ホラー短編集

緒方宗谷

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鬼胎

金メダル

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 一人の高跳びの選手が、一人の連れを伴って細胞研究所のドアを叩いた。国際的な賞をとった世界的な細胞研究の権威である博士に、ある頼みごとをするためだ。
 選手は言った。
 「今の技術なら、遺伝子を操作して強化人間を作る事くらい出来るでしょう」
 「ああ、出来るとも」博士は言った。
 「僕を改造してください。国際大会で金メダルを取りたいんです。薬じゃばれる恐れがありますが、遺伝子操作ならばれないでしょう。僕はノミのように高く飛びあがりたいんです。誰よりも高くです」
 博士は視線をあげて少し考えてから、選手の男に視線を戻してから言った。
 「うむ、不可能ではないな。どうしてもと言うのならしてやろう。だが、一億二億じゃとてもじゃないが――」「大丈夫です」選手は博士の言葉を遮って言った。「金をとれば、CMだのなんだの引っ張りだこですから。それに……」と言いかけて、後ろにいた連れの男を見上げる。濃い紺色のスーツを着た男。スポンサー企業の担当のようだった。
 「うむ」博士は頷いて、後日また来るように日時を指定した。
 その日やって来た選手は、すぐに手術台に寝かされて、麻酔注射を打たれた。即効性がある強力なやつだ。選手はすぐさま意識が混濁して気を失った。
 目を覚ました選手は、もうろうとする意識を押して起き上がる。フラフラで立ち上がれず、そのまままた手術台に横になった。
 しばらくして体調の回復した選手は、自分の四肢をマジマジと見た。これと言って体躯に変化はない。見た目は同じだった。
 博士は言った。
「ノミ程ではないが、バッタくらいは飛べるだろうな」
 選手は喜び勇んで外に出て、駐車場でウォーミングアップを始めた。しばらくして上下の服を脱ぐ。下にはユニホームを着ていた。
 満を持して構える。選手は走り出して、ホップ、ステップ、ジャンプで、力いっぱい跳躍を試みる。眼下には、五階建ての研究所の屋上があった。周りの家々の屋根を見下ろす。
 選手は思わず歓喜の声をあげた。
 「やった。これなら間違いない。金メダルだ。夢の大舞台で金メダルだ」
 ガッツポーズをとって喜びに歯を食いしばる選手は、頭を逆さにして落ちていった。そしてスイカが割られたような音がした。その原因になった物は、スイカと同じようになっていた。

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