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モモタとママと虹の架け橋
第百四十話 窓から見える景色
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ちょうどその頃。モモタたちのいる島から西のほうのどこかにある町に、若くて綺麗な一匹のメス猫が窓辺に座ってお空を眺めていました。寂寥感(せきりょうかん)溢れる表情で窓の外を見つめるその猫は、蛍が放つ淡い光のような色合いの美しい茶トラの猫です。
荒れ狂う暴風雨に晒された太平洋側の島々とはうって変わって、この町の空は晴れ渡っています。台風の勢力圏の中にすっぽりと納まっていましたから、今朝方までずっと雨が降っていましたが、既に熱帯高気圧の影響はほとんどありません。
閉まっているはずの出窓から微かに流れてくる透き通った青色の優しい風に頬を撫でられて、美しい猫は目を覚ましました。その瞳からは、今正に涙があふれ出しています。しばらく力なく横になって密かに泣き続けていた美しい猫でしたが、鳴くのをやめるとゆっくりと起き上がって、おもむろに出窓へと向かいました。そして長い間ずっと、出窓の窓台に座っていたのです。
今は平静を取り戻したはつらつとした一日を予感させる青空を見つめ続けながら、この美しい猫は言いました。
「ああ、わたしの可愛い坊や。あの子は今どこにいるのかしら。
片時も忘れたことはないけれど、今になってあんな夢を見るなんて・・・。
とても寂しそうにしていた。わたしに会いたくて会いたくて、泣きながらわたしを呼んでいた」
閉じたまぶたの裏には、夢に見た悲痛な叫び声をあげて自分を呼ぶ子猫の姿が浮かんできます。
「あの日、あの時、わたしの子猫たちはみんな人間に掴まってしまったけれど、あの子だけはいなかったわ。――そう・・・、確かにあの子はいなかった。それならどこかで生きているかもしれない。
夢に見たあの子は、ずっと泣き続けていた。きっとつらい思いをしているんだわ。あの時まだ赤ちゃんだったから、とてもつらい思いをしたでしょうね。どれだけお腹を空かしてわたしの帰りを待ったことか。それからずっとつらい思いをして、今もつらい思いをしているのかもしれない。
急にわたしから離されてとても寒い思いもしたでしょうね。まだおっぱいを飲んでいたんですもの。わたしの温もりがなければ夜も眠れなかったはず。すぐに飛んでいって、キスをしてあげたい。なめてあげたい。一目でいい。どうしても会いたい」
美しいこの猫は、出窓の窓台に敷かれている刺繍された布の上に視線を落としました。
「ああ坊や、わたしの坊や。あれからどれだけの月日が経つのでしょう。あなたは、もう立派な男の子に成長しているはず。それでも、兄弟の中で一番小さくて内気だったあの子のことだから、未だにわたしを恋しがっていることでしょうね」
そう語りかけながら、慈しむように刺繍の上に置かれた何かを見つめています。キスをして頬ずりをして、優しくなめてやります。
「わたしをもらってくれたこのお家のご主人様から逃げ出して、みんなを探して回った時に見つけたこのきれいな石。この石を見ていると坊やたちを思い出すわ。小さな可愛いわたしの赤ちゃん。本当にこの石の様。
壁と壁の隙間から聞こえる人間の行き交う音と共に差し込む光があなたたちを照らすと、とてもキラキラと輝いてきれいだったわね。本当、輝く瞳で見上げる可愛い坊やたちを思い出す」
美しい猫が視線を落とす刺繍の上には、橙色の光を発する涙型の石がありました。間違いありません。モモタが探していた最後の虹の雫です。
最後の虹の雫は、なんとこの美しい猫が持っていたのでした。キラキラ光る茶トラの赤ちゃんのようにも見えたこの石を見つけた美しい猫は、失った我が子らを想う気持ちをこの石に重ねました。
そして、どういうわけか坊やたちを探すのを諦めて、自分を保健所から引き取ってくれたご主人様のお家に戻ったのでした。
それから長い時間が過ぎた今になって、別れ別れになったあの日と同じ気持ちになりました。とても動転していて居ても立ってもいられません。狭いオリの中でうろうろしたり飛び跳ねたりしたあの時の気持ちで、お部屋の中をうろつき続けたこの猫は、陽が昇ってからしばらくして、出窓の窓台に飾ってもらった橙色の虹の雫の前に座って、東の空を眺めていたのです。
この猫は以前、東京の日本橋という町にある料理屋さんの壁と壁の間に住みついて赤ちゃんを産みました。たくさんの料理屋があって昼も夜もにぎわっている場所でしたから、ごはんには困りません。
「ミューミュー」鳴く赤ちゃんちゃんたちの声につられてお家の隙間を覗き込む猫好きな人間もごはんを分けてくれました。
長男は黒猫。二男は白猫。そして三男は茶トラ猫です。どの坊やも可愛かったのですが、一番下の坊やが一番自分に似ていましたし、一番か弱い坊やで、お世話が大変だったので、一番想い入れがある坊やでした。
放っておくと、おっぱいをねだりにきた他の兄弟に弾かれてお乳を飲めません。お魚をほぐしたものを持ってきても、他の兄弟に取られて食べられてしまいます。
ですから、他の兄妹たちと比べてとても小さくて、二匹が乳離れする中でもまだおっぱいを飲まなければならないほどでした。
