猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第三十九話 生きるために殺すことと、殺すために殺すこと

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 アゲハちゃんがプリプリしながら言いました。

 「現実を認めなさいよ。目の前で起こっていることが全てよ。理解できないことだからナーシよ、だなんて無理なんだから。ていうか、“ネズミと猫とタカ”ってなんなのよ! 蝶々も加えなさいよ! 蝶々も‼ 大変失礼だわ」

 「くっ」と呟いたミケは、アゲハちゃんを無視して言いました。

 「ネズミだぞ。そいつネズミだぞ。俺たち猫もタカもそいつはごはんでしかないだろ。何で食べないんだよ。ちょこまかしていて捕まえたいって思うだろう」

 モモタが言いました。

 「ごはんとしてしか見てないなら分からないよ。あの二匹に見捨てられたのだって、分からないよ。追いかけまわすのだって捕まえるのだって、狩りの時だけじゃないじゃない。遊んでいて追いかけっこする時だってあるでしょう。そんな時楽しいでしょう」

 「それはっ、それは猫同士だから――」

 モモタは、ミケの言うことを遮って言いました。

 「猫以外とだって楽しいよ。猫かネズミかなんて関係ないもん。だって僕は、チュウ太といると楽しいから。おんなじ猫でも、君といるより絶対楽しいもん」

 ミケが「そうか」気がついて言います。「お前、家猫か。だからか、だからご主人様からもらえるごはんをそいつらに分けて言うこと聞かせられているのか。

 ならどうだ? 家に帰れば美味しい缶詰があるんだ。牛肉だぞ。食べたことないだろ。人間が食っているやつとおんなじやつだ。それをやる。それをやるから、今回は見逃せ。もし言うことを聞くなら、二つも三つもやってもいいんだぞ」

 それを聞いたキキが、翼を羽ばたかせて舞い上がって、宙を爪で引き裂いて言いました。

 「僕は空の王者だぞ。この僕が猫なんかに従うと思っているのか? 僕にとって猫はごはんなんだからな。ごはんにごはんで釣られるわけないじゃないか」

 「なら、なんで茶トラに従っているんだ。こんなひ弱そうなやつ」

 アゲハちゃんが、怒りました。

 「あら、モモちゃんはひ弱なんかじゃないわ。少なくとも、こんな細長い町の端に住んでいる猫なんかよりずっと強いわよ」

 続けてキキも言いました。

 「僕たちに主従関係はないよ」

 ミケが声を荒げます。

 「じゃあ、どんな関係だ。――いや違うか? お前が茶トラを従えているのか」

 すかさずキキが答えました。

 「違うよ。僕たちは友達なんだ。友達関係があるのさ」

 そうして、じりじりと威嚇交じりにミケに舞い寄ります。

 モモタがミケに言いました。

 「もう向こうに行って。僕たちのことは放っておいて。そうすれば許してあげるから」

 ですが、キキが否定します。

 「僕は許さないね。チュウ太をこんなにしたやつなんて許せるもんか」

 そう言い放って猛然と飛びかかったかと思うと、身をよじって四肢を天に向けて爪を立てるミケを鷹掴みにして、海の上へと飛んでいきます。その身にたてられたミケの爪にも意を介さずに。

 ミケは、ひっかこうとする爪が、硬くて厚い羽の層に阻まれて肌に届かないことに愕然としました。海が迫ってきます。海水に浸かる前から溺死する恐怖にどっぷりと浸かって慄きました。

 塩辛い海水が喉の奥に流れ込んできます。水に浸かることを極端に嫌う猫には、獲物を水に沈めて溺れさせてからごはんとする、狩りに長けたオオタカに抗う術がありません。ミケはもがき苦しむことしか出来ませんでした。

 ばじゃばじゃと水しぶきを立てるミケを押さえつけるキキに、モモタが叫びます。

 「もうやめて! キキ、もうやめて」

 「いや、僕はやめない。僕は、友達のチュウ太をあんなにしたやつを許しはしないからね。僕が来なければ、チュウ太は殺されていたよ。この三毛猫がこうなるのは自業自得さ」

 「なら、なおさらやめてよ。そんなことしたら、キキも自業自得になっちゃうよ。

  それに、食べもしないその猫を殺すなんていけないよ。食べるために殺すならそれは仕方ないことだけど、ただ殺すなんてやっちゃダメだよ」

 「じゃあ何かい? モモタはチュウ太をこんな目にあわせたこいつを許せるのかい?」

 「許せないよ。でも許すんだよ。それに、その子たちはチュウ太をごはんにしようとしてたんでしょう? 僕だってキキだってネズミをごはんにするでしょう? そんな時、たぶん僕たちみたいな想いになった家族やお友達はいるはずなんだ。その子にだっているはずだよ。

  みんなごはんを食べなきゃ生きていけないから、つらいけど悲しいけど許すんだよ。でも、キキがやろうとしていることは、何にもならないよ。だってキキのごはんにしないんでしょ? そのためにするんじゃないんでしょ? 

  それじゃあ、その子の家族はどうするの? 何で殺されたのって怒ってしまうよ。そうしたら、キキが今しようとしていることをキキにするかもしれないよ。そうしたら、キキのお父さんとお母さんは仕返しするの? ミーナちゃんは仕返しするの? そんなことをしたら、みんなは恐ろしくて暮らしていけなくなっちゃうよ」

 アゲハちゃんが、キキを庇って言いました。

 「でも、おいたをしたあの猫に報いてあげるべきよ。モモちゃんの言うことはもっともだけれど、あの三毛猫も懲らしめてあげないといけないわ」そう言ってキキに叫びかけます。

 「今度この町に来る時は、お腹を空かせて戻ってきましょう。その時、その三毛猫を食べてやればいいのよ。そうしたら仕返しにならないわ。ただお腹が空いたから食べただけよ」

 そして、モモタに振り向いて続けました。

 「モモちゃんもいい? お腹を空かせてここに来るのよ」

 「ええっ? 僕猫食べないよ」

 「あの子のごはんを奪ってやるのよ。キキと一緒なら出来るでしょ? ごはんを奪い合うのは生きている証よ。仕返しじゃないわ」

 キキがミケを連れて戻ってきて、砂浜に放り投げました。ミケはぐったりとしていますが、死んではいないようです。

 キキがアゲハちゃんに訊きました。

 「じゃあ、黒猫と茶猫はどうするんだ」

 「もう十分やられたじゃない。あなたどんだけ黒猫に爪たてて引きづり回した挙句放り投げたのよ。見ていてちょっと可哀想だったわ。

  茶猫の方は、鼻から血が出ていたでしょ? チュウ太が一矢報いたのよ。それでいいじゃない」

 海水を吐き出したミケがすごすごと去っていきます。

 モモタはその背中を見やってから、チュウ太の傷をなめてやりました。そして優しく言いました。

 「窮鼠猫を嚙むって言っていたのは本当だね。ほんとにチュウ太は僕たち猫より強かったんだ。だって三匹相手に海ガメおばさんを守り抜いたんだもの」
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