DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第四十五話 熱湯地獄男祭り

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 エルザは、男たちの腰タオルが外れないように上手く投げつけてくる。手持ちの投石器の如くだ。若しくはフレイルかモーニングスターのように打ち付けられるさまを見た男たちは、恐怖におののき逃げたした。
 「わたしを置いて逃げるなんて、最低の男たちね」エルザが叫ぶ。
 いや、最低はお前だろう、とローゼは突っ込みたかったが、エルザのとてつもない殺気にたじろいで何も言えない。騙して女湯に引きずり込んでおいて、エルザの恐ろしさに気付いて逃げる男に対して、“裏切られた”と逆恨みしているようだ。
 戦っているローゼたちをほったらかしにして塀に上ったエルザは、ムチでかたっぱしに男を捕まえては、女湯に放り込む。結局一人残らずだ。
 「ぎゃー! 熱い―‼‼‼」男どもが叫びもがく。
 なんだ? どうした? エルザの放つ霊気でお湯が煮立ち始めているようだ。
 先に武器として使われて血まみれで浮かぶ茹で上がった被害者を目の当たりにして、逃げ惑う男たち。エルザは、ゴキブリを叩くかのようにムチを振るって、彼らを女湯から逃さない。悲惨絶叫大惨事。辺り一面血の池地獄。
 しかし、時間が経つにつれて雰囲気に変化が生じた。ローゼが気がついた時には、時すでに遅し。状況は一変していた。
 エルザは新興宗教団体を立ち上げただけはある。そのスターレッツ(霊的指導者)具合をいかんなく発揮した。この時代、神や悪魔を信仰する宗教は、人類の大勢を支配していない。代わって台頭してきたのは、霊能力の高い指導者を教祖と仰いで、死後の安心や心の安寧、その他霊的成長などを与えてもらう宗教団体だ。エルザは、SMを使って快楽を得ることを目的として入信してきた信者に救い(?)の責め苦を与える教祖様なのだ。
 彼女の霊力が半端ないのは、ムチの威力で実証済み。だから、全然信者ではない者たちですら洗脳されて彼女の私兵と化した。
 洗脳される瞬間を初めて見たローゼ、頬をヒクヒクさせてちょっとひき気味。
 「セシュターズに見捨てられたくせに、新しい教団立ち上げる気か~!」
 「何のこと? 教団は健在だし、みんなも来てるわよ?」
 「うそ?」
 ローゼはビックリして辺りを見渡す。でも敵が増える気配はない。
 「アイツら、来ないわよ」とエルザ。「だって今、借り切った大食堂で床に並べたフルコース食器なしの前に正座させて、おあずけ中だから」
 なんだよそれ。でもマゾのおかげで助かった。攻撃力ゼロけど防御力高いもんね。そればかりかここにいもしない。ていうか、実家売っぱらうほどだったのに、何で団体旅行できる余裕あんの? お布施めっちゃ儲かるらしい。
 相変わらずローゼに武器はない。まあ例の如く、男たちはみんなローゼに群がってくる。18禁最悪。もうR指定で良いかしら? とローゼが思った瞬間、それを察した男どもが総掛かりで襲いかかってきた。
 「なんとしても18禁は阻止だ! 自主規制のもとに全面カットでウハウハがないなんて、男の名折れだ」
 「おおー!」雄たけび上がる。
 変な団結見せんじゃねー。
 一度は塀に逃げ登った男たちも、我先にとローゼたちに平泳ぎで飛びかかってきた。もはや狂乱索餌と見まがうほどの乱痴気騒ぎ。
 「エミリアはエルザをお願い! この作品を健全な下ネタ変態ファンタジーで終わらせるために頑張って」
 もう良いんだね? 正当派本格ファンタジーから外れまくっているから、諦めもついたってもんですね?
 ローゼに武器がないとはいえ、鍛え抜かれた(?)セシュターズならいざ知れず、ただの旅行者なんかじゃ歯が立たない。剣士とはいえ、軍学校では武装格闘術も習っている。主装備を失ってから接近戦に持ち込み、いかに相手をねじ伏せてダガーで殺すか、という技術だから、主に倒し技が多いものの、多少は殴る蹴るの技もある。
 仕方がないのでげんこつ勝負。まっさきに迫ってきた男の鼻にストレートを浴びせたローゼは、フォアステップから股間めがけてトゥーキック。タオル1枚隔てたモノを素足で蹴るから、気持ち悪い。左に向きを変えて、後ろにかかとで蹴り上げる。さすがは男最大の急所、逡巡しながらの蹴りであっても効果は絶大だ。
 ローゼは、正面から迫る男の腹をかかとで蹴り飛ばして、左からローゼに覆いかぶさった男の首に両腕をまわして、ニーキック二発、そのまま首を引き倒して投げ転がす。構えも足さばきも素人だから、いい的だ。
