猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第百二十三話 想いを馳せることに無意味なんてない

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 真剣な眼差しで机に向かう祐ちゃんは、『宝石懸想』のお話をみんなに聞かせてやりながら、モモタたちの見守る中、赤い首輪にバックルをつけて鋲を打ったり、穴を開けたりしています。

 年端もいかない子供ですから。上手に物語を語れませんでした。祐ちゃんに話して聞かせてくれた颯花ちゃんもそうでした。

 ですが、颯花ちゃんがそのお話を聞いたことによって心に生まれた新しい光が『宝石懸想』のお話に混ざり合って輝きを増し、言葉では伝えきれなかった細部を補って余りある物語へと成長させました。そして、その気持ちを受け取った祐ちゃんの心の中にも新しい光が生まれたのです。

 祐ちゃんがモモタたちに伝える物語もまた、光を帯びた言葉が言霊となって、モモタたちにも伝わりました。とりわけ祐ちゃんと強いきずなで繋がっているモモタには、余すところなく伝わったことでしょう。

 祐ちゃんは、『宝石懸想』のお話を語り終えると、モモタに優しく言いました。

 「僕、颯花ちゃんからこのお話を聞いた時に、この赤い宝石のことを思い出したんだ。
  前に旅行で行った田舎の山の中にあった古くて崩れたお家の残骸を探索した時に見つけて大事にしまっておいたんだけれど、これは星の想いの結晶が宝石になった物だと思うんだ。
  だってほら、不思議な感触でしょ? 柔らかくもなくて硬くもなくて、温かくないけど冷たくもないし・・・」

 そう言いながら、両手で屋根を作って、虹の雫の上に影を落とします。

 「ほら、光をあてなくても自分で光るんだよ。普通の宝石じゃないよ」

 鼻先を近づけてにおいを嗅ぐモモタを見やって、祐ちゃんが続けます。

 「僕、モモタとお別れするの嫌だから、いつもモモタと再会できますようにって願いを込めて、この宝石を持っていたけれど、モモタにあげる」

 祐ちゃんは、屈託のない笑顔を見せてモモタに語り続けました。

 「モモタはお出かけが大好きでいつもどこかに行っちゃうから、たくさんの出会いと別れと再会があるでしょう? 今だって、何これ(笑)? ネズミに蝶にタカにペリカン? ねずみってごはんじゃない」

 チュウ太が机の上で飛び上がって、「モモタのご主人様って言うなら、僕を心の目で見てくれよ。大親友にしか見えないでしょ⁉」と叫びます。

 キキが後ろから言いました。

 「真心で見て『美味しそうなごはんだな』って思ったんじゃないの? そもそも君、モモタのごはんになりたいんだろ?」

 チュウ太は、祐ちゃんになだめるようにお腹を撫でられながら言いました。

 「そうだった・・・。さすがはモモタのご主人様だね」

 祐ちゃんは、モモタに視線を戻して話を続けます。

 「モモタにこそ、この宝石が必要なんだと思うから、モモタに持っていてほしいんだ。たぶん、僕の想いもこの輝きに溶けているから、どこに行ったってきっと僕たちは繋がっていられると思うんだよ」

 そう言い終わって、再び首輪作りを開始しました。

 祐ちゃんは、虹の雫の細く尖ったほうに、輝く銅色の小さなキャップを取り付けました。ちょうどドングリに帽子をかぶせたように。

一度ついたら絶対に取れないと噂の瞬間接着剤でくっつけましたから、そう簡単には外れません。

 「できたー」祐ちゃんが嬉しそうに声を上げました。

 みんなも嬉しそうに騒ぎます。

 祐ちゃんが言いました。

 「モモタ、それじゃあ新しい首輪をつけてあげるね」

 「ありがとー」

 祐ちゃんの瞳に映るモモタは、思慕の念に包まれていました。

 とってもお似合いだったので、みんながモモタを褒めそやします。

 「あれ?」と祐ちゃんが呟きました。

 外した古い首輪には、桜色の巾着袋がついています。「なんだろこれ?」と言いながら、祐ちゃんは巾着袋を開けてみました。

 「うわっ」

 開けた瞬間さまざまな色の光が袋の口から輝き出たので、祐ちゃんが驚きました。袋から出した光の正体は、五つの虹の雫でした。

 祐ちゃんが言いました。

 「これ・・・宝石懸想の宝石?・・・僕が持ってた赤いのとおんなじだ。
  青…黄色…紫…緑…藍色・・・。すごいやモモタ、こんなに持ってるなんて!」

 とても喜んだ祐ちゃんは、モモタを撫でまわしながら褒め称えます。

 「・・・そうか、モモタ、モモタはたくさんお出かけしてきて、色々な出会いがあったんだね。毎日夢に見て恋い焦がれていたから、宝石懸想と繋がったんだ。

  たぶんモモタは太陽になったんだよ。モモタだけじゃない――」祐ちゃんはみんなにも微笑みかけます。

 「――ここにいるみんなも太陽なんだ」

 今日一日、モモタたちはとても幸せな気分で過ごせました。モモタは祐ちゃんと言葉は通じませんが、虹の雫を探す大冒険で経験した色々なことを、全身を使って聞かせてあげました。祐ちゃんも、理解できたかのように相づちをうったり笑ったりしてくれています。

 部屋で輝いていたのは、六色の虹の雫だけではありません。祐ちゃんとモモタたち六つの生命も輝いていたのでした。

 その日の夜は、みんなで祐ちゃんのお部屋で寝ました。

 祐ちゃんは角っこにあるベッドに寝ています。モモタはもちろん祐ちゃんのお腹の上、特等席。他のみんなは、祐ちゃんママが用意してくれたクッションと、フワフワのバスタオルやフェイスタオルの山をベッドにして眠ります。

 アゲハちゃんと、お泊り会に参加したさゆりちゃんには、桃色を纏った銀色の光を放つ白い絹のローブデコルテを思わせる花瓶に挿された二輪の花が用意されています。

 淡い月明かりがカーテン越しに差し込む部屋で、ベッドに横になる祐ちゃんが、お腹の上で丸くなるモモタに言いました。

 「モモタだったら、暗黒の星だって照らし出してしまうんだろうね。
  ブラックホールって知ってる? 昔は宇宙に穴が開いているって思われていたみたいなんだけれど、実は真っ暗な星らしいんだ。重力が大きすぎて光までも吸い込んじゃうから見えないんだって。

  『宝石懸想』のお話を聞くまでは、なんて怖い星なんだろうって思っていたけれど、もしかしたら、たくさんの輝く星が暗黒の星を助けようと思って、光を届けているのかもしれないね。暗黒の星も、たくさんの光を吸い込むことで夢を溜めているんだと思うよ。

  ほら、絵描きはいい絵を、音楽家はいい音楽を、たくさん真似しないといけないっていうでしょう? そうやって輝く方法を勉強しているだね、きっと。

  それに、ブラックホールの真下には、本当に穴が開いているっていうよ。重力がすごすぎて、空間が歪んでいるんだって。この間見たテレビで言っていたんだ。その穴の先には別の宇宙が広がっているって。そうやっていくつもの宇宙と宇宙が繋がっているし、増えているんだって。

  ブラックホールを使ってワープするアニメを見たことがあるけれど、それよりすごいよね。猫ちゃんポッケから出した電話ボックスみたいな世界がたくさんあるんだ、重なり合ってさ。

  それに僕は思うんだ。『宝石懸想』の中では、暗黒の星は色がないって言っていたけれど、闇色とも言っていたでしょう? そういう色があるんだよ。そんな状態になっても願い続けてそれを突き抜けると、ブラックホールになって別の宇宙を創るんだ。そこでは、暗黒の星も別の可能性がある星なんだよ」

 モモタたちには、話しが難しすぎてよく分かりません。ですが、夢と希望の大切さを説いている、ということだけは分かりました。

 祐ちゃんは語り続けました。

 「この間、学校でダークマターってものの話を友達から聞いたんだけれど、何も見えないし触れられない物質があるんだって。それだって夢に砕けた星屑なのかも。でもそれが宇宙を創る大事な物質の一つかもしれないんだ。

  もしそうなら、やっぱり星屑もいつかは太陽になれるのかもしれないね。泣いた疲れが癒されたら・・・」

 祐ちゃんの意識は、だんだんと夢の中へといざなわれていきます。

 「・・・地球はなぜ青いんだろうって思っていたけれど、ようやく分かったよ。地球には青い宝石が多いから青いんだ。その光が海や空に溶けて混ざっているから青く見えるんだね・・・。すごいなぁ、いつか星はみんな宝石になって輝きだすんだろうね・・・。きれいだろうなぁ・・・……」

※※※

 次の日の早朝。モモタは、祐ちゃんの可愛い寝顔を愛おしそうに見つめながら言いました。

 「祐ちゃん、僕必ず戻ってくるから、また仲良くしてね」

 そうお別れを告げて、優しく頬にキスをしました。

 カンタンがくちばしを使って、静かに窓の鍵を下ろします。そして、そろりそろりと窓を開けました。みんなは、モモタのお別れが終わるのを見守ります。

 ゆっくりとベッドから下りたモモタは、窓際まで来た時にふと暖かい視線を感じました。振り返ってみますが、祐ちゃんは寝ています。

 モモタは改めて祐ちゃんに向き直ってお座りをすると、小さく「にゃあ」と鳴いて伏せ、お辞儀をしました。
 
 ――モモタ 元気でね また絶対帰って来てね 僕待っているから 
 そして お出かけのお話たくさん聞かせてよ 絶対だからね
 行ってらっしゃい モモタ――

 モモタには、祐ちゃんの声が聞こえたかのように感じられました。気持ちがそう和らぎ安らいだのです。

 ――ありがとう 祐ちゃん 僕 絶対祐ちゃんのもとに帰ってくるよ
 その時はたくさん大冒険のお話聞かせてあげるからね
 祐ちゃんのお話も聞かせてね
 行ってきます 祐ちゃん――

 そうしてモモタは、優しさに満ち溢れた喜びの朝日に照らされた窓辺から、光の中へと再び旅立ちました。
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