猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第六十二話 神秘の森

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 モモタたちは、ある島の砂浜に下り立ちました。今まで見たことないような老木がたくさん生えています。南国の植物も多く、怪獣が出てきそうで少し不気味な様相を呈していました。

 初め、キキを除くモモタたち三匹は、中に入るのはよそう、と思っていました。ですが、中に入ったキキが戻ってきて、「オレンジ色の珍しい蝶々がいたよ」と言うので、みんなでその蝶々に会いにいくことにしました。 

 しばらくここに留まる、とクジラも言っていたので、一言断りを入れて、モモタたちは森の中に入っていきました。

 悠久の年月をかけて成長したのでしょう。生えている木々の殆どは杉の様でしたが、モモタが今まで見てきた杉とは、姿かたちが全く異なっています。しいて言えば、キキと再会したクマのお家の木に似ていましたが、それよりも年老いたように見えました。

 普通、杉と言ったら、若々しい香りがしていて乾いた木肌をしていて、しゃんと真っ直ぐにとても高く生えています。

 ところがここの杉といったら、凸凹とたくさんのこぶがあって、ずんぐりむくりしています。全身を地衣類(木の幹を覆う菌)に覆われていて、真っ直ぐにも伸びていません。根っこも土から這い出てきたようにうねっていて、絡み合っていました。

 土が流されて露出したわけではないようです。森の中は土が豊富にあって、がれ場のようにはなっていません。豊富な腐葉土のじゅうたんが敷き詰められています。

 雨が降ると小川になるであろう小さな谷がありました。そこは石ころの道になっていますが、全てが苔むしていて、石石の合間から、成長すれば大木になるのであろう、と思わせる、生き生きとした苗が生えています。

 今まで見たどの森よりも古くからある森なのかもしれません。

 アゲハちゃんが言いました。

 「見てモモちゃん。あの木に大きなヘビがいるわよ」

 びっくりしてモモタとチュウ太が見やると、ゾウの鼻のように大きくて長い蛇が巻き付いています。よく見ると、いたるところに潜んでいました。

 突然、モモタの背中に乗って騎行していたチュウ太が叫びます。

 「ぎゃぁっ! モモタ後ろ! 後ろー!」

 驚いてモモタが横に飛んで、チュウ太が指さす方を見ると、大蛇がうねっていました。アゲハちゃんが「きゃあ」と叫んで、モモタのお腹に隠れます。

 逃げようとしたモモタですが、蛇に背を向けようとした時に気がつきました。蛇は蛇なのに、蛇ではありません。よく見ると、太いツルが木に巻き付いているだけでした。周りを見ると、今まで蛇だと思っていたものは、全て木に巻き付いたツルや幹であったようです。

 しばらく行くと、モモタたちは、とても大きな翅を持つ蝶々に出会いました。翅は濃い白色で前翅の先半分はオレンジ色。後翅にはトゲ状の模様が並んでいます。アゲハちゃんも知らない蝶々でした。

 ですが、とても優雅なその姿とは裏腹に、みんな悲しげです。アゲハちゃんが飛んでいって訊いてみることにしました。

 「あの…こんにちは。わたし、ミヤマカラスアゲハのアゲハちゃんっていいます。あなたたちは、だーれ?」

 すると、アゲハちゃんのそばにいた一匹が答えてくれました。

 「わたしたちは、ツマベニチョウです。この島では見ない蝶ですね。どこから来たんですか?」

 「わたし、あの子たちと一緒に北だったり東だったりの方から冒険をしてきたんです。
  あなたたち、なんだかとっても悲しそう。何かあったんですか?」

 すると、別のツマベニチョウがため息をついて答えました。

 「わたしたちのお家が滅んでしまったの。もうすぐこの辺りの森もなくなってしまうわ。

  でもこの辺りには、わたしたちがお引越しできる島がないのよ。遠くの島に飛んでいけないこともないけれど、たどり着けない蝶もいるだろうし、みんなでどうしようか悩んでいるの」

 そばにやってきたモモタの背中から飛び降りたチュウ太が、びっくりして言いました。

 「森が無くなる? そんなことってあるのかい?」

 すると、イチコと名乗る最初に答えてくれたツマベニチョウが言います。

 「もう真ん中の方はなにも無いのよ。以前はハイビスカスが沢山咲くみんなのお家だったのに、一年くらい前に事件が起こってなくなってしまったの」

 アゲハちゃんが「事件って?」と訊き返すと、イチコは少しためらいながらも教えてくれました。

 「うん。去年のもう少し暖かくなった頃にね、1匹の赤ちゃんが青く輝く石を見つけて、杉の根の下に隠れてしまったの。そうしたら、急に木が大きくなって、周りに生えていた木々は枯れるし、たくさんあったハイビスカスも咲かなくなってしまったの」

 モモタたちは、虹の雫だと思って顔を見合わせます。

 イチコの話では、このままでは蜜が吸えなくなって腹ペコりんになってしまう、とみんな困っているようなのでした。

 アゲハちゃんが言いました。 

 「そこに案内してくれないかしら。お願い、いいでしょう?」

 イチコは断って言いました。

 「あんなところに行きたくないわ。みんな枯れてしまったんだもの。わたし怖い」

 仕方がないので、モモタたちは方角だけを聞いて行ってみることにしました。

 急な坂道が続きます。うっそうと茂った木々が、降り注ぐ太陽の光をほとんど遮り、少し薄暗いくらいです。

 モモタたちは、小川を見つけました。苔むした岩の大地を切り裂くように、霧がかった水しぶきが小川の中央を走っています。

 川を作る石石は、一つ一つがモモタよりもとても大きくて、登るのも一苦労。ぴょんぴょんジャンプしながら登っていきます。

 お休みする度に見上げる世界は、とても幻想的な雰囲気でした。苔に覆われて毛深い竜蛇のようになった木々は幾本にも枝分かれしつつ、それでいて幹のように太く天に向かって伸びています。それは、トナカイのツノのようでした。あたかも太古の森の守り神のようです。 

 左右の木々は、みな川側に向かって傾いていました。川が形成される過程で、度重なる増水に見舞われたのでしょう。ですが、あたかもトカゲの足のように踏ん張った根に支えられ、なおかつ押し上げられて、ねじれてくねり、枝葉を広げています。その姿かたちは、よもや杉の木には見えませんでしたが、独特の縦割れした樹皮は、間違いなく杉でした。

 枝枝が重なり合って、より一層光を遮り、屋根裏から三角屋根の内側を見上げたようになっています。それが長く連なって緑のトンネルとなっていました。

 時折梢の薄いところがあって、そこには霧が立つように光が生まれています。差し込む日差しを浴びたコケなどから、命が生まれているのでしょう。“神を感じる”とはまさにこのことか、と思わせる雰囲気です。

 優麗な教会も荘重な神社も、壮言な仏閣もいりません。ここには神が満ち満ちていたからです。

 意識、無意識問わず、理解、無理解問わず。原始の根源から神様を信じられる場所だと感じさせる空気が漂っていました。ここは、生命溢れる楽園の地です。水も栄養も豊富なのでしょう。岩の上にさえ灌木が生えています。

 そういう木々の間で、立ったまま朽ち果てて黒ずんだ木も散見されました。精霊や妖精の息吹を感じさせる森の中で、立ち止まって見入るほどに何かを感じさせる朽ちた木は、己の小ささをモモタたちに思い起こさせました。

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