね、変な人。
 「会いたかったわ、アリアス」
 「姉さん」
 姉弟感動の再会。ヒシっと手を握り合う二人。それに水を差すように真上でぶらぶら振れるエルザとバニーばばあ。
 「そう言えば、こんなに大勢で騒いでどうしたの?」とクリスティーナがバニーばばあに問いただす。
 「クリスティーナ様、このお客様がお代を払ってくれんのです」
 「あら、払っていただかなければ困りますよ」
 「とりあえず、エルザの持ち金合わせれば足りるかもしれません」と言って、乳の隙間から手を出して、ツノブラとツノぱんつの中をさぐるバニーばばあ、金ブリオンと金プレート、そのほかにジャラジャラと金銀銅貨がわさわさ出てきた。
 金の重りつけてあの俊敏さ、と呆気にとられるローゼとエミリア。
 バニーばばあが数えて言った。
 「ひい、ふう、みい―――――端数は銀貨一枚と銅貨九枚、銅チップ三枚になってしまいます」
 「銀? 銅? そんなものはお金とは認めません。全て金で払わせてちょうだい。端数は切り上げでね」
 パブの支払い、金通貨(延べ棒、プレート、コイン、チップ)以外で支払い不可ってお姉さんが決めたのか! お姉さんが元締めか? 
 端数切り上げて金で支払わせるって、どんだけ切り上がるんだよ。間の銀すっ飛ばしちゃってるよ。銅で一番価値あるプレートでも、金チップの十分の一しか価値ないぞ。
 吊るされたエルザを見てクリスティーナ、
 「この方は当分このままにしておきましょう」
 ひどっ
 「あっ、あっ、お姉さま、初めまして、わたしアリアス様の許嫁のエルザ・ブラウンと申します」
 折れないね、この人も。
 「許嫁?」クリスティーナが振り返る。
 「はい、今日婚約しました」
 「そう、でもサノス家の長男の嫁になるには、越えるべきハードルが山積ですよ」
 「はい、覚悟しておりますわ」
 優しくにっこりとほほ笑むクリスティーナ、(ふーん)と心で考えた。
 (アリアスの嫁を餌に十年はこき使えるわね。うち〈うさぎっ子クラブ〉で散々こき使ってから、年増好きの貴族に高値で売ってしまいましょう。亀甲の殺し屋エルザ・ブラウンなら高く売れるわ)
 お淑やかに、従順に微笑むエルザも(ふーん)と心で考えた。
 (こんな温室育ちのお嬢様なら楽勝ね。じわりじわりと主導権を奪ってやるわ。アリアス様はすぐにでもわたしの柔肌にとろけさせる自信があるし、お父上様も夜の営みで即悩殺よ。領主と跡取りを手籠めに出来れば、長女と言えどもいつか嫁ぐ身のこの女の発言力はなくせるはず。
  サノス家がどれだけの家柄か分からないけれど、わたしは晴れて貴族に返り咲ける。わたしを陥れた結婚詐欺師の男を見つけ出して、責め殺してやるわ)
 心なしかこの二人、なんかすっごい火花が散ってる。
 クリスティーナが言った。
 「運動してお腹すいたでしょ? お夜食を召し上がって」
 どうせ金取んだろ? と疑いの眼差しを向けるローゼに対して、「弟がお世話になったんですもの。お金は頂かないわ」と返してきた。「さっきの食事とサービスのお代ももういいわ」
 それを聞いて、ローゼとエミリアはお夜食をいただくことにした。まあ、ほとんどの代金はエルザの持ち金から回収してるだろうからね。銀と銅は本当に捨ててたけれど。
 だが、ローゼたちはまだ気がついていなかった。これからが本当の闘いである、ということを。


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