DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第三十話 福祉? 制裁? 倒せ老害

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 閑静な住宅街の屋根の上を、小高くぴょんぴょん跳ねるおむつジジイ。武道家でも魔導士でもないローゼは、地べたを走って追いかける。ときどきT字路にぶち当たると、迂回するのが面倒で塀や屋根に上って一直線に進むが、おむつジジイのように軽やかに、とはいかなかった。
 エミリアだけが頼りだ。彼女は空手家だけあって、屋根の上を高々とジャンプし、おむつジジイを捕まえよう、と何度もアタックを仕掛ける。度々二人を見失いそうになるローゼであったが、それでも何とかおむつジジイに追いついて、通商手形のことだと叫んで誤解を解こうとする。でも聞く耳を持ってもらえない。
 おむつジジイの進路に上手く先回りすることが出来たローゼは、民家の屋根の上で待ち構えて無理やりにでも捕まえてやろう、と身構えた。
 それを見たおむつジジイが叫ぶ。
 「んー! しつこいやつじゃぁ、これでもくらえぇい!」
 「わっ、なんだ⁉」
 白くて長四角の何かを投げてきた。ボフボフ、と音を立ててローゼの周りに着弾する。それらは屋根に穴をあけるほどの威力があった。ローゼはビックリしてレイピアを抜いて構える。
 「今度は外さんぞ、ほれもう一撃」
 またも白くて長四角な物を投げてくる。ローゼが目で追えないような速度ではない。「こんなのも叩き落としてやるわ」と笑って照準を定めていたけれど、モノに気づいて顔面蒼白。「わっ、わっ、わっ」と慌てふためき、全弾を避ける。
 「投げてきたのオムツじゃんよ」
 ローゼは他のは何だ? と思ってよく見てみる。投げてくるのはみんなおむつ。しかもみんな使用済み。
 内側の方をローゼに向けて投げてくる。それだけならばたいしたことのないように思えるが、ローゼに対して必殺技並みの威力があった。茶色いシミがついているものに交じっていて、なんと、直径数センチの塊がついているものすらあったのだ。
 それに気がついていないエミリア、ローゼに叫ぶ。
 「何遊んでるんですかぁー、ローゼさーん?」
 「すごいの投げてくんのよ! 何でそんなの持ってんの!」
 「これはわしの宝もんじゃぁ、いつも肌身離さず持っておるわい」
 おむつジジイのヤツ、おむつしか穿いていないのにどっから出してくんの?
 「もちろん、おむつの中からじゃー」
 神秘の次元だー。
 「わたし聞いたことがあります」とエミリア。「あの童話ですよ。魔法のポッケを持ってる猫ちゃんのヤツ」
 「夢壊れるからやーめーてー」とローゼ叫ぶ。
 攻守逆転。逃げまどうローゼたち。住宅街が大騒ぎ。なんせ使用済みオムツが雨あられ。綺麗な街並み粉砕していく。
 おむつジジイが非難轟々。
 「避けるなこわっぱぁ。そんな拒絶されるとわしゃ傷つくぞ!」
 「こんなことされて、わたしめっちゃ傷ついてるんですけどー」涙目ローゼ。
 「見た目は違うけど、食べ物と一緒じゃから安心せーい」
 「できるかどあほー」
 「わしはただ、生肌で感じる柔らかいあの感触を楽しんでもらいたくて、わしと同じ格好させたいだけなんじゃあ」
 「“ただ”の内容が壮大過ぎだ!」
 振り返ってそう言った瞬間、ローゼはあることに気がついた。
 「新しいオムツばかり? やりぃ! 使用済み切れたのね?」
 「そうか、それが狙いか! ワシから使用済みを巻き上げる気じゃったのじゃな! 泥棒猫ー‼」
 「こんなのいるかっっ!」
 ローゼはそう叫びながら、飛んできたおむつをジャンピングキャッチして地面に叩きつける。
 「そうと分かれば、エミリアいっきまーす!」
 突撃してきたエミリアをひらりと交わしたおむつジジイは、ローゼに陥れられた悔しさをにじませながらも、振り返って再び向かって来たエミリアににやりと笑う。
 「新品おむつで効果半減じゃが――、秘儀オムツ縛りの術!」
 「わっわっわっ、どうしましょう、ローゼさーん」 
 エミリアの両手がオムツに巻かれて、攻撃力大幅ダウン。慌てふためくエミリアの顔にもオムツが巻かれる。
 「むぐぐぐぐぅ~、なんにも見えなーい」
 瞬く間に全身巻かれて落ちていく。ボール状になって道端に転がって馬車に轢かれて、どこかに飛んでいってしまった。
 「あーばよーう」とおむつジジイが逃げていく。
 「あ、こらまてー」
 追いかけるローゼを振り切って、おむつジジイは、屋根の波の彼方に消えていった。

