Perfume

緒方宗谷

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ガラスの壁

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 毎日、太陽の熱光に顔を焼かれて起きる日々が続いていた。3日に1回は学校に行ってはいるものの、ほんの少しだけ、クラスメートとの間にズレが生じていた。
 意識して分かっていたことではないが、1人で過ごすみのると、集団で過ごすみんなとの間に、成長内容の差があるようだ。みんなと違って、みのるは一人遊びを得意とするようになり始めていたし、1人でいることを好んだ。
 協調性に欠けるところがあって、担任は少し心配していた。積極性に欠けるところがあるわけでは無かった。多少自信が無い性格であるが、別に内向的なわけでもない。どちらかと言えばアウトドアな性格で、平日の午後は畑や小山を歩いている。
 学校の時間は警察に捕まるのが怖くて、ずっと家にいてボーとしていた。HDDには沢山のアニメ映画が入っていたし、まだ見ていないものも幾つかあったが、いつでも見られると思うと、今見なくても良いかと思ってしまう。
 ダラダラとお菓子を頬張って、昔行ったヒーローショーのパンフレットを読んだりしては、オリジナルのヒーローを描いて遊んだ。
 昼間の時間は、自分が物音をたてさえしなければ、完全な無音の中にいる。目の前の道路は2車線で交通量はほとんどない。周りの家屋も、ほぼ高齢者が住んでいるから、静かなものだ。マンション自体は若い世帯が中心だが、朝の一時期が過ぎると、夕方まで何も聞こえなかった。
 この世に自分1人しかいないのではないかと錯覚させるような時間帯はとても長く感じたが、ごくまれに聞こえてくる小鳥のさえずりは、その環境下だからこそ、耳の奥に反響して、心の芯まで響く。
 生活に必要な教育を受けていないみのるは、箸が上手く使えなかったから、もっぱら手で食事をとっている。学校では箸を十字にして食べているが、外食はスプーンとフォークしか使わない。
 トイレにしても便座をあげる習慣が無いものだから、便座も床も黄色く黄ばんでいて、アンモニア臭を放っていた。父親は何も言わないし、みのるも特別嫌な気はしなかった。そもそも自分の汚れであるから、嫌悪を抱くことはない。
 真一は、トイレの汚さを問題視していて、今度掃除しなければと思っていたが、その今度は一向に訪れる気配を見せなかった。彼自身が、家で便座に座る機会は無いので、どうしても掃除せざるを得ない状況にも追いつめられることは無く、結局放置されてしまうのだ。
 本来なら、友達や両親と過ごす時間が、1日で最も多いはずの時期に、殆どの時間を1人で過ごしているのだから、1匹狼的な性格が形成され始めるのも無理はない。
 家事をする習慣のない父親に育てられていることが、一番の問題である。子供の頃の真一は、同然家事は母親任せであった。それは高校を卒業するまで続いたが、大学に入って一人暮らしを始めると、仕送りを使って毎日外食で済ませていた。親に買ってもらった冷蔵庫は空っぽのまま、無駄に電力を消費している。調理器具さえも1度も使われることはなかったし、食器も使ったことが無い。
 上京してすぐにできた彼女が部屋を掃除してくれていたから、掃き掃除はおろか、自分のパンツ1枚洗ったことが無い。結婚してからは、家事の全てを共働きの妻にしてもらっていた。
家事をした経験が無いから、それがどれだけ大変かを知る機会もない。洗面台のタオルがいつも白いのは当たり前だし、ゴミ箱が空っぽなのも当たり前だ。タンスやテレビの上に埃が溜まっていないのも当たり前だし、毎日違う料理が食卓に並ぶのも当たり前だった。
 本来なら、離婚して妻の有り難さを痛感するところなのだが、長時間労働に命を削られていた真一に、そう思える心の余裕は微塵もない。思おうとする思考すら無かった。
 親の思考状態は伝播するもので、みのるも真一と同じ様な性格に育っている。ただ、良い面もあった。真一は、大学に入った頃からTVゲームを卒業していて、今日に至るまで、その類の物を買うことはなかったから、みのるも電子の波におぼれる機会はほとんど無い。
 協調性に欠けるとは良く言ったもので、これに欠けている事はとても後ろめたさを感じる。教師側から見れば、制御が容易な子供だけを扱いたいだろう。初めの内は、担任もみのるに親身になっていたが、段々とみのるを疎んじるようになった。
 それほど若くない中堅教師で、既に若かりし頃の理想に燃える様子は、微塵も感じられない。ちょうど理想と現実がぶつかって萎えきってしまっているころだ。
 幸い、クラスにイジメは発生していない。みのる自身も友達と遊ぶことは望んでいたが、授業中に静かに席についていることが出来ないのか、いつもソワソワしている。
 以前は、担任が自宅を訪れて真一と話をしていたから、みのるも学校に行かないのはまずいと思っていた。休んだ日に電話を入れるだけになって久しいが、その電話も伝言をする伝に入れる事すら無くなっている。
 子供は、結構そういう変化を敏感に感じ取るものだ。担任の変貌ぶりに驚きもしないのは、大人である真一よりも早い段階から、徐々に変化していく様子を感じていたからだろう。
 そんな生活であるにもかかわらず、現在の所はそれほど成績は悪くない。真一がドリルを買い与えていたので、最低限の学力はそれで確保されていた。勉強は特別好きではないが、TVゲームがあるわけでもないし、することが無くなると、最終的にそれらを開く。
 みのるは、真一が褒めてくれるのが一番喜ばしいこととしていた。真一が褒めてくれる近道は、ドリルで良い点を取ることだ。だが、勉強を強要することは無い。
 真一もそれほど学校に行っていた方ではなかった。登校拒否をしていたわけではないが、とても朝が弱く、起きると大抵11時頃だったから、行かない事が度々あったのだ。それでも80年代後半の児童数は今とは比べ物にならないほど多く、毎日友達と外で遊んでいた。
 登校はしなかったくせに、放課後は校庭に来て遊んでいる事もある。親は何も言わなかったし、担任も何も言わなかった。担任は、一緒になって遊んでいたくらいだ。
 当時は、世界的に大ヒットした日本のゲーム機が全盛期を迎えていた。真一ももれることなくゲームにはまっていく。徹夜で遊んでいた事が、朝寝坊に拍車をかけていた。ただ、ゲーム熱は数年しか続かず、小学校高学年になると、エアガンを用いた銃戦に傾倒していく。
 ゲームは友達が集まるまでの時間つぶし程度にしか用いられなくなった。もともとキャンプや釣りが好きな少年であり、千葉や伊豆に旅行に行くと、いつも釣具店でレンタル釣竿を借りて、釣りをさせてもらっていた。
 もちろん学校の勉強も大事であることは、真一も重々理解している。だが、真一自身は、大学も含めて、遊びから得た経験ほど人生の役に立っていることが無かったから、みのるに与える親としての愛情は、遊びに尽くされていた。
学校に行くことは強要しないが、外食と旅行は強引に連れて行く。その教育方針のお陰で、心の内と外のバランスがとれていた。




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