猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第百四十三話 別れ

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 黒猫坊やと白猫坊やは、夜な夜な怖いお話を聞かされて、怖い夢まで見るようになっていました。真夜中に目を覚ましては、ぐすりと涙を流して兄弟の温もりを求めました。そうして昼間には、その恐怖や寂しさを微塵も見せずに、ルナと一緒にご主人様に引き取られた時のお話をしました。

 黒猫坊やは、意気揚々とした口調で白猫坊やに言いました。

 「僕、人間のお家に引き取られたら、一番にネズミを捕ってみたいな。そうしたら一緒に食べようね」

 「赤ちゃんには?」白猫坊やが訊くと、「みんなで食べましょうね」とルナが答えます。

 黒猫坊やがルナに訊きました。

 「そう言えば、赤ちゃんはどうしたの?」

 「まだ探しに行けていないわ。まずはあなたたちのことをなんとかしないと」

 「僕たちのことは大丈夫だよ。探しに行ってあげて。だって赤ちゃんなのに一匹ぽっちじゃ可哀想だよ」

 「それは出来ないわ。今赤ちゃんを探しに行ってしまったら、あなたたちが貰われていく時どこに貰われていくか分からなくなってしまうから」

 「そうか・・・」黒猫坊やは、元気なさげに呟きます。

 ルナは慰めて言いました。

 「きっと大丈夫よ。あの町にはたくさんの猫好きがいるんだから。お刺身を毎日お腹いっぱい食べているんじゃないかしら」
 それを聞いた白猫坊やが言いました。

 「僕こっちでよかったぁ。だってごはんはまずいけど、ママと一緒だもん」

 そう言う白猫坊やに、黒猫坊やが言いました。

 「赤ちゃんのこと、いっぱい可愛がってあげなきゃいけないね。一匹ぽっちで寂しい思いさせたんだから」

 「うん。ぼくトカゲのしっぽを捕まえて、弟にあげる」

 まだ二匹は幼いにもかかわらず、お兄ちゃんとして頑張ろうとしていました。

 「そうだ」と、黒猫坊やが何かを思い出したように、飛び上がる声で言いました。

 「僕たちまだ名前がないよ、ママ」

 「そうだわ。本当。わたしまだつけていなかったわね」ルナが笑います。

 「本当だ」白猫坊やが素っ頓狂な調子で言いました。「ママにはルナって名前があっていいなぁ。僕たちにもつけてよ」

 「そうねぇ」ルナは考えます。「黒猫坊やはいつも風のようにどこかに遊びに行ってしまうから、フウタがいいわ」

 「ねえ僕はぁ?」白猫坊やがせがみます。

 「あなたは・・・」ママはしばらく考えた後に言いました。「あなたは、瞳が空のように青いからソウタにしましょう」

 「やったぁー」二匹は、名前を付けてもらって大喜び。

 ママが笑いながら言います。

 「でも、ご主人様も名前を付けてくれるわ。それに、猫好きの人たちもそれぞれ名前を付けてくれるの。今にたくさんの名前をもらえるようになるわ」

 「本当?」

 そう言うフウタの後に続いて、ソウタが言いました。

 「重くならないかなぁ? たくさんすぎて潰れちゃうよ」

 ルナが笑います。

 「大丈夫よ。名前はわたしたちを大好きな人たちがつけてくれるものだから、愛情がこもっているの。重くて潰れてしまうなんてことないの。たくさんつけて貰えたら、身も心も軽くなってどこへ行ったって幸せに暮らしていけるのよ」

 「本当?」二匹の声色が、様々な色で華やぎました。

 「本当よ。わたしは生まれた時から野良だったけれど、それでもたくさんの人間にお世話になったわ。だからどこでだって幸せに生活してこられたし、あなたたちのことも授かったのよ」

 「赤ちゃんにも名前を付けてあげようよ」ソウタが言いうと、フウタが「僕たち春に生まれたんだから、春にちなんだ名前がいいなぁ」と言います。

 「そうね」とルナも声を弾ませます。

 和やかな親子水入らずの時間を引き裂くかのように、敷地の中に車が入ってくる音が聞こえてきました。お仕事を終えた人間たちが戻ってきたのです。ルナは慌てて庭木の後ろに隠れました。

 車から何個かのゲージが運び出されます。野良として生活していた猫と犬が捕まってきたようでした。

 ルナは、人間たちが駐車場から去るのを待ちますが、一向にいなくなりません。一服する者。コンビニで買ってきたお弁当を食べる者などが、入れ代わり立ち代わりやって来ます。

 陽が暮れると、この保健所の近隣で飼われている猫たちが集まり出します。保健所があることもあって、ここいら辺には野良ネコは住んでいませんでした。そのため、飼い猫となって間もないルナは、仲間外れにされていました。

 野良臭いと言われて追い立てられたり、人間を呼ばれたりして逃げなければならなかったりと、いつも肩身の狭い思いをしていました。子供たちを心配させてはいけないので、陽が暮れる前に、お家に帰らなければなりません。

 それに、陽が暮れる前にお家に帰らなければ、芹菜ちゃんを心配させてしまいます。そう思ったルナは、泣く泣くお家に帰りました。

 それっきりルナはフウタとソウタに会うことはありませんでした。次の日ルナが保健所にやってきた時には、既に二匹はいませんでした。

 同じ部屋にいた猫たちに何度も訊いて回りますが、誰も知りません。そもそも、お迎えのご主人様は来ていない、と言うのです。ただ、職員が入ってきて二匹を連れていった、ということしか分かりません。

 ルナは、我を忘れて一心不乱に子供たちを探し続けました。昼夜を問わず寝食を忘れて。それなのに手がかりすら掴めません。周辺に住むカラスに訊いてみますが、相手にもされません。それどころか追い回されて怪我を負わされてしまいました。ちょうど子育ての季節だから仕方ありません。ヒナを奪われると心配したのでしょう。

 ルナは嘆きました。

 「どうしてこんなことに・・・。わたしから坊やたちを奪うなんて、わたしが人間に何をしたっていうの? わたしは静かに坊やたちを育てていただけなのに」

 何日も何日も、子供たちを探して当てもなく飄然とさまよい続けました。似た子猫の話を耳にすると飛んでいってみますが、会う子供、会う子供、全て違う子供です。その度にルナは悲嘆に暮れました。

 途方に暮れたルナは、とうとう力尽きて空き地の端に横たわりました。夕暮れ色に滲んだ空の下で、何もかも諦めて瞳を閉じます。もう生きていたくありません。ルナは絶望のどん底にいたのです。

 瞳を完全に閉じたその時でした。全身に声が響きます。「ママー、ママー」と叫ぶ声が聞こえてきたのです。

 「赤ちゃん‼」

 ルナは瞳をあげました。

 「そうだわ。あの子のところに行ってあげなければ・・・!」

 体力が尽きた上に怪我を負って痛む体を押して、ルナは日本橋へと急ぎます。

 帰巣本能のおかげで、その日の内に日本橋へと戻ってくることが出来ました。人間たちが寝静まった真夜中でしたが、見つかってしまうのもいとわずにルナは何度も鳴いて赤ちゃんを呼びました。ですが、可愛い声が帰ってくることはありません。虫の奏でる物悲しいか細いしらべが繰り返し聞こえてくるだけです。お家のあった壁の隙間に赤ちゃんの姿はありませんでした。


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