 ※※※

 古ぼけた長方形の石が積まれた壁が切れ目なく続く薄暗い繁華街。しばらくしておむつジジイが振り返ると、ローゼは追ってこない。撒いたかと勘違いして一軒のパブに入っていった。
 ギリギリ遠くから見ていたローゼは、一心不乱に走っていって勢いよく中に入った。「がはははは」とおむつジジイの声がする方を見やる。
 長いソファの真ん中に座って、八人の女性をはべらせている。ソファーに五人、真後ろに三人。あんな格好でよく入店できたもんだ。
 あんた下戸でしょ? お酒飲めないのにパブ入んな!――あれ? よく見ると砂糖水だよ。いや、透明だからわかんないけど。すると、一緒にソファにいたおねーちゃんが「砂糖水もう一パーイ」やっぱ砂糖水だ。
 「やっぱり銀貨一枚もする砂糖水はうめーのー」おむつジジイはへべれけ(?)だ。
 ぼられすぎだろ、何千倍ぼられてんだよ。
 「みんなの分も頼んでやろう」と、おむつジジイ大盤振る舞い。
 「うれしー」女の子たちが黄色い歓喜。
 ローゼが見ていると、ボーイが持ってきた砂糖水は女の子の手に渡り、ソファの後ろにいたボーイに渡され。そのボーイがぐるーと回って別の女の子へ渡される、の繰り返し。
 何千倍もぼったくった一杯の砂糖水で、何杯分ぼる気だよ。
 女の子たちが、おむつジジイを褒めちぎる。
 「やだー、宗ちゃん強ーい♡ もう一杯持って来て」
 「水割りなんてまどろっこしい。ストレートで持ってこーい」
 おむつジジイの叫びに呼応して、コップいっぱいの砂糖出てきたよ。
 「お前らも飲んでえーぞー」
 シャンパンタワー? お砂糖タワーが始まったぁ。
 「ストップ! ストッープ!」とローゼが両手を掲げて何度も交差させる。「今立て込んでいるから、後にしてくださいねー」
 下唇で上唇を押し上げた表情で細かく頷きながら、ローゼがにじり寄る。
 だが、おむつジジイは年季が入っている。若い娘に追い詰められても動揺せずに、ローゼを指さしてシレッとボーイに言った。
 「代金はあの赤毛のお嬢ちゃんにつけといてのー」
 「払うかボケェェ」キレるローゼ。
 「ほれ、これで足りるじゃろ?」
 「あー、わたしのポシェット‼」
 いつの間にかおむつジジイが持ってる。
 「わはははは」おむつジジイは「もっと砂糖水持ってこーい。全部あの女につけてくれい」と大はしゃぎ。
 「あざーす」とボーイたちがローゼに挨拶。
 「わたし払わないわよ! 返しなさい、わたしのポシェット」
 レイピアを突いて取り返そうとするが、ジジイの手はひょいひょいとかわす。
 「孫ならおじいちゃんを労わらんといかんぞう、肝臓、浣腸、生田鑑三」
 いつ血繋がったんだよ。知らねーよ。あとつまんねーよ。誰だよ生田鑑三って。
 おむつジジイは懐かしそうに遠い目をして“ニタ病む”。勝手に造語するんじゃねーよ。
 「思い返せば、よーオムツを換えたもんじゃ」
 「その回想、どっちが換えてんのよ! わたしがジジイの換えてばかりの走馬灯!」
 ローゼ、レイピアで回想をピシャリと叩いてつっこむ。 
 おむつジジイがブーたれた。
 「ケチじゃのー。おいボーイ、これで清算しておけ」
 「⁉ だからそれわたしのポシェット‼」
 ローゼを無視して即時に清算おつりなし。
 「オムツ様、股のご利用お待ちしております」
 ボーイはそう言って、金だけ取ってローゼのポシェットを投げ捨てた。急いで拾ったローゼが逆さまにして振るけれど、スッカラカン。ローゼ大ショック。“オムツ様”にも“股の~”にもつっこめない。
 ジジイは悠々去っていく。
 超くやしー。「待ちなさーい‼」

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