DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第一話 要塞都市ヴァルゴルディア

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 四つの亜大陸からなるグランド大陸。その東の亜大陸中央東部にロッツォレーチェ王国がある。その北西部にある要塞都市ヴァルゴルディアへと続く森の中の道を、陽射しの圧で体液が搾汁されつつある一人の女性剣士が歩いていた。この物語の主人公ローゼリッタ・クラインワルツである。
 年齢ははたち。出身は東の亜大陸中央西部のミッドエル王国。鼻が隠れる程度の長めの前髪でロング。色は紅緋色で煌めいている。身長は百六十三センチ、無駄な贅肉は全くないスレンダーなくびれのラインとは裏腹に、けっこう胸がある。ピーナッツを半分にしたような銀のポールドロン(肩当て)を装備しているのが印象的だ。
 対法術防御性のある深紺のマントを羽織っていて、ベージュとダークグレーの細かい斑色の袖なしへそ出しポロシャツを着ている。白い襟元は大きな赤い霊石のブローチで飾られていた。ポロシャツと同じ色をした白で縁取られた腰マントは踝まであって、歩を出すたびに生足が覗く。
 剣帯に吊るされたレイピアは高価ではないものの鉄製で、細長い棒状の鍔をいだくように二本のツタが絡み合うスウェップヒルトを形成している。そのツタが一つになってナックルガードとなっていて、丸いポメル(柄頭)は飾りがない簡素な作り。それがぶら下がる腰マントの下はデニムのホットパンツといったいでたち。そして茶色い皮ブーツを履いている。
 母国ミッドエルからロッツォレーチェまで二週間以上ある道のりをはるばるやって来たのには理由があった。掘り出し物のお値打ち剣を見つけたい。毎年八月になると大きな刀剣市がヴァルゴルディアの都市で開かれていて、ローゼはそれを目当てに、夏休みを利用して旅行に来たのだ。
 故郷のヘイメルシュロス(ミッドエルの首都)から中央亜大陸北部に君臨するフィーリアン連邦王国との国境である運河まで行って、港町ハーフェンマーシから船で国境を越えて都市国家ドウトリッヒで下船。安全のために商人の一団と共に幾つもの公国や都市国家(侯国)を経由しながら、ロッツォレーチェ王国までようやくたどり着いた。
 国境の手前で二手に分かれる街道でウェールネス公国に向かう商人の一団と別れたローゼは、うだるような暑さにため息をついては、時折木陰で立ち止まって道の先を見やる度に一休憩しては、残り少ない皮袋水筒の水を確認しながら一口飲んでは、また歩く。何度もそれを繰り返した後に顔をあげると、木々の向こうに開けた草原があって、その向こうにレンガの壁が見えた。
 「おぁ~! 城壁だ! 町だ! 苦節二週間、ついにヴァルゴルディアに辿り着いたわ!」
 やっと見っけ、といった風にガッツポーズ。食いもん、酒、風呂、最後の村からおあずけになっていたパラダイスが、走馬灯のようにたくさん頭を駆け巡る。「あつい、あつい」と呟いていたのも忘れて、ローゼはズイズイと歩速を速めた。
 森を抜けると一気に視界が広がり、ローゼは眩しくて目を手で庇う。それでも起伏のないなだらかな平原の向こうに高く聳える城壁に囲まれた要塞都市の大きな門を見据えて、一直線に進んで行った。
 入国手続きを済ませて南の門をくぐると、その賑わいの凄さに圧倒される。人人人でごった返していた。さすが、ミッドエル王国、ペトラキオアス王国と並ぶ東の亜大陸三大国家の一つ、ロッツォレーチェが誇る要塞都市だけのことはある。見上げるばかりの高い重厚なレンガ造り大建築が立ち並ぶ街並みは、シンプルなデザインのルネサンス建築中心。東の亜大陸最強国家出身のローゼがぽかん、と田舎者っぷりを見せるほどの賑わい振りであった。
 中に入ると八車線の軍用道路が反対側の北門まで続いている。中央で交差する形で東西をつなぐ八車線道路が走っていて、十字路の南西の角には辺境伯が住まう巨大な砦がある。ドーム屋根が独特なビサンチン建築。十字路北東側の角には兵舎と城壁に囲われた訓練場があって、その軍事力は小ぶりの国一つを凌駕する、と言われているほど。
 まだ刀剣市は始まっていなかったが、すでに市目的の剣士やら戦士やらでごった返していた。外国の軍隊も買い付けにやってくるほどの刀剣市だから、地位の高い爵位を持つ者も来ていて、騎士の姿も多い。
 仲の悪い国同士が鉢合わせをしたりなんかしてピリピリムードなところもあるけれど、小競り合いは起きていない。ケンカや決闘に及んで大国ロッツォレーチェに目をつけられたら瞬殺されかねないからだ。少しの小競り合いが起きただけでも衛兵が駆けつける。この要塞都市一つで、幾つかの都市国家は滅ぼせる、と言われているのだから、大きな騒ぎにまで発展しないのも当然だ。ローゼは、意気揚々と人ごみの中に紛れていった。
 ――と言う前置きは置いておいて、真面目なファンタジーとして始まったこの作品、一応下ネタ変態ファンタジーである。あしからず。
 
