Perfume

緒方宗谷

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クリスマスイルミネーション

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 日が暮れたので、2人はホテルを出る事にした。ここは大きなショッピングモールも併設されている。アトラクションのある広場に面した1,2階にある店舗は、ほとんどが飲食店だったから、そこで食べる事にしたのだ。
 「うわぁ!すごい綺麗、こんなに綺麗なクリスマスって初めて」
 「ここは昔から凄いんだよ。
  昔は何百万球もLEDを使って、一時は都内一だって謳っていた時もあったよ」
 「来た事あるの?」
 「若い時にね。
  飾り付けは毎年違うけど、いつもこんなだったな」
 外に出ると、急に冷たい空気にさらされて縮こまったみのるであった。デパートの入り口には小さなクリスマスツリーがかざされていたが、殺風景だった。ガラス張りの店内はクリスマス色一色であるが、レディス商品の陳列なので、全く興味が無い。
 しかし、ショッピングモールの入り口を入らずに脇を抜けると、目の前に光のアーチが見え、急にみのるはウキウキし出した。
 「あそこくぐろうよ」
 みのるは、真一の手を引いて、少し足早に進む。
 「うわっ!何あれ!?あっちに行こう?」
 道が二又にわかれた部分に差し掛かると、左側にウッドデッキのあるカフェがあって、5,6m位のクリスマスツリーが飾られている。モミの木ではないが、花壇に生えている本物の木であったから、みのるにとっては圧巻だ。
 円筒形のカフェの雰囲気も素敵で、ガラス張りの店内のダークグレーの棚や木製家具がオレンジ色の証明に照らされて、本当にサンタクロースがお茶をしているのではないかと思わせる。
 そんな雰囲気に目を奪われたみのるは、更に驚いて真一の手を引いた。奥にはもっと大きなクリスマスツリーが輝いていたのだ。2人は2階部分を歩いているのに、なお見上げなければ頂点が見えないほどの高さだ。
 ショッピングモールの4階部分と同じ高さだろうか。遂にみのるは走って行ってしまった。銀色の手すり越しに1階を見やっては上を見てを繰り返している。
 1階部分は箱庭風になっていて、都会の喧騒は遮断されていた。繰り返し流れるクリスマスソングは車道を走る車の音を完全に打ち消していて、ここがあたかもおとぎの国であるかの様に思わせる。
 2階は吹き抜けになっていて、ドーナツ状の回廊にから、1階のイルミネーションが一望できた。しいて言えば、回廊に面した店の照明が明るすぎて、イルミネーションの美しさが半減している。だが、初めて見る広範囲に施された本格的なイルミネーションに、みのるは大興奮だ。
 みのるは不意に階段を下りて、人ごみの中に行ってしまった。真一は慌てて追いかけると、特別ステージが設けられていて、芸能人がイベントを開いている。尖がり頭の芸人が司会をしているが、メインのアイドルが誰だか分からない。
 「テレビで見た事があるよ。
 沢山いるグループから卒業した人だよ」
 「可愛いな、みのるの好みか?」
 「違うよ、知ってるだけ」
 人ごみを抜けると広いテラスがあって、多くのお客さんが寒い中飾り付けられた花壇を眺めながら、語らっている。みのるは、ここで食事をしたいと思ったが、テーブルは1つも開いていない。
 「あそこに入ろうよ」
 みのるが指さしたほうを見やると、淡い青色の光の海と化した花壇の向こうに、ガラス張りのアメリカンレストランが見える。ステーキやハンバーガーの店ではなく、港町の魚介レストランの様だ。
 外から見ると店内は薄暗く見えるが、中に入ると証明が煌々と照っている。
 「え?明るい?ロウソクの光の中で食べるのかと思った」
 みのるは残念そうだ。
 「さすがに、足元が暗くて危ないだろう?」
 エビ料理が多い。おすすめ料理はロブスターだ。昔はCMもやっているほど人気のある店であったが、失われた10年の間に、あまり店名を聞く機会が無くなっていた。小さい頃は憧れていたものだ。
 店の中は木造で、赤を基調とした南部アメリカらしいデザインだった。浜にある掘立小屋かサーフィンハウスの様な趣きがある。EDMが流れていて、真一の好みに合う。
 ジャンボサイズのステーキやハンバーガーもあるが、メインはシュリンプとフィッシュ&チップス。みのるが初めてなのは当然だが、ここ以外では真一もあまり接する機会が無いジャンルだ。
 料理の殆どは、ジュージューと音を立てる小さな鉄のフライパンで出てきて、とても食欲をそそる。白身魚のフライトエビのケイジャンシュリンプ?は結構スパイシーで、淡白なフィッシュとの調和が絶妙だった。
 付け合せのパンに、フライパンに溜まったガーリックオイルをしみ込ませると、また格別に美味しい。みのるは、別の料理についてきたブルーチーズソースを塗って食べるのを好んだ。陽子と一緒だ。
 タコスの様な味付けのシュリンプフライや塩味のエビのから揚げ、見ると、注文した料理は全てエビ料理だった。どれもレモンの酸味をほんのりと帯びていたから、スパイシーでオイリーな味を飽きさせない。
 真一は、食べた事がありそうで想像可能な料理よりも、普段口にしない味に興味を持つ。みのるにも色々な味を経験させたがったための注文結果だ。しかし、みのるは違う。結局、最後のシメはハンバーガーだった。
 笑顔で今日1日の事を話すみのるには、陽子の面影がある。はにかんで視線を落とす様や、その気持ちを分かち合おうと自分を見上げるところも似ていた。
 初めてこの遊園地に来たのは、15年位前の事だ。大学に進学してすぐに陽子と知り合い、最初の冬にクリスマスイルミネーションを見にやって来たのだ。
 当時はLEDも無かったはずだし、今と比べれば規模は小さい。それでも、1階にある大きなツリーと光のアーチは当時からあって、毎年今日と同じルートでこのエリアに入って、光の世界に感動した。その事は今でも思い出す。
 妻も真一も、2階のカフェへと続く二又をまがった瞬間視界いっぱいに広がるツリーと、その向こうのイルミネーションに感極まったのと同様、みのるも心を震わせてくれた。
 陽子が子供を田舎で育てたいと言ったが、空気のきれいな田舎で子供を育てるのはとても良い事だと思う。ただ、東京にも沢山の良い所が凝縮されている。イルミネーション1つ取って見ても、都内ならすぐに見に行けるところは沢山あるし、小規模で良ければ、町のいたる所で行われている。
 平穏で牧歌的風景を望める我が家での暮らしを、もう十分みのるに経験させてあげられたはずだ。食事が終わってコーヒーを飲みながら、真一はみのるに言った。
 「お母さんがね、みのるが5年生になったら、東京に来ないかって言っているんだ。
  もしよければ、4年の3学期からでもって」
 「なんで?」
 「来年の夏に新しい支店ができるんだって、そこに赴任するらしいよ。
  支店長に抜擢されたって何か月前に言っていたんだけど、これを機にみのるを引き取りたいんだってさ」
 「お父さんは、どう思ってるの?」
 「みのるのしたいようにしたら良いと思うよ。
  ただ、お母さんとの生活も経験したら良いと思うし、東京に住むのも良い経験になると思うよ」
 「僕がいると迷惑?」
 「そんな事ないさ、みのるが望むなら、今のまま一緒に暮らそう」
 「お父さんは望まないの?」
 一瞬息を飲んだ。今までその様に考えた事は無かったが、そう言われた瞬間、真一は聖子の姿が頭に浮かんだ。
 みのるは、真一の瞳の奥に聖子が現れた事に気が付いていた。
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