 多くの男どもが膝をかかとで蹴り砕かれて呻いている。その中心で構えるローゼ目掛けて踏み込んできた男の左足が地につく前に、彼女は足首めがけて右ローキック。ひっくり返った男の顔面めがけて、裏拳を打ち突き落した。
 「ふっふっふっ」と笑う声が聞こえてローゼが見やると、腕を組んだエミリアがキツネ顔でこっちを見ている。
 「ローゼさん、ついに女の喜びを知ることが出来ましたね」
 「なんのこと?」
 「潰しがいがあるでしょう?」
 「ねーよそんなもん」とローゼがつっこむ。
 「何のこと?」と首突っ込むエルザに、かくかくしかじか、とエミリアが説明してあげる。でもピーピー規制音入って、何言ってんだか分かんない。この話だけで、エルザぞっくぞく。身をよじって悶えまくる。興奮のあまりタオルに隠れたメンズスティックにムチを撒きつけて、コマのように回転させた。
 「ギャー‼‼」と叫ぶ被害者。ローゼに向かって投げつけられる。集中線が出現するほどのスピード線を引いく高速回転。速く回っていて見にくいがその表情は、チクチクトゲが快感そう。下半身を軸にして、嵐で壊れて飛ばされた風車の羽みたいに回りながら迫る男に、ローゼ、カウンターパンチ。
 「あら? 意外にやるわね」とエルザが褒める。トルネードアタックと比べれば、全然たいしたことない。
 「あのお面さえ取れれば、何とかなる!」
 ローゼは一直線にエルザに飛びかかるが、ヒラリヒラリとかわされる。法術を施した防具がないことで攻撃に徹しられないローゼは、間合いを詰め切れない。
 「ふん、二度と同じ手をくうものですか」と笑うエルザ。
 「いや、あれ手じゃなかったんだけれども……」ローゼ恥ずかし笑い。
 さすがに、ムチを持たせたエルザの強さは並じゃない。二人掛かりで捉えられない。エルザは、二人の追撃をものともしない。そればかりか、防御壁を築くかのようにそこら中の湯船をムチで叩いて水柱を噴き散らかし、その後ろを回って二人の緊縛を試みる。
 挟み撃ちから逃れて大きな石の上に立ったエルザと風呂ごしに対峙するエミリアのそばに駆け寄ったローゼが、叫ぶように声をかける。
 「エミリア、エルザみたいにお湯の壁作れる?」
 「アイアイサー!」と叫んだエミリアは、湯船めがけて正拳突きを突き落とす。轟音と共に大きな水柱が上がって、エミリアの声が「うっほ、うっほ、うっほほ~い」と響いた。
 視界が遮られたエルザであったが、全く動じていない様子だ。水壁の中に影が浮かぶと同時に、「そんなのお見通しよっ」と叫んで、影めがけてムチを振るう。しかし、水の中から現れた塊は、大きな石の台だった。
 気がついた時にはもう遅い。砕けた石の後ろから腕を伸ばして笑みを浮かべるローゼが現れた。勝ち誇ったような双眸に、エルザは一瞬怯んだ。ローゼはエルザに激突すると同時にアゲハマスクを取り上げる。
 実は、エミリアが水柱をあげた直後、「うっほ」でマッサージ用の石の台を持ち上げ、次の「うっほ」で投げ飛ばし、三言目の「うっほ」でローゼを担いで、「ほ~い」で投げ飛ばしたのだ。まさにゴリラ少女。がに股で腰を落として胸を叩く姿が勇ましい。
 男たちは、眩しく光るエルザの美額を見上げて、息を飲む。
 「おお、エルザ様のご尊顔を拝めるなんて」
 「なんて美しんだ」
 「ああ、心が洗われるようだ」
 と口々に呟く。
 「いやぁ~! 恥ずかしーい!」
 左手で顔を覆ったエルザは、殆ど暴走状態で無差別にムチで辺りをひっぱたいていく。まあ、無差別も何もない。こうなったらエルザにとってはみんな敵だから。
 それから間もなくして、ようやく騒ぎを聞きつけて駆けつけたホテルの従業員が浴場に入ったきた。
 「あれ?」とローゼ一人寂しげ。いつの間にかにエミリアとエルザ、のびていた男たちも含めて姿をくらませ、気がついた時には独りぼっち。
 「あんた、何してくれるんですか?」とホテル支配人がローゼに詰め寄る。
 「いや、わたし、わたし何も……」していないわけではないが、ローゼが壊したものは一つもない。でも言葉に詰まる。ようやく声を続けて言い訳するが、誰も信じてくれない。
 結局、一晩中怒られて駐在する兵士に突き出されたローゼは、留置所で一晩明かすはめになった。翌朝豪華な朝食を堪能したエミリアが午後になってようやく引き取りにやって来るまで待ちぼうけ。
 「大丈夫ですよ、ローゼさん。お夕食もお朝食もローゼさんの分はわたしが食べてあげましたから」エミリアがのんきに笑った。 
 げんなり落ち込むローゼでした。


 ちなみに、同日、露天風呂の隣の森で、人狼(人類である獣人ではなく人型の獣)数匹と五十匹を超える狼の大集団が壊滅しているのが発見され、降臨か降魔があったのではないか、と大騒ぎになりました。


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