DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第七話 地上最強人間登場

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 新しい敵が出てきた。まだ出てくんのかよ。ていうか、木馬隊倒すとこ後半全面カットかよ。
 出てきたのは、見たこともない異形の者たちだった。茶紫の表皮に覆われた恐ろしげなやつら。ローゼたちは、最初岩石ゴーレムかと思ったが、すぐにそれとは違う、と気がついた。
 月明かりを遮っていた雲が流れて少し視界が明るくなって、おぼろげながらもみんなの姿が見えるようなっていく。間もなくして月明かりは、新しく目の前に現れた者の姿をはっきりと見せてくれた。
 悪魔? 悪霊? 生きたまま皮を剥がされた皮剥かれ人間だー‼‼‼‼‼‼
 「ローゼさん、あれ!」
 エミリアに言われてローゼが見ると、まだ瘡蓋が出来上がっていない生人間もいる。何だよ生人間て。生チョコも生どらも生じゃないよね、なんて今は関係ない。そういうカワイイ“生”じゃない。生乾きだから生人間。痛くないかな? 痛くないかな? って恐る恐る確認するように歩む姿がいた痛々しい。めっちゃつらそう。そりゃ全身滲みるわな。
 「いけー! 瘡蓋人間ども」と言うオントワーンの掛け声と共に、五人の瘡蓋人間が襲いくる。ただの人間と侮るなかれ。超人並みの戦闘能力。ローゼの刺突もエミリアの突きも、分厚い瘡蓋に阻まれ効果がない。
 「どうだ、恐ろしいか?」とオントワーン。「こいつらはな、以前俺を捕らえようとやって来た兵士や賞金稼ぎの中から選りすぐった屈強な者たちで作った奴隷兵だ」
 「へ? ブリーフ兵は?」とローゼに疑問が湧く。
 「あいつらは正規の手下」
 どう見てもブリーフが奴隷だろう? でも何で瘡蓋に覆われているやつなんか作るんだ?
 実はオントワーンの趣味は、人間の皮を生きたまま剥ぐこと。剥ぐ最中に聞かせてくれる絶叫にゾクゾクするんだって。何時間にも亘る拷問が続く日々。その末にできた瘡蓋だから、全ての痛みを超越した鎧と化したらしい。
 やや間があって、ローゼが言った。
 「うーん、防御力高くっても、動きは普通の人間よねー」
 「本当ですね、剣も格闘も人並ですね」とエミリア頷く。
 「でも、その防御力も大したことないわ。徐々にだけど効いてきてるもの」
 それを聞いたオントワーンが笑う。二人の攻撃を浴びるたびに悶えるようになった瘡蓋人間、倒れるのも時間の問題。そしてついに異変が見え始めた。攻撃する力が失われたのか防御に徹するようになった。いや、防御姿勢すらとっていない? ただ撃たれるたびに悶えるのみ。
 「―――」ローゼ何かに気がついた。頭をポリポリかいた後、ゲシッと馬場キック。
 「エミリア、目つぶしよ!」
 「はいっ」
 急に瘡蓋人間たちが狼狽えだして、明らかに嫌がり逃げまどう。
 「ふっ」とオントワーンが微笑して、「ようやく気がついたか、こいつらに瘡蓋への攻撃が無意味である、と」と大声で叫ぶ。そして続けて、
 「こいつらは、全身がむず痒くてむず痒くて仕方ないのだ。お前らも経験があるだろう。瘡蓋や蚊に刺された後など、無性に痒くて爪を立てて押してしまうことが!」
 確かにある。あの痛痒いのが気持ち良いのだ。
 「こいつらは、攻撃を受けても本当の意味での痛みは感じない。気持ちの良いあの痛みを感じているのだ!」
 ローゼは、思った通りだ、という表情で目だけを狙う。さすがに目を潰されては敵わない、と瘡蓋人間たちは本気で攻撃をしてきた。徐に瘡蓋を剥がした瘡蓋人間は、それの内側を外向きに掲げて、全力疾走で向かってくる。
 「ぎゃっ、くさっ」思わずローゼが唸って身を引いた。
 すごい臭いのする瘡蓋だ。それもそのはず、実は彼らの瘡蓋は、何度も剥がされ、くっつけられてを繰り返しているから、もう何年も治っていない。
 「瘡蓋悪臭世界一ィィ」とオントワーンが叫ぶと、「世界一ーィィ」と瘡蓋人間が唱和する。
 しかし、逃げ惑っていたローゼは、颯爽と身を翻して冷笑した。
 「ふん、バカも休み休み言いなさい」