それでも元気いっぱい「ミューミュー」鳴いて、喜びを振りまいていました。
あの時美しい猫は、一生こんな幸せが続くものだと思っていました。まさか、坊やたちの大きな瞳に、涙があふれることになるなどとは、露にも思いませんでした。
荒れ狂う暴風雨に晒された太平洋側の島々とはうって変わって、この町の空は晴れ渡っています。台風の勢力圏の中にすっぽりと納まっていましたから、今朝方までずっと雨が降っていましたが、既に熱帯高気圧の影響はほとんどありません。
閉まっているはずの出窓から微かに流れてくる透き通った青色の優しい風に頬を撫でられて、美しい猫は目を覚ましました。その瞳からは、今正に涙があふれ出しています。しばらく力なく横になって密かに泣き続けていた美しい猫でしたが、鳴くのをやめるとゆっくりと起き上がって、おもむろに出窓へと向かいました。そして長い間ずっと、出窓の窓台に座っていたのです。
今は平静を取り戻したはつらつとした一日を予感させる青空を見つめ続けながら、この美しい猫は言いました。
「ああ、わたしの可愛い坊や。あの子は今どこにいるのかしら。
片時も忘れたことはないけれど、今になってあんな夢を見るなんて・・・。
とても寂しそうにしていた。わたしに会いたくて会いたくて、泣きながらわたしを呼んでいた」
閉じたまぶたの裏には、夢に見た悲痛な叫び声をあげて自分を呼ぶ子猫の姿が浮かんできます。
「あの日、あの時、わたしの子猫たちはみんな人間に掴まってしまったけれど、あの子だけはいなかったわ。――そう・・・、確かにあの子はいなかった。それならどこかで生きているかもしれない。
夢に見たあの子は、ずっと泣き続けていた。きっとつらい思いをしているんだわ。あの時まだ赤ちゃんだったから、とてもつらい思いをしたでしょうね。どれだけお腹を空かしてわたしの帰りを待ったことか。それからずっとつらい思いをして、今もつらい思いをしているのかもしれない。
急にわたしから離されてとても寒い思いもしたでしょうね。まだおっぱいを飲んでいたんですもの。わたしの温もりがなければ夜も眠れなかったはず。すぐに飛んでいって、キスをしてあげたい。なめてあげたい。一目でいい。どうしても会いたい」
美しいこの猫は、出窓の窓台に敷かれている刺繍された布の上に視線を落としました。
「ああ坊や、わたしの坊や。あれからどれだけの月日が経つのでしょう。あなたは、もう立派な男の子に成長しているはず。それでも、兄弟の中で一番小さくて内気だったあの子のことだから、未だにわたしを恋しがっていることでしょうね」
そう語りかけながら、慈しむように刺繍の上に置かれた何かを見つめています。キスをして頬ずりをして、優しくなめてやります。
「わたしをもらってくれたこのお家のご主人様から逃げ出して、みんなを探して回った時に見つけたこのきれいな石。この石を見ていると坊やたちを思い出すわ。小さな可愛いわたしの赤ちゃん。本当にこの石の様。
壁と壁の隙間から聞こえる人間の行き交う音と共に差し込む光があなたたちを照らすと、とてもキラキラと輝いてきれいだったわね。本当、輝く瞳で見上げる可愛い坊やたちを思い出す」
美しい猫が視線を落とす刺繍の上には、橙色の光を発する涙型の石がありました。間違いありません。モモタが探していた最後の虹の雫です。
最後の虹の雫は、なんとこの美しい猫が持っていたのでした。キラキラ光る茶トラの赤ちゃんのようにも見えたこの石を見つけた美しい猫は、失った我が子らを想う気持ちをこの石に重ねました。
そして、どういうわけか坊やたちを探すのを諦めて、自分を保健所から引き取ってくれたご主人様のお家に戻ったのでした。
それから長い時間が過ぎた今になって、別れ別れになったあの日と同じ気持ちになりました。とても動転していて居ても立ってもいられません。狭いオリの中でうろうろしたり飛び跳ねたりしたあの時の気持ちで、お部屋の中をうろつき続けたこの猫は、陽が昇ってからしばらくして、出窓の窓台に飾ってもらった橙色の虹の雫の前に座って、東の空を眺めていたのです。
この猫は以前、東京の日本橋という町にある料理屋さんの壁と壁の間に住みついて赤ちゃんを産みました。たくさんの料理屋があって昼も夜もにぎわっている場所でしたから、ごはんには困りません。
「ミューミュー」鳴く赤ちゃんちゃんたちの声につられてお家の隙間を覗き込む猫好きな人間もごはんを分けてくれました。
長男は黒猫。二男は白猫。そして三男は茶トラ猫です。どの坊やも可愛かったのですが、一番下の坊やが一番自分に似ていましたし、一番か弱い坊やで、お世話が大変だったので、一番想い入れがある坊やでした。
放っておくと、おっぱいをねだりにきた他の兄弟に弾かれてお乳を飲めません。お魚をほぐしたものを持ってきても、他の兄弟に取られて食べられてしまいます。
ですから、他の兄妹たちと比べてとても小さくて、二匹が乳離れする中でもまだおっぱいを飲まなければならないほどでした。
それでも元気いっぱい「ミューミュー」鳴いて、喜びを振りまいていました。
あの時美しい猫は、一生こんな幸せが続くものだと思っていました。まさか、坊やたちの大きな瞳に、涙があふれることになるなどとは、露にも思いませんでした。
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