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モモタとママと虹の架け橋
第六十六話 愛するがゆえの絶望
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一部始終をアゲハちゃんから聞いたあっちゃんママは、ショックを隠せない様子です。
「どうしてそんなふうに? わたしはさっちゃんをとても愛しているわ。可愛くないだなんて思ったこと、ただの一度もないのよ」
ママ友たちが、泣き崩れたあっちゃんママの肩に手を置いて、なんとか落ち着かせようとしています。
「大丈夫よ、あっちゃん。さっちゃんは、きっとなにかを勘違いしているだけ。ゆっくり話し合って誤解を解いていきましょうよ」
ですが集団の後ろのほうから、しゃがれた老婆の声がしました。
「そんなことをしている間に、ハイビスカスがなくなってしまうよ。そのうち海岸までも木が枯れるんじゃないかね」
あっちゃんママの頬が強張ります。ママ友たちは、なんでそんなこと言うの? と問いたげな顔で声のした方を見やりますが、何も言えません。
あっちゃんママの姿は哀れでなりませんでした。なりふり構わず娘を想う姿に、多くの者は心を打たれているようでいましたが、森がなくなるかもしれない、という心配も抱えています。中には、しゃがれた声の老蝶が言う通り、迷惑がっている者も少なからずいるはずです。
もし大勢の目に晒されていなければ、中に入って無理やりに虹の雫を奪おうとする者もいたかもしれません。少なくともみんなの心には、あっちゃんママを想う気持ちと、失われつつ森を守りたい、という気持ちが混在していることでしょう。
チュウ太がその空気を破って言いました。
「でもさっちゃんは、実際嫌われているって思っていたよ。だとしても、もうすぐサナギになるって言っていたから、かんしゃくも治まるんじゃないかな。蝶々になって可愛く変身すれば、外に出てくれるんじゃないの? そうしたら屋久杉の成長も止まるでしょ、どうせ虹の雫も持って出てくるだろうし」
顔をあげるあっちゃんママに、チュウ太が続けます。
「さっちゃんは、ママのことが大好きだって言ってたよ。きれいに生まれ変われば自分を好いてくれるし、喜んでくれるって。そうしたら一件落着じゃないのかな」
ですが、アゲハちゃんは深刻そうな表情を浮かべながら言いました。
「たぶん無理よ。あの子サナギにはなれないわ」
「ええっ? どうして?」とみんなが声を揃えます。そして同時に動揺が広がり、がやがやとし始めました。
アゲハちゃんは答えにくそうでしたが、みんなに促されて話してくれました。
「わたし、光の玉に触れたのだけど、たぶんあの光の玉自体がさっちゃんなのよ」
「どういうこと?」とキキが訊きます。
「あの光の中で、さっちゃんは溶けているんじゃないかしら。わたしたち蝶々は、芋虫ちゃんからサナギになって蝶々に生まれ変わるでしょう? キキたちには分かりにくいかもしれないけれど、わたしたち、少しずつ蝶々になっていくんじゃないの。成長していくっていうより、生まれ変わるって感じ。
みんな、ちっちゃな赤ちゃんから生まれて、だんだんと大きくなるし、毛も生えてくるし、羽毛も羽に生え変わるけれど、わたしたちそうじゃないの。本当に変身するのよ」
「卵がヒナになる感じかな」キキが言いました。
「そう、それ。卵の時は覚えていないだろうけど、赤ちゃんの思い出を持ったままああなる感じ。それから蝶々になっていくの。光の中に手を入れた時、サナギだったときの微睡んだ感じを思い出したわ。たぶん、本来さっちゃんは今がサナギなんだと思う」
「ならいいじゃん」とチュウ太「そのまま蝶になれるんじゃない?」
「ムリよ。だってあの光の中、宙に漂っているみたいで上も下もないんですもの。ううん、分からないわね。でも、とても不安。もしかしたら、あのままかも」
そしてアゲハちゃんは、さらに衝撃的なことを言いました。
「どうなるにしても、どうもなれずに終わってしまうわ。だって、根が…根が虹の雫の光を吸っているんですもの」
