Kaddish

緒方宗谷

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妻の誕生日 

17ー3

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 段々と物資が品薄になってきてはいるが、この町は平和なものであった。小さな長方形が綴りとなった配給チケットがあったから、とりあえずの日用品は手に入っている。
 普段意識しないが、国の存在とは有り難い物だ。私の持つ旅券を通して、大日本帝国政府が外国に対して日本国民の身の安全と財産の保護を要請している。日本という国があるからこそ、私は不自由なくドイツで生活をすることが出来ているのだ。
 ドイツに住む日本人は多くなかったから、田舎町に住む私のもとにも、日本大使館から様子を確認する手紙が届く事がある。大使館がドイツに要請していたかは定かでないが、私への配給は十分あった。
 妻が、訪独時に夫である私の事をちゃんと手続してくれていたし、ベルリンを立つ前にも、ちゃんと転居を申請してくれていたおかげだ。
 少なからず、この地域に駐屯する陸軍へ缶詰を供給していたわけだから、食材は沢山あって、食べるものには困らない。農家との付き合いもあるので、嗜好品的な意味合いの強い甘酸っぱい果物も手に入っていた。
 比較的平穏な日々だ。日本にいた時の様に、仲睦まじく過ごせる生活が再会できている。
 「ねえあなた、もし、このまま戦争が終わってくれたら、どんなに良いでしょうね。
  誰も春人の事を疑わないし、どこか差別されない所に支店を作って転居できれば、閉じ込めておかなくても済むもの」
 「ハルトは頭が良いな。あれなら、どこに行ってもやって行けるだろうから、学校に行けなくても、年相応の勉強は続けてやろう」
 「通信教育では足りないかしら? 家庭教師をつけてみる? でも危険よね、わたしも一緒にお勉強をしなければ、いつか教えられなくなっちゃうわ」
 楽しそうに我が子の成長を語る妻は、眠りにつくまでのひと時をとても大事にしていた。特にはるとの話をする時は、声を弾ませる。
 4階には寝室が3部屋あるが、妻は自分の1部屋を使わなかった。長い事空き室のままにしていたが、はるとに買い与えた童話や勉強道具が溜まっていくと、その部屋を勉強部屋として使うようになっていった。
 「わたし、ドイツがこのまま差別を続けるのであれば、祖国であっても捨てて良いと思っているのよ。
  どこか、一番春人のためになる国に行って生活したいの。幸助さんはどう思う?」
 「もちろん君と同じ意見さ。日本に帰っても良いし、もし日本の両親がはるとを受け入れないのであれば、私も祖国を捨てても良いと思っているよ」
 ささやかではあるが、生まれた故郷を捨てても守りたいものがあるというのは、とても幸せな事であった。
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