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モモタとママと虹の架け橋
第百三十九話 モモタの輝き
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まだ高い波に囲まれた防波堤の周りには、生温かく湿気った薄灰色の風が吹いていました。
防波堤を歩く亜紀ちゃんの姿を見つけた岸壁にいた人々が騒ぎ始めます。大勢の人が亜紀ちゃんを指さして、歓喜に沸いています。
モモタたちも聞いたことのあるおばさんの声がしました。亜紀ちゃんを知っている人たちが、「亜紀ちゃーん、亜紀ちゃーん」と名前を呼んでいます。亜紀ちゃんは手を振り返しました。
何人かの人が、スマホや携帯でどこかに電話をしているようです。
曲がりくねった坂の中腹に停まっていたパトカーが、一瞬サイレンを鳴らしました。そして、サイレンを鳴らさずに赤色回転灯をまわして走り出しました。
港に到着したパトカーの後部座席から、亜紀ちゃんのママが姿を現し、「亜紀!」と叫んで走り出します。
「ママっ」
一瞬走り出そうとした亜紀ちゃんでしたが、はたと気がついて振り返り、モモタに向かってしゃがみ込んで、大事そうに虹のビードロ玉を地面に置きました。そして、もう一度「ママー」と叫んで走っていきます。傷ついた足の裏の痛みも感じないほどの喜びに満ち溢れているのでしょう。
亜紀ちゃんの前でしゃがみ込んだママは、全身を使って亜紀ちゃんを抱きしめて、喜びに悶えるように、亜紀ちゃんを撫でまわします。そして、喜びにむせながら言いました。
「亜紀! 亜紀! よかった無事で…どこに行っていたの・・・? 本当にもう・・・」
「ごめんなさい、ママ。パパを助けたかったの。どうしてもパパを・・・」
亜紀ちゃんの目にボロボロと涙があふれてきました。止めどなく溢れる涙を抑えきれません。嗚咽で声も出せないほど泣きじゃくります。
とても心細かったのでしょう。当然です。六歳の少女が台風の中を一人で走り抜け、身の丈を優に超える大波を掻い潜って灯台に潜り込み、何度も溺れながら落ちてくる波をかき分け階段を上って、パパの乗る漁船に光を届けたのです。
しかもその光はただの光ではありません。亜紀ちゃんの真心が生んだ真の愛情が溢れる特別な光でした。
ママも顔をくしゃくしゃにして泣いています。
「ああ…ああ・・・よかった亜紀。パパだけじゃなくて亜紀も帰ってこなかったらどうしようって思って、とても苦しい思いだったのよ。・・・よかった・・・無事で。本当によかった・・・」
「怖かったよう。ママー。怖かったよーう」
感動の再会でした。ご近所に住む人たちも駆け寄ってきて、亜紀ちゃんの無事を喜びます。
モモタたちは、ママに抱きしめられる亜紀ちゃんを見て、ホッと胸をなでおろします。ようやく困難を乗り越えられて、急に全身から力が抜けていきました。
「よかったな、亜紀ちゃんがママに会えて」チュウ太が言いました。
「でも・・・」とアゲハちゃんが言葉を飲み込みます。
モモタは、輝きを失って融合した虹の雫を見つめていました。心が洗われるような不思議な力はなくなってしまっています。どこにでもありそうなただ六色の色を持つビードロ玉にしか見えません。
モモタは言いました。
「中途半端な使い方をしたから、力がなくなっちゃったんだね」
モモタは、悲しい気持ちを抑えきれずに涙を浮かべます。瞬きする度に大粒の涙が零れ落ちました。
ついに耐えきれなくなったモモタは、声を震わせて言いました。
「亜紀ちゃんのために使うんだって決心したのに、やっぱりだめ・・・。やっぱりママに会えなくて悲しいよ。せっかく六つ見つけたのに…みんなに協力してもらったのに…あと一つだったのに。これじゃあ、願いが叶わない。生きていればいつかは必ず会えるって言ったけど、無理だよ。だってママが生きているか分からないもん。生きているって信じていても、やっぱりもしかしたらって思っちゃう。夢でもいいから、幻でもいいから、一度だけでもいいから会いたかった・・・」
モモタは、呼吸もできないほどに咽び泣き始めました。誰もモモタに声をかけることが出来ません。
それでもなお勇気を出して、チュウ太が言いました。