年配のツマベニチョウが「分かるように説明して」と、アゲハちゃんにせがみました。
「うん・・・」と答えたアゲハちゃんは、やや間をおいて答えます。
「・・・どういうわけか、根っこがうごめくの。でもそれ、根が成長して伸びているっていうより、虹の雫を守っているようなのよ。いいえ、守っているっていうより、奪われないようにしているっていうのかしら」
「どういうこと?」とモモタ。
「なんか、独り占めにしている感じ。そうやって大きくなってきたのね。周りの草木を枯らせてまで」
アゲハちゃんは、天を覆う龍蛇の様な屋久杉を見上げました。
とても樹勢雄々しい巨大樹です。若々しい樹皮ですが、幾千年もの時を経たような大樹でした。もし、虹の雫の影響でここまで成長できたのであれば、さっちゃんだってとても立派で美しい蝶に変身できるかもしれません。それを信じたい気持ちで、アゲハちゃんの心はいっぱいです。
ですが、言い知れぬ不安が頭をもたげていました。さっちゃんは、今正に美しい蝶々に生まれ変わろうとしています。身も心もサナギになるべき時を迎えています。自分がさっちゃんを連れ出そうとした時、さっちゃんは美しい蝶々に生まれ変わるまで、洞窟の中心から出ていきたくない、と言っていました。
洞窟の中でも、今でも、チュウ太は、さっちゃんの想いが根を動かしている、と言っています。初めはアゲハちゃんもそう思っていましたが、なにか違うとも感じていました。うごめく根は、さっちゃんとは違う別の意思で動いているように感じられたのです。
少なくとも、根によってさっちゃんが守られているようには思えません。結果的に守られてはいますが、そのような温かみを帯びた意思は感じられませんでした。
不意に、孫たちに手を支えられた媼(おうな)が歩み出てきて言いました。
「むかし、この島に旅行で立ち寄ったサツマシジミという蝶が話して聞かせてくれた話がある」
他のツマベニチョウたちも知らない名前の蝶のようです。澄んだ蒼さの羽を持つ蝶々のようですが、ここら辺には全く住んでいない種類のようでした。
媼は、思い出せる限りの話を話してくれました。
「どうしてそんなふうに? わたしはさっちゃんをとても愛しているわ。可愛くないだなんて思ったこと、ただの一度もないのよ」
ママ友たちが、泣き崩れたあっちゃんママの肩に手を置いて、なんとか落ち着かせようとしています。
「大丈夫よ、あっちゃん。さっちゃんは、きっとなにかを勘違いしているだけ。ゆっくり話し合って誤解を解いていきましょうよ」
ですが集団の後ろのほうから、しゃがれた老婆の声がしました。
「そんなことをしている間に、ハイビスカスがなくなってしまうよ。そのうち海岸までも木が枯れるんじゃないかね」
あっちゃんママの頬が強張ります。ママ友たちは、なんでそんなこと言うの? と問いたげな顔で声のした方を見やりますが、何も言えません。
あっちゃんママの姿は哀れでなりませんでした。なりふり構わず娘を想う姿に、多くの者は心を打たれているようでいましたが、森がなくなるかもしれない、という心配も抱えています。中には、しゃがれた声の老蝶が言う通り、迷惑がっている者も少なからずいるはずです。
もし大勢の目に晒されていなければ、中に入って無理やりに虹の雫を奪おうとする者もいたかもしれません。少なくともみんなの心には、あっちゃんママを想う気持ちと、失われつつ森を守りたい、という気持ちが混在していることでしょう。
チュウ太がその空気を破って言いました。
「でもさっちゃんは、実際嫌われているって思っていたよ。だとしても、もうすぐサナギになるって言っていたから、かんしゃくも治まるんじゃないかな。蝶々になって可愛く変身すれば、外に出てくれるんじゃないの? そうしたら屋久杉の成長も止まるでしょ、どうせ虹の雫も持って出てくるだろうし」
顔をあげるあっちゃんママに、チュウ太が続けます。
「さっちゃんは、ママのことが大好きだって言ってたよ。きれいに生まれ変われば自分を好いてくれるし、喜んでくれるって。そうしたら一件落着じゃないのかな」
