猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第八十六話 愛と運命

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第二幕 姫 

 どこかの入り江。サンゴに囲まれて波は穏やか。
 星屑のような白い砂に覆われた海底からは、たくさんの長い海藻が伸びていて、死んだサンゴや沈んでいる大きな石石には、びっしりと細かい海藻が生えている。

第一景 シルチ

(大勢の侍女が、一頭の娘の肌をさすろうと追いかけまわしている)

シルチ 「どうしてわたしをさすりにくるの? 色の濃さなんて関係ないのに…」

侍女・アゲハちゃん
    「何をおっしゃいますか、シルチ様、あなたは白き月の御子、
     それが名に込められた、父王様と、母王妃さまの、最たる想い。
     我らジュゴンは白い者、土汚れは似合いませぬ」

侍女・チム
    「もうあなた様は子供じゃない、少女ではないのですから、はしたない」

アゲハちゃん
    「もうすぐ、あなたはお迎えになられる。
     大きくて、どっしりとした殿方を」

チム  「だからきれいにする必要がある」

侍女・アチコ 
    「気に入っていただくために」

侍女合唱「さあ皆々、姫をさすって、白くきれいにして差し上げましょう」

シルチ(逃げながら)
    「傷も土もジュゴ生の証、わたしが育った成長の証、
     無理に気に入られようとは思いません」
(岩場に隠れて、侍女たちをやり過ごす)
    「ああ、どこかにいないでしょうか、ありのままを愛してくださるよいお方が…」
(誰もいないことを確認して泳ぎ去る)


第二景 婿候補

(たくさんの海藻が生えた白く立派な巨石の玉座が中央にある。玉座に座るシルチの両親と、その下に集まる家臣たちが若い三頭のジュゴン、ナラチュン・マギ・フェーサンを謁見している)

ナラユン「おお、シルチ様、麗しきジュゴンの姫君」

マギ  「どこにおいでになるのです? 
     我ら三人はるばる呼ばれてきたというのに、
     あなた様はいずこにおられる」

フェーサン
    「想像するに、名前の通り、淡く輝く月の如く、我らを照らすに違いない」

マギ  「ああ、そうだとも。だが君には関係ない、選ばれるのはただ一頭。
     それは無論僕だから」

フェーサン
    「何を言うか、侮辱するのか、お前は少し痩せ過ぎだ、
     ふくよかさでは私に勝てない、真水でも飲んで、考え直せ」

マギ  「真水を飲めとは何たる言いぐさ、ならばお前にも言ってやろう。
     マングローブの朽ちて落ちた枯葉なんかを食んでいろ」

マギの供「ハムハムハムハム、ハームハム、ハムハムハムハム、ハームハム」

マギ  「ハムハムハムハム、ハームハム、ハムハムハムハム、ハームハム」

マギの供「ハムハムハムハム、ハームハム、ハムハムハムハム、ハームハム」

フェーサンの供 
    「ゴクゴクゴクゴク、ゴークゴク、ゴクゴクゴクゴク、ゴークゴク」

フェーサン
    「ゴクゴクゴクゴク、ゴークゴク、ゴクゴクゴクゴク、ゴークゴク」

ナラユン「よさないか、二頭とも、両陛下の御前なるぞ」

(静まる婿候補たち)

国王  「ああ、シルチはいつ参るのだ」

王妃  「申し訳ございません、身だしなみは念入りに、
     かけるほどに美しく、玉のように磨かれます。
     王女に相応しい、長い時間をかけましょう」
(侍女たちに向かって)
    「いつになったら、あの子は来るの? あの三頭はこの海の、
     選ばれた優れ者、これ以上は待たせません。
     彼らに対する待遇いかんが、我らの面子に関わります」

アチコ (王妃の前に泳ぎ出て)
    「それではわたしがまいります。すぐにでもここへお連れします」

王妃  「頼みましたよ、アチコよ、今すぐにここに、
     一目見ればあの子だって、必ず誰かを見初めるはずです、
     恥ずかしがるのも分かりますが、それではいつまで経っても進めません。
     目を覆っていては見えません」


