猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第百九話 淡い恋と深い愛

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 イルカのイジュちゃんが語り始めました。

 「わたしは、この二人は、とても遠い存在のように感じるわ。だって思い出してみて、アルトゥールとククルは、お互いを名前で呼び合っていなかったわ。長い年月を一緒に過ごしていたというのに、おかしいでしょう?

  もしかしたら、相手を愛しているという自分を愛していたのではないかしら。これほどまでに、わたしはあなたを愛している、っていう自分の愛情深さに酔いしれていたんだわ。だから、お互いを名前で呼び合っていなかったのよ。

  相手の存在なんてどうでもよかったの。自分が真実の愛を育んでいると思うことで、悲しみや寂しさを紛らわしたかったんじゃないかしら。

  アルトゥールは、醜さからみんなに爪弾きにされていたし、ククルは天空から落ちてしまって戻れない。それぞれ一人と一匹でいる寂しさを癒し合うために、お互いを求めた。ククルは、そんなアルトゥールのために献身的に尽くすことによって愛を語らい、自らの存在価値を確かめたかったんじゃないかしら。

  アルトゥールにしても、初めからククルと距離を置いているのだって、そう。自分が可愛かったのよ。『自分を傷つけたくなかったから』と語られている部分が多かったでしょう? 自分を愛していたのよ」

 ある若いイルカ君が、イジュちゃんに言いました。

 「命がけでククルを守ったっていうのにかい? 自分可愛さにすることじゃないんじゃない?」

 「そんなことないわ。自分を貶めたくなかったのよ。自分はこうあるべきだ、自分はこうなりたいっていう願望があったから、咄嗟にククルを助けられたんだと思う。

  アルトゥールは、ククルのことが好きだったんじゃなくて、ククルになりたかったんじゃないかしら」

 驚くみんなの中から、誰かが言いました。

 「正義とか勇敢さとかじゃなくて、ククルになりたかっただって? それはやっぱり自分のことが嫌いだったんじゃないの?」

 イジュちゃんが答えます。

 「違うわ。自分のことはとても大好きなはずよ。だけれども好きすぎるのが仇となったのね。こうありたい、本来はこうあるはずだと思う自分と現実の自分に差があり過ぎて、自信が持てなかったのよ。そうでなければ、言いたいけど言えないなんてありえないわ。そうでないのであれば、『言えない』んじゃなくて、『言わない』とか、『言う気も起きない』とかじゃないかしら。

  いいえ、違うわね、真実の愛を求めたはず。自分の姿かたちなんかそっちのけで、ククルを求めたはずよ」

 別の誰かが言いました。

 「それは真実の愛だっていえるのかな」

 「そうね」とイジュちゃんは言って、「言えないかもしれないわね。だから結局別れていくことになった。

  二人にとって、相手は自分の姿を映した煌めきだったのよ。いつまでも癒されない自分を相手の中に見て、疲れ果ててしまったのね」

 モモタが言いました。

 「僕は、それでも二人は真実の愛で愛し合っていたと思うよ。自分のことを愛せないお友達が、誰かを愛するなんて出来ないもん。

  アルトゥールは、本当に愛していたからこそ、想いを伝えられなかったんだと思う。自信がないばっかりに、お似合いにもかかわらず、自分ではククルに釣り合わないって、愛を心の中に閉じ込めてしまったんだ。でもその愛情は大きすぎて、胸の内に収まりきらなかったから、とても苦しい思いをしたんだよ。だから、ククルを名前で呼べなかったんだ。

  ククルは、そんなアルトゥールに、ウツボであることに自信を持ってほしかったんじゃないかなぁ? あの長い体があったから、ククルに優しく巻きついてお家に連れ帰ることが出来たんだし、とぐろを巻いて熱いお湯から守る蓋にもなれた。大きな口と鋭い牙があったから、ごはんを捕ってこれたんだ。ククルは、『オオウツボさん』と呼ぶことで、アルトゥールにウツボであることを誇りに思ってほしかったんだと思うよ、きっと」

 キキが口を開きました。

 「アルトゥールのようなお友達は多いよ。自分を信じられないばっかりに、本当の力を発揮できないんだ。空高く飛べるというのに、一日の殆どを歩いて過ごしている鳥もいれば、大きな山に住んでいるのに、一本の木の中から出てこないリスもいる。この海にだっているよ。大海原はどこまでも広がっているというのに、水たまりみたいな小さな浅瀬から出ない魚が。

 川に住むマスなんて見てごらんよ。海のお友達は見たこともないかもしれないけれど、間伸びしたチュウ太くらいしかないんだ」

 「『間』は余計だろ! 『間』はっっ‼‼」チュウ太が叫びます。

 「ごめん、ごめん」とキキが言っている間に、「それは置いといて」とちゅらが引き継ぎました。

 「カラフトマスとか鮭とか、すごく大きいわよ。子供の頃は、キキが言ったマスってお魚だったらしいわよ」

 「僕知ってるー」とモモタ。「うんとね、海に行かなかったマスは大人になっても小さなマスのままなんだ」

 キキが話しを受け取ります。

 「川にいるマスは、一番強いから上流のほうにいるんだ。だから弱いマスが追い出されて海まで下っていくんだよ。それなのに、海に行ったマスの方が、大きくなって帰ってくるんだ。そしてたくさん卵を生んで愛を伝えていくんだよ」

 マリアジュリアおばさんが言いました。

 「なんにしても、愛はいたわりを添えて語り伝え合わないといけないわ。そうでなければ、やっぱり悲劇的な最期を迎えてしまうと思うの。

  最後に真実の愛をもって別れたのかもしれないけれど、それまでの道のりは果てしなく長かったと思うわ。胸のえぐられるような想いをして、長いこと一緒にいて、死で別つことが愛を果たす唯一の手段だったなんて、悲しすぎるもの。

  もし、アルトゥールが勇気を出して告白してフラれたとしても。その時の傷は、言わなかった時の苦しみよりも軽いはずだと思うの。食べることも生きることも出来なくなるくらいに愛しているなんて、そんなつらい愛があっていいものなのかしら。愛ってもっとこう…喜びに満ち溢れていて、楽しくて、そばにいるだけで元気になれて、心が穏やかになれるのが愛であるべきよ。

  アルトゥールとククルは、胸の内に秘めた愛を語り合わなかったばっかりに、愛に病んでしまっていたんじゃないかしら」

 思慮深く聞いていた恋話好きのユウナちゃんが言いました。

 「初めに言っていたら、真実の愛にまで愛を高められていたのかな。

  わたしは、真実の愛を追求したのなら、究極死んでもいいって思えるのかもしれないと思うわ。それほどまでに相手を愛していなければ、真実の愛じゃないんじゃない?

  イジュちゃんが自分に陶酔していたって言ったけれど、わたしは、自分と相手の境目がなくなるくらいに相手を愛していたからだと思うわ。自分に陶酔しているのなら、相手に自分を映さない。本当の自分自身しか見ないもの」

 まだ生まれたばかりの恋心の時が幸せなのか、結晶化するくらい育んだ愛の方が幸せなのか、誰も答えは出せませんでした。愛に臆病になる、という言葉は真をついているのかも知れません。誰もがそう思いました。

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