 ※※※

 屋台のリンゴ屋のおばさんが、訝しげにローゼを横目で見ている。
 (金っカネっかねっ‼ 金さえあれば……ああ…)
 と、こぶしを握り締めて仁王立ちのローゼがリンゴに穴が開くほど凝視しているすぐ後ろにある宿屋のオープンテラスで、二人の男が会話を始めた。
 「――しかし、あの盗賊にはまいりましたねー、早く通商手形を取り戻さないと――」と中年らしき声。
 キラリーン、十字星で発光したローゼのまなこ。チラリと後ろを見やって二人の会話に耳をそばだてる。
 口ひげアゴひげ毛むくじゃらの短い無造作ヘアの中年男が、「聞いてますか?」と、不信の眼差しを向けるケプフェレに似たコップ状の帽子をかぶった背の低い丸坊主の老人は、(今夜のおかずはなんじゃのー?)とか考えていそうな様子で、話しを聞いていなかった。
 賞金を出して盗賊退治と通商手形を取り返すのを思いついて、金貨二十枚で剣士に依頼した二人、引受人を待っているようだ。「一人で大丈夫なんでしょうかね」と言う中年男の声が聞こえて、ローゼは思わず志願した。 
 中年男がまじまじとローゼを見やって言う。
 「いや……お嬢ちゃん、いまどきへそ出しルックってはやってないよ。でべそかくしなよ」
 でべそじゃねーよ。「――依頼、その依頼、わたしも噛ませてよ」
 「いや、そんなエッチな体じゃ勝てないよ。話は有り難いだけどね、そんなエッチな体じゃ勝てないから。
  女の子にこんな危険な依頼をするわけにはいかないな。エッチじゃないんだから」
 エッチエッチうるせーよ。
 盗賊騒ぎがなければ、昨晩は夜のお店に繰り出していたはずの中年男の頭の中は、あれのことばかり――だなんて知る由もないローゼ。「賞金出るんでしょ?」と言って引き下がらない。
 「わたしがその盗賊を退治してあげるって言ってんの」
 「いや、もう伝説の剣士様に依頼してある。この方だ」
 ぬけちゃんだかカールさんだかみたいな目で金のことしか考えていないローゼに、中年男は仕方なく雇った剣士ジョヴァンニを紹介した。
 サラサラの金髪、高価そうな金ぶちの青い鎧に「おおっ」と驚くローゼだったが、最後に“?”がつく。マイナスネジの頭みたいなまぶたは紫色に腫れあがって、手足は藁のように細長い。胴回りも大根みたいだ。
 「持ってるの……それネギですか?」(長ネギ)
 ローゼが伝説の剣士に恐る恐る訊いてみると、そばで見ていた中年男から「気にするな」と一言返ってきて、「マジっすか?」としか返せない。
 スッゲー咳き込んでる。死のカウントダウン始まっちゃってるよ。中年男に『長老』と呼ばれていた依頼主である老人の話によると、ある日どこかで魔王を倒したかもしれない伝説の剣士の可能性があるらしい。勇者というやつだが、何かの間違いでは? 明らかに負けて呪われて帰ってきましたって風貌ジャン。――ていうか、負けた魔王のなれの果てでは?
 「吐血してますけど」(ローゼ)
 「気にするな」(中年男)
 「マジっすか?」(ローゼ)
 四つん這いになっていつまでも咳き込んでいるものだから、さすがに長老さんも心配になってアドバイス。
 「確かどこかの国では、首にネギを巻くと風邪に効くって言われておるらしいよ」
 “おおそうか”と、のたのたジェスチャーした剣士ジョヴァンニは、持っていたネギを震えながら自分の首に巻こうとするけれど、ネギって意外に結びにくいよね。繊維ばってるもんね。上手く巻けなくて長老に手伝うようにジェスチャーしている。
 「声出せないくらい弱ってんじゃないの?」とローゼ。
 「気にするな」と真顔の中年。
 「マジっすか?」
 見ていると、長老も結ぶのに苦労している。仕方がないので、結び目の左側を左足で押さえて、反対側を持って左肩に引っ掛け、背負い投げみたいに勢いよく引っ張った。めっちゃ首に入っちゃってるよ。あれおちるから。剣士ジョヴァンニは顔を真っ赤にして自分のポールドロンに乗った長老の足を叩く。叩くが……叩くが……。
 「落ちちゃいましたけど……」(ローゼ)
 「気にするな」(中年男)
 「マジっすか?」(ローゼ)
 このやり取りいつまで続くの? マジやめて。



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