 第三景 大脱走

(シルチの寝床。周りを白い岩にに覆われていて、サンゴと海藻がちらほらと這えている。)

シルチ (アゲハちゃんとチムと共に、アチコがやってくるのを見て)
    「あらあら、準備に手間取りました、急いで事を進めましょう」

アゲハちゃん
    「本当になさるのですか? わたしどもは気が進みません」

シルチ 「別に家出をするわけではありません、
     あの三頭の勇者の中にわたしのことを、真心を持って抱擁できる、
     ジュゴンがいるのか確かめたいの」

チム  「殿方たちが、お怒りになったらどうするのです?」

シルチ 「そのような方なら願い下げ、わたしと共に結ばれるなら、
     それはジュゴンの王になること、わたし一頭を許せないなら、
     どのようにして、皆を愛するというのでしょう。
     そんな方なら願い下げ、一日たりとも寄りそえません。
     そうしなければ、この海の平和な営みは叶いません。
     一日の不幸は始まりなのです、永遠の不幸の始まりなのです」

アゲハちゃん
    「アチコのことはどうするのです? 
     彼女は王妃様のお付きの者です、姫には協力しないでしょう」

シルチ 「ここにちょうど、長い海藻、丈夫そうな海藻が三本」

アゲハちゃん
    「ああ、偶然を装っていますが、それはシルチ様がご用意した物」

チム  「さすがは姫様、面白い性格してらっしゃいます」

アゲハちゃん
    「でもこれで、最初の計画、あれはご破算間違いなしです。
     本来でしたら、わたしどもは、
     『気がついたらいなかった』って言う予定。
     しっかり三頭で縛るんですもの、
     わたしたちが協力者だってことは丸わかり」

シルチ 「大丈夫よ、二頭のことは、わたしに任せておきなさい。
     お父様はお優しいお方、わたしが頼めば許してくれます、
     理由を聞けば許してくれます」

チム  「おっしゃる通りでございます、国王陛下はお優しいお方、
     わたしたちを厳しくなんて、罰したりはしないでしょう」

アゲハちゃん
    「ああ、もうアチコが来ましたわ、シルチ様を見つけたみたい」

シルチ 「さあ海藻を持ってちょうだい、気付かれないよう気を付けて。
     わが身を丁寧に美しく、磨いているように見せるのですよ」

アチコ 「シルチ様、シルチ様、ここにおいででしたかシルチ様。
     王妃様がお呼びです、運命の方々もお待ちです」

シルチ 「さあ今よ、アチコを襲って羽交い絞め、海藻巻き巻き巻ーき巻き」

アゲハちゃんとチム
    「あら、意外に面白いのね、童心にかえったようだわ」

アチコ 「何をなさいます、シルチ様、アゲハちゃんもチムもおやめなさい」

シルチ 「二頭はわたしに従ったまで、恨むのならばわたしを恨んで」
(急いで泳いでいく)

アチコ 「どこにおいでになるつもりですか、シルチ様、
     王妃様がいるのは向こうですよ、運命の方々も向こうですよ」

シルチ 「ちょっとの間遊んでくるわ、殿方たちは待たせておいて」

アチコ 「まさか、結ばれる方を選ばない気では? 運命を拒むのですか?」

シルチ 「拒んだりなんかはしませんよ、今正に切り開くのです、
     自らの力で運命を…」

アチコ 「運命はあの中に、三頭の中にあるのですよ」

シルチ 「運命とは自分の力で手に入れるもの、
     誰かに与えられるものではありません。
     ましてや偶然やってくるでもありません。
     今わたしが遊びに行くのが運命なのです。
     もし、あの中にわたしと共に、結ばれる方がいるというのであるならば、
     それもまた運命なのだと思います。
     ですが、そうならないというのであれば、
     それもまた運命なのだと思います」

(暗転。幕が下りる)

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