ですが、アゲハちゃんは深刻そうな表情を浮かべながら言いました。
「たぶん無理よ。あの子サナギにはなれないわ」
「ええっ? どうして?」とみんなが声を揃えます。そして同時に動揺が広がり、がやがやとし始めました。
アゲハちゃんは答えにくそうでしたが、みんなに促されて話してくれました。
「わたし、光の玉に触れたのだけど、たぶんあの光の玉自体がさっちゃんなのよ」
「どういうこと?」とキキが訊きます。
「あの光の中で、さっちゃんは溶けているんじゃないかしら。わたしたち蝶々は、芋虫ちゃんからサナギになって蝶々に生まれ変わるでしょう? キキたちには分かりにくいかもしれないけれど、わたしたち、少しずつ蝶々になっていくんじゃないの。成長していくっていうより、生まれ変わるって感じ。
みんな、ちっちゃな赤ちゃんから生まれて、だんだんと大きくなるし、毛も生えてくるし、羽毛も羽に生え変わるけれど、わたしたちそうじゃないの。本当に変身するのよ」
「卵がヒナになる感じかな」キキが言いました。
「そう、それ。卵の時は覚えていないだろうけど、赤ちゃんの思い出を持ったままああなる感じ。それから蝶々になっていくの。光の中に手を入れた時、サナギだったときの微睡んだ感じを思い出したわ。たぶん、本来さっちゃんは今がサナギなんだと思う」
「ならいいじゃん」とチュウ太「そのまま蝶になれるんじゃない?」
「ムリよ。だってあの光の中、宙に漂っているみたいで上も下もないんですもの。ううん、分からないわね。でも、とても不安。もしかしたら、あのままかも」
そしてアゲハちゃんは、さらに衝撃的なことを言いました。
「どうなるにしても、どうもなれずに終わってしまうわ。だって、根が…根が虹の雫の光を吸っているんですもの」
年配のツマベニチョウが「分かるように説明して」と、アゲハちゃんにせがみました。
「うん・・・」と答えたアゲハちゃんは、やや間をおいて答えます。
「・・・どういうわけか、根っこがうごめくの。でもそれ、根が成長して伸びているっていうより、虹の雫を守っているようなのよ。いいえ、守っているっていうより、奪われないようにしているっていうのかしら」
「どういうこと?」とモモタ。
「なんか、独り占めにしている感じ。そうやって大きくなってきたのね。周りの草木を枯らせてまで」
アゲハちゃんは、天を覆う龍蛇の様な屋久杉を見上げました。
とても樹勢雄々しい巨大樹です。若々しい樹皮ですが、幾千年もの時を経たような大樹でした。もし、虹の雫の影響でここまで成長できたのであれば、さっちゃんだってとても立派で美しい蝶に変身できるかもしれません。それを信じたい気持ちで、アゲハちゃんの心はいっぱいです。
ですが、言い知れぬ不安が頭をもたげていました。さっちゃんは、今正に美しい蝶々に生まれ変わろうとしています。身も心もサナギになるべき時を迎えています。自分がさっちゃんを連れ出そうとした時、さっちゃんは美しい蝶々に生まれ変わるまで、洞窟の中心から出ていきたくない、と言っていました。
洞窟の中でも、今でも、チュウ太は、さっちゃんの想いが根を動かしている、と言っています。初めはアゲハちゃんもそう思っていましたが、なにか違うとも感じていました。うごめく根は、さっちゃんとは違う別の意思で動いているように感じられたのです。
少なくとも、根によってさっちゃんが守られているようには思えません。結果的に守られてはいますが、そのような温かみを帯びた意思は感じられませんでした。
不意に、孫たちに手を支えられた媼(おうな)が歩み出てきて言いました。
「むかし、この島に旅行で立ち寄ったサツマシジミという蝶が話して聞かせてくれた話がある」
他のツマベニチョウたちも知らない名前の蝶のようです。澄んだ蒼さの羽を持つ蝶々のようですが、ここら辺には全く住んでいない種類のようでした。
媼は、思い出せる限りの話を話してくれました。
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