「モモタは、大切な心を守るために突撃したんだよ。とても立派だった。もし亜紀ちゃんに虹の雫をあげなかったとしても誰も文句はなかった。それで当然だと思ったよ。でも、モモタは虹の雫を自分のために使わなかった。祐ちゃんが危篤だって聞いた時も、亜紀ちゃんパパが大変だった時も。
見なよ、自分の毛色を。とてもきれいに輝いてるじゃない。手に入らなかった橙色の虹の雫みたいじゃない。
そうだ! そうだよ。虹の雫はそろっていたんだ。モモタという最後の雫があったんだよ。だからきっと、ママと再会する夢もいつか叶うさ。半分は亜紀ちゃんに使って半分はモモタが使うんだ。だから虹の雫はまだ残ってるんだ」
「そうよ」とアゲハちゃんが言いました。「わたしたちも協力するわ。蝶々のみんなに頼んで、モモちゃんのママの手掛かりを探す。だから元気を出して。モモちゃんのママはかならず生きている。だってモモちゃんを大冒険に導いたんですもの。
ママの愛情はモモちゃんを探して光の筋となってどこかに伸びているはずよ。モモちゃんの真心はそれに気がついていて、大冒険に出ることが出来たんだわ。そうじゃなかったら、こんな大冒険誰が経験できるっていうの? 誰も出来ないわ。
だってそうでしょう? たくさんのお友達が虹の雫のお話をわたしたちから聞いたわ。なのに自分で探してみようって気持ちを奮い立たせた子は誰もいなかったじゃない。モモちゃんだけに、叶えられるべき願いがあったのよ。決して叶えられない願いではない願いが。それってママがどこかで生きているってことでしょう?」
キキが言います。
「モモタみたいなすごいお友達を生んだママだもの。ママの中のママでないはずがないよ。そんな凄いママなら、モモタのようにどんな困難も乗り越えて必ず生きてる。今もどこかでモモタのことを考えて過ごしているはずさ。
僕だって手伝うよ。僕の目は誰よりもよく見えるんだ。どんなに遠くにいるモモタママだって、見逃さずに見つけ出してあげるんだからね」
「みんな・・・」モモタは悲しい想いのこもった表情をしつつも、感謝の念を滲ませた声で言いました。
「ありがとう・・・。ありがとう・・・みんな」
我慢しようともせず、モモタは滝のように涙を流しながら、「えーん」と声を出して泣きました。みんなが思い思いにモモタを撫でてやります。それでモモタは更に泣けてきました。
防波堤を歩く亜紀ちゃんの姿を見つけた岸壁にいた人々が騒ぎ始めます。大勢の人が亜紀ちゃんを指さして、歓喜に沸いています。
モモタたちも聞いたことのあるおばさんの声がしました。亜紀ちゃんを知っている人たちが、「亜紀ちゃーん、亜紀ちゃーん」と名前を呼んでいます。亜紀ちゃんは手を振り返しました。
何人かの人が、スマホや携帯でどこかに電話をしているようです。
曲がりくねった坂の中腹に停まっていたパトカーが、一瞬サイレンを鳴らしました。そして、サイレンを鳴らさずに赤色回転灯をまわして走り出しました。
港に到着したパトカーの後部座席から、亜紀ちゃんのママが姿を現し、「亜紀!」と叫んで走り出します。
「ママっ」
一瞬走り出そうとした亜紀ちゃんでしたが、はたと気がついて振り返り、モモタに向かってしゃがみ込んで、大事そうに虹のビードロ玉を地面に置きました。そして、もう一度「ママー」と叫んで走っていきます。傷ついた足の裏の痛みも感じないほどの喜びに満ち溢れているのでしょう。
亜紀ちゃんの前でしゃがみ込んだママは、全身を使って亜紀ちゃんを抱きしめて、喜びに悶えるように、亜紀ちゃんを撫でまわします。そして、喜びにむせながら言いました。
「亜紀! 亜紀! よかった無事で…どこに行っていたの・・・? 本当にもう・・・」
「ごめんなさい、ママ。パパを助けたかったの。どうしてもパパを・・・」
亜紀ちゃんの目にボロボロと涙があふれてきました。止めどなく溢れる涙を抑えきれません。嗚咽で声も出せないほど泣きじゃくります。
とても心細かったのでしょう。当然です。六歳の少女が台風の中を一人で走り抜け、身の丈を優に超える大波を掻い潜って灯台に潜り込み、何度も溺れながら落ちてくる波をかき分け階段を上って、パパの乗る漁船に光を届けたのです。
しかもその光はただの光ではありません。亜紀ちゃんの真心が生んだ真の愛情が溢れる特別な光でした。
ママも顔をくしゃくしゃにして泣いています。
