24 / 40
排除
しおりを挟む
「なんか、嫌になっちゃうよね、本当信じられないわ。
子供を通して人の男に手を出すの、止めてくんないかしら。
少し可愛い顔した位が、一番勘違いするのよね、世間的には大して可愛いわけでも無いのに、勘違いしちゃって。
そういえば、本当酷い香水つけてるのよ、フランス語で『愛を語らう』ですって?あんたが何語るのって感じ。
もともと大した香水でもないのに、彼女がつける事で、更にランクを下げたわね」
常陸太田市に向かう電車の中で、信じられないほど大きな声で電話をする女がいた。周りの乗客達は、不機嫌そうに彼女を見やるがどこ吹く風、これ見よがしに顔をしかめる男の表情を見ても、この女は通話を止めない。
そのすぐ前の吊り革を掴んでいる早苗とは数十cmの距離しかなかったから、この車両で一番難儀しているのは彼女だろう。
ここ最近、早苗は度々この乗客と鉢合わせしていた。
「こないだも、私が彼にあげた珍しいレトルトのカレーを食べさせてもらって、文句言っていたの、ショック―。
そう、高級なカレーはお口に合わないんじゃないかしら」
早苗が彼女を見やると、それに気が付いたのかキッと睨み返してくる。それほど気の強くない早苗は、すぐに目を逸らして俯いてしまった。
「痛い」
電車が少し強めに揺れて体勢を崩した女は、勢いよくヒールで早苗の足を踏む。わざとだ。痛みを堪えるばかりで、顔を上げられない。謝りもしない女は、話を続けた。
「乾いてんじゃないの?だって、彼氏いない歴実年齢らしいよ。
子育てが得意なふりして子供好きをアピールしているようだけど、子供いないじゃん。
既に化けの皮が剥がれてるの。
そこまでして、男に振り向いてもらいたいのかな?相手にされていないようだけど」
毎日というわけではないが、こう度々迷惑行為に晒されると、気付かないうちに心が病んでしまう。遂に早苗は、電車に乗るのが憂鬱になり、通退勤を恐れるようになった。
元気のない早苗を心配して、恒子が言った。
「どうしたんですか?元気ないですね」
いつも笑顔を湛えていた早苗が、妙に暗く沈んでいる。仲の良い恒子の話も上の空だ。
「実は、最近電車に変な人が乗って来るんです。
いつもスマホで会話していて、うるさいんです」
「嫌な客がいるものね、言ってやれば良いのよ、迷惑よって」
「そんな、言えませんよ」
同情する恒子の提案に、ビックリした早苗は手と首を振って言う。その後すぐに沈んだ早苗に、真一が提案した。
「直接じゃなく、駅員に言ったら?いついつどこどこの駅で、こんな乗客が乗って来るんですって」
「そうですね、今度繰り返されたら、言ってみます」
迷惑行為はぱったりと無くなった。誰かほかの乗客に注意を受けたのか、それ以来この女が同じ車両に乗って来る事は無ない。しかし、早苗のストレスは増すばかりだ。最近妙に人の視線を感じるのだが、振り向いても誰もいない。
児童相談センターの職員は、お子さんだけでなく、親御さんとも良い関係を築こうと気を使っている。それでも、中には警察沙汰になったり、児童相談所の宿泊施設のお世話になるケースもある。もしかしたら、誰かに逆恨みされているのかもしれない。
しかし、何か実害があるわけでも無いし、本当に誰かに見られているかも分からないから、相談しようも無かった。
早苗の自宅のそばには、自動販売機がある。田舎とはいえ周辺にはアパートが多いから、利用する人は多いのだが、今まで買うところは見ても、そこでジュースを飲んでいる人を見る事は稀であった。
それが、今では度々見かける。心なしか、自分を見ているように感じた。ストレスから脅迫観念に囚われているのだろうか。遂には尾行されているのではと苛まれるようになった。
(考え過ぎかな?いつも人が違うから、親御さんってことないだろうし。
あの女の人のせいで気が滅入っていたから、思い込んでしまったのね、きっと)
今日の仕事は、1日中子供の安否確認に終始していた。しかし、親や子供と話している時でさえ、最近感じる視線の事で頭がいっぱいだ。 それでも、センターへの帰路に着く頃には、少し前向きに考えられるようになった。
「あ、そうだ、ATM、お金おろさないといけないんだ」
ボーとしていたせいでコンビニを通り過ぎた早苗が不意に方向転換を図ると、2,3m後ろを歩いていた小太りの中年男の足がもつれて、慌てて立ち止まって植え込みを見やる。
(え?尾行されてた?)
