Perfume

緒方宗谷

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喪失

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 会社からここまで大分時間がかかるはずだ。みのるは真一を待っている時間は無いと判断して、早苗が家に入るのを止めようと助けようと走った。ちょうど、女の車の脇を通りぬける瞬間、ドアがロックされていないことに気が付いた。
 みのるは、咄嗟に後部座席のドアを開けて、ランドセルにぶら下がっていたGPSの紐を引きちぎって、シートの隙間にねじ込んだ。
 もう早苗は室内に入ってしまった。ドアの前に立ったみのるは躊躇したが、意を決してノブを下げる。駐車場とマンションの間の道路を横切る時、右からも左からもスキンヘッドの男達が来る様子は無かった。助けられるとしたら、今の内だ。  
 鍵はかかっていない。中を覗きこんだ瞬間、みのるは髪を掴まれて中に引きずりこまれた。
 「みのる君?大丈夫!?」
 「お姉ちゃん」
 「あら、お知り合いなの?この坊や。
  ・・・?みのる?みのるってまさか」
 女は焦りの表情を見せた。計画では、早苗の弱みを握ってセンターを辞めさせ、2度と真一に近づかせない様にするはずだった。それが、みのるにばれてしまっては、この子から真相が漏れてしまう。
 雇った男達に電話を掛けるが、コール音はするものの誰も出ない。
 早苗もみのるも、包丁を持った女に怯えて、逃げ出すことは出来なかった。みのるを中に入れた直後に鍵をかけられてしまったから、外に出る前に背中を刺されてしまうだろう。2人は抱き合って、祈るしかなかった。
 「遅いわね、あいつら、何やってるのかしら。
  とりあえず、この女の犯さないと、どうにもならないわ」
 みのるは、小声で早苗に話しかけた。 
 「お姉ちゃん、この女でしょ?ずっと嫌がらせしていたのって。
  前に電車で見ちゃったんだよ」
 「うるさいわね!!」
 投げつけられたテレビのリモコンが、みのるを庇った早苗の頭に当たる。
 結局、スキンヘッドの男達は来なかった。
 「こうなったら、2人には死んでもらうしかないわね。
  真一さんにフラれた腹いせに、子供をさらって殺害し、自らも自殺するのよ」
 「きゃー!!」
 女が包丁を振り上げた瞬間、玄関が響いた。
 「みのる!いるのか!みのる!?」
 「お父さん!お父さーん!!」
 「いるんだろう!聖子!止めるんだ!!」
 「うそ?真一さんが来たの?あいつら、どうして連核取れないのよ。
  こうなったら、もう殺すしかないわ!そして、私は真一さんと一緒になるのよ!!
  みのる君が死んで、彼、嘆くもの、だから私が慰めてあげるのよ!!」
 全身がガタガタと震える。落としそうな包丁を両手でしっかりと握りしめた聖子は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて、2人に近づく。
 「大丈夫よ、もう1人殺しているんだから、簡単よ。
  女と子供じゃない、わけないわ、あの時と同じようにやれば良いのよ」
 高3の時、父親に致命傷を与えた時の事を思い出す。
 「ひと思いにやってやるわ」
 突然ガラスが割れる音がして聖子が振り返ると、たなびくカーテンの下をくぐって真一が踏み込んできた。
 「真一さん!!」
 聖子は思わず真一を切りつけ、刃物にひるんだ隙に乗じて、そのまま早苗に突っ込んでいった。
 間一髪で聖子を羽交い絞めにした真一であったが、振り向きざまに切り付けられて、尻餅をつく。それでもすぐさま立ち上がって、包丁を持つ両手を掴んで押し倒した。
 女にこれほどの力が出せるのだろうか。必死の形相の聖子を抑えきれずに、左ほほや胸を切られ、その度に真一は唸り声を上げた。
 危うく左目を横一文字に切り裂かれそうになって、激痛に耐えかねた真一は、聖子を放してしまった。
 発狂乱の聖子は、金切声をあげながら包丁を振り回して玄関に走る。追いかける真一に刃先を向けた聖子は、とても大切なものを失った子供の様な顔で、声を押し殺す事も無く泣き始めた。そして、後ろ手で鍵を開けてすぐに外に出て包丁を投げ捨て、車で逃走を図った。
 聖子の表情を見て、今生の別れになるのではないかと悟った真一は、あえて追いかけなかった。
 「大丈夫ですか、真一さん」
 「お父さん!!」
 「ああ、大丈夫だ」
 「ごめんなさい、私、私」
 「なんで、泉さんが謝るの」
 急いでバスタオルを持ってきた早苗は、必死に止血を試みるが、左目上と腹部の傷が深すぎて、血が止まらない。
 ようやくパトカーのサイレンが聞こえてきた。みのるは目印になるため道路まで出た。道路の向こうの駐車場に停められていた車は無い。
 意識が混濁し始めた真一は、パトカーと共にやってきた救急車に乗せられて、病医院へと運ばれて行った。





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