「ああ…ああ・・・よかった亜紀。パパだけじゃなくて亜紀も帰ってこなかったらどうしようって思って、とても苦しい思いだったのよ。・・・よかった・・・無事で。本当によかった・・・」
「怖かったよう。ママー。怖かったよーう」
感動の再会でした。ご近所に住む人たちも駆け寄ってきて、亜紀ちゃんの無事を喜びます。
モモタたちは、ママに抱きしめられる亜紀ちゃんを見て、ホッと胸をなでおろします。ようやく困難を乗り越えられて、急に全身から力が抜けていきました。
「よかったな、亜紀ちゃんがママに会えて」チュウ太が言いました。
「でも・・・」とアゲハちゃんが言葉を飲み込みます。
モモタは、輝きを失って融合した虹の雫を見つめていました。心が洗われるような不思議な力はなくなってしまっています。どこにでもありそうなただ六色の色を持つビードロ玉にしか見えません。
モモタは言いました。
「中途半端な使い方をしたから、力がなくなっちゃったんだね」
モモタは、悲しい気持ちを抑えきれずに涙を浮かべます。瞬きする度に大粒の涙が零れ落ちました。
ついに耐えきれなくなったモモタは、声を震わせて言いました。
「亜紀ちゃんのために使うんだって決心したのに、やっぱりだめ・・・。やっぱりママに会えなくて悲しいよ。せっかく六つ見つけたのに…みんなに協力してもらったのに…あと一つだったのに。これじゃあ、願いが叶わない。生きていればいつかは必ず会えるって言ったけど、無理だよ。だってママが生きているか分からないもん。生きているって信じていても、やっぱりもしかしたらって思っちゃう。夢でもいいから、幻でもいいから、一度だけでもいいから会いたかった・・・」
モモタは、呼吸もできないほどに咽び泣き始めました。誰もモモタに声をかけることが出来ません。
それでもなお勇気を出して、チュウ太が言いました。
「モモタは、大切な心を守るために突撃したんだよ。とても立派だった。もし亜紀ちゃんに虹の雫をあげなかったとしても誰も文句はなかった。それで当然だと思ったよ。でも、モモタは虹の雫を自分のために使わなかった。祐ちゃんが危篤だって聞いた時も、亜紀ちゃんパパが大変だった時も。
見なよ、自分の毛色を。とてもきれいに輝いてるじゃない。手に入らなかった橙色の虹の雫みたいじゃない。
そうだ! そうだよ。虹の雫はそろっていたんだ。モモタという最後の雫があったんだよ。だからきっと、ママと再会する夢もいつか叶うさ。半分は亜紀ちゃんに使って半分はモモタが使うんだ。だから虹の雫はまだ残ってるんだ」
「そうよ」とアゲハちゃんが言いました。「わたしたちも協力するわ。蝶々のみんなに頼んで、モモちゃんのママの手掛かりを探す。だから元気を出して。モモちゃんのママはかならず生きている。だってモモちゃんを大冒険に導いたんですもの。
ママの愛情はモモちゃんを探して光の筋となってどこかに伸びているはずよ。モモちゃんの真心はそれに気がついていて、大冒険に出ることが出来たんだわ。そうじゃなかったら、こんな大冒険誰が経験できるっていうの? 誰も出来ないわ。
だってそうでしょう? たくさんのお友達が虹の雫のお話をわたしたちから聞いたわ。なのに自分で探してみようって気持ちを奮い立たせた子は誰もいなかったじゃない。モモちゃんだけに、叶えられるべき願いがあったのよ。決して叶えられない願いではない願いが。それってママがどこかで生きているってことでしょう?」
キキが言います。
「モモタみたいなすごいお友達を生んだママだもの。ママの中のママでないはずがないよ。そんな凄いママなら、モモタのようにどんな困難も乗り越えて必ず生きてる。今もどこかでモモタのことを考えて過ごしているはずさ。
僕だって手伝うよ。僕の目は誰よりもよく見えるんだ。どんなに遠くにいるモモタママだって、見逃さずに見つけ出してあげるんだからね」
「みんな・・・」モモタは悲しい想いのこもった表情をしつつも、感謝の念を滲ませた声で言いました。
「ありがとう・・・。ありがとう・・・みんな」
我慢しようともせず、モモタは滝のように涙を流しながら、「えーん」と声を出して泣きました。みんなが思い思いにモモタを撫でてやります。それでモモタは更に泣けてきました。
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