猫のモモタ

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
382 / 501
モモタとママと虹の架け橋

第二十八話 心の内

しおりを挟む
 陽が沈んで、夜空は満天の星空です。

 モモタたちは、夜道をお散歩する野良ネコや演奏会を開いている虫たちに灰色のタカのことを訊きながら、方々を歩き回っていました。

 その最中、キキは、ある一軒のお家のお庭にいました。

 木製の格子に、金網を張り巡らせた大きな鳥小屋があって、その中に閉じ込められていたのです。

 キキはしばらくの間、格子に嚙みついたりつついたり、金網をいじくったりしていましたが、陽が暮れてしまったのであきらめた様子です。止り木にとまって動きません。何か考え込んでいる様子です。いやな沈黙が続きました。

 ミーナが居た堪れない雰囲気に耐えていると、ようやくキキが口を開いて、ミーナに訊きました。

 「これがミーナのお家だって言うのかい?」

 「・・・そうよ・・・とても広いでしょう。あなたのお家がどんなだか知らないけれど、どうせカラスと同じようなものでしょう?」

 「出口がないね」

 ミーナは答えられません。俯く彼女を見やって、キキが続けます。

 「これは、閉じ込められているってことじゃないのか?」

 「そう見えるかもしれないけれど、それは違うわ。楽してごはんを食べようとするずる賢い熊が入ってきて、わたしに襲い掛からないように、鷹匠が守ってくれているのよ。さすがのわたしも、こんなに狭いところにいては、熊の攻撃をかわしきれないからね」

 キキが笑いました。

 「そうだな。でも熊の話じゃないよ。ここが狭いってことが、さ。僕たち鳥のお家になぜ屋根がないか知らないのだろう? なんせ赤ちゃんの頃からここに閉じ込められているんだからね」

 「何が言いたいの?」ミーナがキキを見やります。

 「僕たちには翼がある。どこまでだって飛んでいける翼があるんだ。いつでも飛びたてることを忘れないように屋根がないのさ。分かっているとは思うけど、飛ぶのにはとても力がいるんだ。飛ばなくていいのなら、飛ばなくなる鳥なんてたくさんいるぞ」

 「そうね、ニワトリは全く飛べないし、高く飛べない鳥もいるわね」

 「それに、屋根がないからって雨風をしのげないわけではないよ。枝葉があるから、雨風はそんなに当らないよ。当っても僕たちには羽があるから、この身は濡れないのさ。それとも何かい? 君の羽は張りぼてかい?」

 ミーナが、少し俯いてから顔をあげて言いました。

 「今日からわたしたちは同志よ。諦めて一緒に狩りをする同士になりなさい」

 キキは怒りました。

 「諦めてってどういうことさ。君は気がついていたんだろう、アイツが僕を従えようとしていることを」

 「それは・・・」とミーナが言葉を詰まらせました。

 キキが浴びせ被せるように続けます。

 「ミーナは、アイツを喜ばせるために僕に黙ってたんだ。いや、協力していたんだ。僕の気を引いていたんだ」

 「誤解よ。わたしそんなことしていないわ」

 「でも、気がついてはいたんだろう? おんなじさ。僕はあいつには従わない。あいつはそれに気づいているよ。だから、アイツは一生僕をここから出さないだろうな。僕は死ぬまで大空を奪われてしまったんだ」

 ミーナは絶句しました。キキから目を背けようとしますが出来ません。

 沈黙が続きました。目を反らせずにいるミーナを、キキは睨み続けました。しばらくしてキキは、逆立てた頭の羽を納めて言いました。

 「アイツの僕の可愛がりようを見たろ。家に帰ってきてからの可愛がりようを。君のことをほっぽらかしにしておいて。君が捕ったウサギの肉を僕に食わせようとしていたよ。捕った君には少ししかあげなかったのに、関係ない僕にたくさん。

  もし君たちが戦友なら、あいつは、僕を捕まえて君より可愛がったりしないよ。 

 でもそうなった。それは、ただ獲物を捕まえる召使としてしか見ていないからだよ。僕の方が君より王者の風格があるから、アイツは僕を召使にしたいんだ。あいつはとても弱くて王者になる力がないから、僕を捕まえて王者のふりをしたいのさ」

 ミーナはしょんぼりとうな垂れて、小さく「ごめんなさい」と言いました。

 「でも――」とミーナが顔をあげて訴えます。「でも、鷹匠は弱くなんてないわ。わたしも弱くない。戦友なのはうそではないわ。あなたは認められたのよ。わざわざ大空になんか出なくても、ここに住んでいれば幸せよ」