事務処理の時間が欲しかったために足早に歩いていたのだが、この男は自分と同じペースで歩いていた。男は道路側の左端にいたのだから、道の建物側を歩いていていた自分が急に立ち止まっても、慌てて立ち止まる必要は無かったはずだ。
50代半ばで赤黒く酒焼けしたような風貌で、がに股短足。黒いトレーナーに濃い紺のスラックスを穿いたその姿は、とても小中学生の親には見えない。浮浪者とまでは言わないが、場末の居酒屋や馬券場で、目を盗んで人の酒を飲んでしまう様な人格に見える。
(どこかで見た事があるような)
コンビニのATMからお金が出てくるまでの数秒を使ってガラスの外を見やるが、もういない。急に恐怖に襲われた。考えたくもないが、殺されるとか犯されるのではないかとという最悪の事態が頭を過り、ギュッと心臓が苦しくなる。
あの男に気が付いてからというもの、違和感のある中年男の陰が、いつも自分の周りにいるのが目に映るようになった。自分の行動範囲の中でもっとも都会な茨城市でさえ、あの様な浮浪者はいないのに、大きな繁華街も無い自宅周辺や訪問先でも見かける。
路上生活者として住むには、とてもじゃないが、こんな田舎町では食べていけないだろう。明らかに早苗は尾行されていた。ストレスから脅迫観念に囚われているわけではない、と確信してしまった。
子供を通して人の男に手を出すの、止めてくんないかしら。
少し可愛い顔した位が、一番勘違いするのよね、世間的には大して可愛いわけでも無いのに、勘違いしちゃって。
そういえば、本当酷い香水つけてるのよ、フランス語で『愛を語らう』ですって?あんたが何語るのって感じ。
もともと大した香水でもないのに、彼女がつける事で、更にランクを下げたわね」
常陸太田市に向かう電車の中で、信じられないほど大きな声で電話をする女がいた。周りの乗客達は、不機嫌そうに彼女を見やるがどこ吹く風、これ見よがしに顔をしかめる男の表情を見ても、この女は通話を止めない。
そのすぐ前の吊り革を掴んでいる早苗とは数十cmの距離しかなかったから、この車両で一番難儀しているのは彼女だろう。
ここ最近、早苗は度々この乗客と鉢合わせしていた。
「こないだも、私が彼にあげた珍しいレトルトのカレーを食べさせてもらって、文句言っていたの、ショック―。
そう、高級なカレーはお口に合わないんじゃないかしら」
早苗が彼女を見やると、それに気が付いたのかキッと睨み返してくる。それほど気の強くない早苗は、すぐに目を逸らして俯いてしまった。
「痛い」
電車が少し強めに揺れて体勢を崩した女は、勢いよくヒールで早苗の足を踏む。わざとだ。痛みを堪えるばかりで、顔を上げられない。謝りもしない女は、話を続けた。
「乾いてんじゃないの?だって、彼氏いない歴実年齢らしいよ。
子育てが得意なふりして子供好きをアピールしているようだけど、子供いないじゃん。
既に化けの皮が剥がれてるの。
そこまでして、男に振り向いてもらいたいのかな?相手にされていないようだけど」
毎日というわけではないが、こう度々迷惑行為に晒されると、気付かないうちに心が病んでしまう。遂に早苗は、電車に乗るのが憂鬱になり、通退勤を恐れるようになった。
元気のない早苗を心配して、恒子が言った。
「どうしたんですか?元気ないですね」
いつも笑顔を湛えていた早苗が、妙に暗く沈んでいる。仲の良い恒子の話も上の空だ。
「実は、最近電車に変な人が乗って来るんです。
いつもスマホで会話していて、うるさいんです」
「嫌な客がいるものね、言ってやれば良いのよ、迷惑よって」
「そんな、言えませんよ」
同情する恒子の提案に、ビックリした早苗は手と首を振って言う。その後すぐに沈んだ早苗に、真一が提案した。
「直接じゃなく、駅員に言ったら?いついつどこどこの駅で、こんな乗客が乗って来るんですって」
「そうですね、今度繰り返されたら、言ってみます」
迷惑行為はぱったりと無くなった。誰かほかの乗客に注意を受けたのか、それ以来この女が同じ車両に乗って来る事は無ない。しかし、早苗のストレスは増すばかりだ。最近妙に人の視線を感じるのだが、振り向いても誰もいない。
児童相談センターの職員は、お子さんだけでなく、親御さんとも良い関係を築こうと気を使っている。それでも、中には警察沙汰になったり、児童相談所の宿泊施設のお世話になるケースもある。もしかしたら、誰かに逆恨みされているのかもしれない。
しかし、何か実害があるわけでも無いし、本当に誰かに見られているかも分からないから、相談しようも無かった。
早苗の自宅のそばには、自動販売機がある。田舎とはいえ周辺にはアパートが多いから、利用する人は多いのだが、今まで買うところは見ても、そこでジュースを飲んでいる人を見る事は稀であった。
それが、今では度々見かける。心なしか、自分を見ているように感じた。ストレスから脅迫観念に囚われているのだろうか。遂には尾行されているのではと苛まれるようになった。
(考え過ぎかな?いつも人が違うから、親御さんってことないだろうし。
あの女の人のせいで気が滅入っていたから、思い込んでしまったのね、きっと)
今日の仕事は、1日中子供の安否確認に終始していた。しかし、親や子供と話している時でさえ、最近感じる視線の事で頭がいっぱいだ。 それでも、センターへの帰路に着く頃には、少し前向きに考えられるようになった。
「あ、そうだ、ATM、お金おろさないといけないんだ」
ボーとしていたせいでコンビニを通り過ぎた早苗が不意に方向転換を図ると、2,3m後ろを歩いていた小太りの中年男の足がもつれて、慌てて立ち止まって植え込みを見やる。
(え?尾行されてた?)
