猫のモモタ

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
233 / 502
ママになったパパの話

命の底力

しおりを挟む
 久しぶりにモモタが、お父さんと赤ちゃんの住まいに、遊びに行きました。
 お部屋の中は大惨事。見るも無残に荒れています。
 洗濯したお洋服も、お仕事の書類も、新聞やチラシも、何もかもが散乱して、床を覆っていました。
 お家からは、赤ちゃんの鳴き声も、お父さんのあやす声も聞こえません。
 お部屋の様子を見てびっくりしたモモタが、慌てて赤ちゃんのお部屋に急行します。
 ですが、赤ちゃんはいませんでした。
 モモタが心配になって佇んでいると、別の部屋から気配がします。
 モモタが行ってみると、散らかって足の踏み場もないリビングの真ん中で、上半身裸のお父さんが、赤ちゃんを抱っこして、優しく揺れていました。
 安らかに眠る赤ちゃんを、とてもとても慈しむように見つめてほほ笑んでいます。
 なぜか、お母さんのような微笑みです。
 モモタに気がついたお父さんが、モモタをそばに呼んで言いました。
 「赤ちゃんは、神様からの授かりものって言うけれど、本当なんだなぁ。
  僕のことをこんなにも幸せにしてくれる。 
  だからモモタだって遊びにきてくれるのだろう?」
 モモタは「にゃあ」と鳴きました。
 「初めは、なんて大変なんだって思ったんだ。
  でも赤ちゃんの泣き声が聞こえたら、やらずにはいられないんだ。
  やりたくてやりたくてしょうがないんだよ。
  母親は、泣き声でおっぱいかおむつか分かるっていうけれど、僕は全然だめでさ。
  ミルクをやっても飲んでくれないし、おしめを見ても汚れていないし、あやしてやっても泣き止まないし。
  こんなの無理だって、泣いたよ。
  お母さんがいないと無理なんだって。助けて萌花って毎日願ったよ」
 弱音を吐いているようですが、モモタにはそのようには感じません。
 だって表情にも語気にも、とても愛情が満ち溢れていたからです。
 お父さんは語り続けました。
 「帆夏(ほのか)は、お腹が空くと、昼夜かまわずに泣き叫ぶんだ。
  仕事して家事して育児して、体力も限界だっていうのに、不思議とつらくないんだ。
  ばちっと目が覚めるんだよ。
  朝だってそうさ。夜何度も起こされるから、朝起きれなくってさ。
  目覚ましアラームや、仕事の電話が何度も鳴っているのに、僕爆睡。
  寝坊して慌てて起きてスマホを見ると、何件も着信がある。
  アラームにも着信音にも気がつけてないんだ。
  でも、帆夏の声は違う。鳴きだした瞬間、全身の細胞が覚醒して、全力疾走で動き出すんだ。眠気も疲れも吹っ飛ばして。
  赤ちゃんって、本当に神様が与えてくれる幸福の、最たるものだよ」
 モモタは言いました。
 「これだけ大変な経験なんだから、一生忘れないよ。
  お父さんがおじいちゃんになっても、幸せだった楽しい思い出として覚えているよ、きっと」
 モモタの声がお父さんに伝わったかは分かりません。
 ですが、お父さんは、微笑みで返してくれました。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

子猫マムと雲の都

杉 孝子
児童書・童話
 マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。  マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

バンズくん

こぐまじゅんこ
児童書・童話
バンズくんと呼ばれるパンが悲しそうに言いました。 「ぼくは、サンドイッチになれないんだよな〜」 まるいパンだから、三角の形になれないのです。

ぼくの家族は…内緒だよ!!

まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。 それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。 そんなぼくの話、聞いてくれる? ☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

ムーンスペースの傍から

主道 学
児童書・童話
 大規模な資本によって、超巨大施設『ムーン・ゆれあいスペース』は御宮下市に建立した。ぼくの住む街は月にもっとも近い場所になった。そこで月でたった一人の女性とぼくは恋をする。  これはそんなぼくと彼女の月での恋のお話。

猫のお菓子屋さん

水玉猫
絵本
クマのパン屋さんのおとなりに、猫のお菓子屋さんができました。 毎日、いろんな猫さんが、代わる代わるに、お店番。 お店番の猫さんが、それぞれ自慢のお菓子を用意します。 だから、毎日お菓子が変わります。 今日は、どんなお菓子があるのかな? 猫さんたちの美味しい掌編集。 ちょっぴり、シュールなお菓子が並ぶことも、ありますよ。 顔見知りの猫さんがお当番の日は、是非是非、のぞいてみてください!

月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?! 満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。  話は昼間にさかのぼる。 両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。 その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。

処理中です...