 「君はいつまで騙されているんだ。あいつは、君を従わせるために君を可愛がっているんだ。いや、可愛がってなんていないよ。はたから見ていると、ひどい扱いだもの。

  あいつは、君から捕った獲物を奪った挙句、いつも空腹にさらして、こんな狭い鳥小屋に閉じ込めている。こんな真っ暗なところにだ。あいつの家を見ろよ。あいつの家は、煌々と明かりがともっているよ。なんだって見えるんだろうな。

  それに引き替えここなんだい? かろうじて月と星の明かりでおぼろげに君が見えるけれど、もう身動きできないよ」

 「いいじゃない。夜更かししなくて済むわ。野生だっておんなじでしょう?」

 「おんなじなものか! 自分で作った自分のお家で静かにしているのと、無理やり閉じ込められて静かにしているのと、どこが同じだって言うのさ。こんな鳥小屋を家だと言って受け入れているなんて、どうかしてるよ」

 「閉じ込められていないわ。本当よ。だからこそ、昼間は外に出してもらえているじゃない」

 「狩りをさせるためだよ。今正に君が捕ったウサギは、アイツの腹の中に納まっているよ」

 「犬や猫を見下ろせる止り木があって、わたしたちを食べようとする野良犬が、巣の周りをウロウロしていのに、安心して眠れる。熊だってたまにやってくるのによ。ここは天国だわ。
  こんなに広いお家をもらって感謝しないほうがおかしいわ」

 「君が言う広いって、何と比べて言っているのさ。さっきの話だとカラスなんだろけれど、カラスの家は小さな巣一つじゃないぞ。巣のある木が1本丸々お家なんだ。隣の木だってそうさ。どの木にだってねぐらを作れる。僕に至っては、山一つが丸々お家だったんだ。他のタカなんて寄せ付けなかった。

  犬や猫を見下ろせる? 僕のお家にある巣は、鷹匠の家の屋根よりずっと高かったよ。この村にあるどの家よりも高かった。
  君は認めるのが怖いんだ。君は、惨めな自分を憐れむのが怖くて、人間に認められているって思いたいんだ」

 ミーナは答えられません。ミーナの脳裏は、以前カラスに言われたことを思い出していました。

 ミーナは、カラスに「飼い殺しのハチクマ」とからかわれたことがあったのです。その時ミーナは言いました。「わたしはいつでもここから出られるのよ。昼間はいつも大空を飛んでいるんだから」と。

 でもミーナには、ここから出ていく勇気はありませんでした。外には多くのオオタカやトビがいるのを知っています。至る所にカラスが住んでいて、その数がオオタカやトビを上回っていることも知っていました。

 さすがにオオタカがカラスに負けるところは見たことがありませんでしたが、よく集団で囲まれて苦戦しているところは見ていました。トビに至ってはほとんどの場合、戦闘を回避して飛び回っているところしか見たことがありません。

 トビは、猛禽類とはいえ生きた獲物を狩る鳥ではありません。一対一ならカラスなんかに負けはしないのでしょうが、彼らは死肉を主なごはんにしていましたから、オオタカやハチクマのように、カラスをごはんと思えず闘争本能が掻き立てられないのも無理からぬことです。

 ですが、カラスの何回りも大きなトビが逃げ回る姿を目の当たりにしていたミーナは、口では『空の王者』と言いながらも、もし自分が野生の世界に飛び込んだらやっていけるのだろうか、と内心怖がっていました。

 トビは、カラスどころか自分よりも大きいのです。確かにクチバシは小さいし、足の力も強くなさそうですが、あの体格でカラスに追い立てられてしまうのですから、カラスのことも侮れない、と思っていました。

 ですがそれでは、ミーナは自分の自己肯定感を満たせません。鳥の王者たるタカである以上、自分も王者であるはずだと思いたいのです。ですので、鷹匠のもとに留まることによて、自分は強者と認められている、という幻想にすがっていたのでした。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

図書室ピエロの噂

猫宮乾
児童書・童話
 図書室にマスク男が出るんだって。教室中がその噂で持ちきりで、〝大人〟な僕は、へきえきしている。だけどじゃんけんで負けたから、噂を確かめに行くことになっちゃった。そうしたら――……そこからぼくは、都市伝説にかかわっていくことになったんだ。※【完結】しました。宜しければご覧下さい!

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミでヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

指輪を見つけた王子様

森乃あかり
児童書・童話
森の奥にあるお城にちょっと臆病な王子様が住んでいました。 王子様はみんなで一緒に食事をしたいと思っているのに、自分の気持ちを伝えることができません。 ある日、王妃様から贈られた『勇気の指輪』という絵本を読んだ王子様は、勇気の指輪を探すために森へ出かけていきます。 .・。.・゜✭・.・✫・゜・。. 王子様が読んだ「勇気の指輪」は絵本ジャンルにあります。あわせてお楽しみください。 ※表紙はAI生成したものです。 ※挿絵はありません。

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

処理中です...