事務処理の時間が欲しかったために足早に歩いていたのだが、この男は自分と同じペースで歩いていた。男は道路側の左端にいたのだから、道の建物側を歩いていていた自分が急に立ち止まっても、慌てて立ち止まる必要は無かったはずだ。
50代半ばで赤黒く酒焼けしたような風貌で、がに股短足。黒いトレーナーに濃い紺のスラックスを穿いたその姿は、とても小中学生の親には見えない。浮浪者とまでは言わないが、場末の居酒屋や馬券場で、目を盗んで人の酒を飲んでしまう様な人格に見える。
(どこかで見た事があるような)
コンビニのATMからお金が出てくるまでの数秒を使ってガラスの外を見やるが、もういない。急に恐怖に襲われた。考えたくもないが、殺されるとか犯されるのではないかとという最悪の事態が頭を過り、ギュッと心臓が苦しくなる。
あの男に気が付いてからというもの、違和感のある中年男の陰が、いつも自分の周りにいるのが目に映るようになった。自分の行動範囲の中でもっとも都会な茨城市でさえ、あの様な浮浪者はいないのに、大きな繁華街も無い自宅周辺や訪問先でも見かける。
路上生活者として住むには、とてもじゃないが、こんな田舎町では食べていけないだろう。明らかに早苗は尾行されていた。ストレスから脅迫観念に囚われているわけではない、と確信してしまった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
RoomNunmber「000」
誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。
そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて……
丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。
二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか?
※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。
※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。
アナグラム
七海美桜
ミステリー
26歳で警視になった一条櫻子は、大阪の曽根崎警察署に新たに設立された「特別心理犯罪課」の課長として警視庁から転属してくる。彼女の目的は、関西に秘かに収監されている犯罪者「桐生蒼馬」に会う為だった。櫻子と蒼馬に隠された秘密、彼の助言により難解な事件を解決する。櫻子を助ける蒼馬の狙いとは?
※この作品はフィクションであり、登場する地名や団体や組織、全て事実とは異なる事をご理解よろしくお願いします。また、犯罪の内容がショッキングな場合があります。セルフレイティングに気を付けて下さい。
イラスト:カリカリ様
背景:由羅様(pixiv)
Springs -ハルタチ-
ささゆき細雪
ミステリー
――恋した少女は、呪われた人殺しの魔女。
ロシアからの帰国子女、上城春咲(かみじょうすざく)は謎めいた眠り姫に恋をした。真夏の学園の裏庭で。
金木犀咲き誇る秋、上城はあのときの少女、鈴代泉観(すずしろいずみ)と邂逅する。だが、彼女は眠り姫ではなく、クラスメイトたちに畏怖されている魔女だった。
ある放課後。上城は豊(ゆたか)という少女から、半年前に起きた転落事故の現場に鈴代が居合わせたことを知る。彼女は人殺しだから関わるなと憎らしげに言われ、上城は余計に鈴代のことが気になってしまう。
そして、鈴代の目の前で、父親の殺人未遂事件が起こる……
――呪いを解くのと、謎を解くのは似ている?
初々しく危うい恋人たちによる謎解きの物語、ここに開幕――!
ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
「鏡像のイデア」 難解な推理小説
葉羽
ミステリー
豪邸に一人暮らしする天才高校生、神藤葉羽(しんどう はね)。幼馴染の望月彩由美との平穏な日常は、一枚の奇妙な鏡によって破られる。鏡に映る自分は、確かに自分自身なのに、どこか異質な存在感を放っていた。やがて葉羽は、鏡像と現実が融合する禁断の現象、「鏡像融合」に巻き込まれていく。時を同じくして街では異形の存在が目撃され、空間に歪みが生じ始める。鏡像、異次元、そして幼馴染の少女。複雑に絡み合う謎を解き明かそうとする葉羽の前に、想像を絶する恐怖が待ち受けていた。
あばたとえくぼの異界怪奇事件帳
戸影絵麻
ミステリー
私アバタこと小幡詩乃は超絶不細工な女子高生。友人のエクボこと久保亜美はその真逆の超可愛い系美少女だ。そんな正反対のふたりだが、共通点がひとつある。それは、この世のウラにはびこる悪辣キモい絶対犯罪者を許さないというその心。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる