猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第五十八話 覇者の器、王者の器

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 キキは、樹幹の合間から遠くに見える断崖絶壁を見やりながら、イメルの話を聞いていました。超然とそびえ立つ断崖絶壁。猛禽であれば、誰もが憧れる圧倒的な高みです。あそこに君臨できるのは、王者の中の王者しかいないはずです。

 キキは、自分が発してきた“王者”という言葉を改めて思い返しました。自分の発してきた言葉は、なんと軽い言葉だったのでしょう。複雑な思いが心を錯綜しました。自分に対しても、オオワシ親父に対しても。

 キキは、我が子を食い殺してしまった話を聞き終って、とても悲しくなりましたが、野生の世界では致し方がないことです。けしてありえないことではありません。育てられない数の子供を育てていたら、ごはんが足りずに子供は全滅してしまうでしょう。ですから、一番弱そうなものを食い殺してしまうのです。もし親鳥がそうしなかったとしても、兄弟同士の争いに敗れた弱いヒナは、ごはんを得られず餓死してしまうのです。

 キキは、まだ子育てをしたことがないので、そのような経験はありませんが、そういう話は聞いたことがありました。

 「残した子はどうしたの?」とキキが訊きます。

 「まだ全身羽毛で覆われていたからな。動かなくなったあいつの横で『ピーピー』鳴いていたよ。しばらくしてその泣き声が弱々しくなって、後は知らん。たぶん死んだんだろうな。
  それからだ。あいつがおかしくなったのは。流行病が治まってしばらくすると、ようやくあいつも起きれるようになった。しばらく巣から動かなかったが、あいつは飛び立っていった。長いことごはんを食べていなかったから、随分とやせ細っていたぜ。相当獰猛になっているだろうから、狙われた獲物はたいそう悲惨な思いをするだろうな、と思ったが、捕まえて返ってきたのは同じオオワシだった。

  下から見ていて、何してんだって思ったね。俺は何をするのか確かめてやろうと思って、あいつの縄張りギリギリを飛んで見ていたんだ。

  そうしたらどうだ。お前がされたようにオオワシの羽を毟りだしたんだ。そして『息子息子』言い出して、ごはんを与え始めたんだ」

 「でも僕がいた時は僕しか鳥はいなかったよ」

 「ああ、あいつ、最後は食い殺しちまうんだ。羽が生え揃う前に何度も毛を毟るんだが、段々と毟り方がひどくなって、最後はいつもつつき殺してしまうのさ。そして挙句の果てに泣きわめきながら食っちまうんだ」

 キキは黙っていました。それを見つめて、イメルが言います。

 「あいつはとち狂っちまってるよ。もう末期だな」

 「末期?」

 「ああ。初めは同じオオワシだけだったさ。だがそのうちオジロワシなんかも捕まえてくるようになったんだ。まあ、見た目も似ているからそれはいいとしても。ワシですらないタカのお前までをも『息子息子』だなんて言い出す始末だからな。もう終わりさ」

 「でも、大好きな奥さんも死んだんだ。子供だってみんな死んだんだ。気がおかしくなるくらい悲しんだって仕方ないじゃないか」

 「アイツは、覇者の器じゃなかったのさ。覇者なら、妻子を喰らってでも生き残るもんだろ」

 「そんなことないよ。オオワシ親父は、強いからこそああなってしまったんだ」

 「やけに肩を持つじゃないか」

 「覇者っていうくらい強いなら、それは王者の中の王者ってことだろうと僕は思うよ。なら、どんな時だって、妻子を食べなくてもお腹いっぱいになれる力があるはずだよ」

 イメルが笑います。

 「あまちゃんだな、お前は。見ての通り冬は極寒に閉ざされる。こんなところでそんなことを言っていたら、凍らせてくださいって言っているようなものさ。

  そもそもお前は、何を持って王者だって言うんだ? 覇者だって言うんだ? お前は、自分が死ぬか妻子(つまこ)が死ぬかの瀬戸際に至ってなお、そんなことが言えるのか? 生きるか死ぬかの瀬戸際、二者択一でどちらを選ぶ? 生き残る方を選べなきゃ、大空の王者とは言えないぜ」

 「あなたはどうするの?」

 「俺か? 俺は覇者じゃないんでね。だが、俺だって大空の王者だ。その時になれば、妻子を喰らうさ」

 「子があなたを喰らおうとするかも」

 「それならそうなるかも知らない。もし俺より子供の方が強いのなら、食われるのは俺のほうだ。だが、それも本望だぜ。なんせ俺の息子が俺を超えたっていう証拠だからな」

 イメルはニヤリと笑いました。そして続けます。

 「そうして俺たち猛禽は鍛え上げられるのさ。ヒナの時からそうさ。我先にと兄弟を押しのけて親からごはんをいただく。食えない弱いヒナは弱っていって死ぬだけさ。俺も妻もそいつのことはほったらかしだ。食いもんが乏しかったら、お前の兄弟だって、弱いやつはほっとかれて死んだはずだぜ」

 キキのいる山はとても実りの多い里山の奥でしたから、食べるものには事欠きません。そのおかげで、幸いにも三羽誰も欠けることなく成長できたのでしょう。キキは、自分がどんなに恵まれていたかを痛感しました。

 イメルが言います。

 「あいつは自分でごはんを食べることすらめっきり少なくなってきた。昔はもっと雄々しかったんだぜ」

 キキはびっくりしました。

 「あれで雄々しくなくなってきたって言うの?」

 「ああ、一回りは小さくなったな。あいつが死ねば、あの王座は空席だ。あの席を争って抗争勃発だぜ」

 「参戦するの?」

 「まさか、俺より強いオオワシはいくらでもいる。俺は参戦しない。この傷だしな」

 キキは笑いました。

 「あなたは、自分のことを大空の王者のはしくれみたいなことを言ってたけど、全然違うじゃいか。そんなあなたが、王者や覇者を語るのはよしてくれ」

 「なんだと⁉」

 「怒るくらいなら、僕と闘ってみろよ。僕を食べて鋭気を養ってみろ。あいつが死んだらなんて言わずに、生きている間に傷を治して戦いを挑んでみろよ」

 キキが構えて挑発しました。

 「やめとけよ。いくら俺が手負いといっても、お前じゃ俺には勝てないぜ。だがその闘争本能は恐れ入る」

 そう言い終わって、真顔で真剣にキキを見つめたイメルが、間を置いてから言いました。

 「どうだ、俺のところに来るか? お前一羽くらいなら泊めてやれないことないぞ。どうせその羽じゃ満足に飛べんだろう」

 「いや、いいよ。あなた、どうせ僕を食べる気だろう?」

 イメルは冷笑を浮かべ、ゆっくりと目を閉じ、再び開いて言いました。

 「まあいい。どうせこの寒さだ。ここにいたら一晩すら生き残れないだろうよ。明日朝になったら死んで氷漬けになっているのがオチだ。お前を食べるのはそれからだって遅くはない」

 イメルは、後ろを振り返ってくちばしで向こうの木を示して言います。

 「あいにく俺の住処はあの木なんでな。この辺りは俺の縄張りだ。俺は、お前が凍えて力尽きて死ぬまでずっと見張っているぞ」

 そう言い残して、痛みを堪える様子を見せながら、イメルは巣へと帰っていきました。

 陽が沈んで夜が更けてきました。とても凍える寒さに、キキは耐えきれません。だんだんと意識が朦朧としてきました。ですが本能からか、目を閉じては死んでしまうと考え、必死に重いまぶたを見開きます。

 「ああ、モモタ。いいなぁモモタは。暖かそうなおこたに入って・・・。
  僕も入れておくれよ。アゲハちゃんもおいでよ。チュウ太だっているんだから、可愛いアゲハちゃんなら、人間も許してくれるよ」

 これは夢なのでしょうか、幻なのでしょうか。もはやキキには分かりません。とても暖かに感じらながら、眠りにつきました。


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