 瘡蓋が剥がされてゾンビのようにウジゅウジゅした左肩めがけてレイピアを突く。
 「ぎゃぁぁぁっっ!」
 大声で叫んだ瘡蓋人間が地面を転げまわる。瘡蓋は屈強だし、全身の臭さも尋常ではない。更には、治りかけのむず痒さも半端ない。だが、臭い体液にまみれた治りかけの皮膚の内側は、やはりただの人間だ。
 ローゼが急いでエミリアのところに駆けつけると、彼女を襲っていた三人も目を覆って転げていた。
 ローゼが声をかける。
 「大丈夫? エミリア……」
 「はい、大丈夫です。それよりも大変なことに気がつきました」
 どんな恐ろしいことに気がついたのだろう、とローゼは唾を飲んだ。
 「この瘡蓋人間……――全裸なんです」
 なんだよそれ! R指定ついちゃうじゃん。何でこいつらエミリアなんかに襲い掛かったんだよ、ってローゼが動転していたら、オントワーンが駆け寄ってきて教えてくれた。
 「こいつら、あそこも瘡蓋で覆われているから、指定はつかねーゼ」
 オントワーンの微笑みが、ローゼにはなぜか爽やかで格好良く見えました。
 突如として、闇夜の中で雄たけびが上がる。
 「こん畜生! こんなんで終わって堪るか! 俺は賞金稼ぎのゼザス様だぞ! オントワーンに散々苦しめられたあげく、女につつかれてお終いだなんてあってたまるかぁ!」
 なんだよ、つつかれて「あはあは」よがっていたくせに。ローゼがそう言う間もなく、オントワーンがワナワナ震え出して後退りをする。なになに? とローゼが心配すると、オントワーンが言った。
 「まさか……最終奥義を繰り出すつもりか!」
 「そうだ、そのまさかだ」
 ゼザスがそう言う。オントワーンすら恐れる最終奥義。彼の手下も、甦ったパークの手下たちも固唾をのむ。ローゼとエミリアも身構えた。
 奴は最終奥義を繰り出すべく、大股開きで腰を落として力を溜めはじめた。
 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ~―――」
 ローゼは言葉が出ない――と思いきや、普通に喋った。
 「『はぁぁぁぁっ』て言ってるわりには、力溜まっていないような……」
 すると、オントワーンが解説する。
 「アイツの恐ろしさは、そこじゃねーんだ。俺にも真似できない秘策があるのさ。
 もうおしまいだ。お前ら二人とも覚悟しておけ。生きてここから出られないぞ」
 いや、ここ外なんですけどね。
 力を溜め終わったゼザスが言った。
 「まずは、金髪のガキからだ」
 そう言われたエミリアが前に出て構える。
 「受けてみろ! 俺の奥義をォォォっ‼――」
 三つ目最後の『ォ』が喉から出し切られる前に、ローゼが飛び出して激しく突きの連撃をくわえる。
 意表を突かれて慌てるゼザスが、吃音気味に叫ぶ。
 「まっ、待て顔はやめろ! 顔はっ! 目に刺さるから! いてっ、刺さった白目にちょっと刺さった! 口にも! 鼻にも! いたっ、いたいっ」
 そのまま岩山の下まで続く長い階段に追い詰められたゼザスは、ローゼに横蹴りを喰らって落される。
 駆け寄ってきたエミリアが、ローゼに怒った。
 「わたしとの一騎打ちだったのにヒドイ! ローゼさんの行為は、騎士道精神にも格闘精神にも反します!」
 「ごめん、ごめん。だけど、アイツ、本当に恐ろしい相手だったのよ。―――もしかしたら、エミリアが負けてしまうかもしれないほどにね……」
 そう言いながら、ローゼは闇夜に飲まれて見えない階段の向こうを見下ろす。そして思った。
 (言えない、言ってはいけない。あと一瞬でも遅かったなら、アイツは股間の瘡蓋を両手でムキ剥がしていただなんて)
 しかもあいつは目を瞑っていた。ちょっと薄目開けてたけれど、エミリアが攻撃できる箇所は股間のみ。見てもアウト、触ってもアウト、攻撃されてもアウトの三重苦。ローゼ咄嗟の珍プレーでした。
 「珍プレーじゃないでしょ⁉」とローゼが叫ぶと、パークがフォロー。
 「ああ、ちんちんのちんプレーだろ?」
 「違うわよ‼」とナックルガードでぶちのめす。
 
 ローゼは好プレーと言ってほしかったのでした。



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