Kaddish

緒方宗谷

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町の空き家と家庭の味

16ー4

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 妻は、一日中家にいるハルトを退屈させまい、と色々な工夫をしていた。その中の1つに毎日の食事がある。
 毎日の食事に出すパンは、近所のパン屋さんで買ってきたディンケル小麦の全粒粉のトーストブロートが多い。いわゆるドイツ食パンだ。彼女の実家で食べるパンは、食パンでない小型丸パンのプレートヒェンの方が多かったが、日本で買って食べていたパンは、白い食パンが多かったので影響している。
 日本にいた時、妻が自分でパンを焼くのは家族の誕生日かクリスマスの時のみだった。それが、この町に引っ越してきて半年もすると、自分でパンを焼くようになった。木の実やドライフルーツを使った華やかで可愛らしいパンが多い。
 もともと、ぎっちり詰まった硬いドイツパンを好んで食べる彼女であったが、ハルトの目を楽しませるために形で遊んで作った。
 おやつにはフィルコーンクラッカーの他、アーモンドクッキーや胡桃せんべいを作り、たまに羊かんの様な物も作る。日本のお菓子ではせんべいと羊羹が好きだったからだろう。
 ハルトは、甘くしっとりと仕上げたチーズビスケットを好んで食べていたが、妻の作る味は、本物からだいぶかけ離れている。中にジャムが入っていて、どことなく洋風和菓子を連想させる味だ。
 私達の体を考えてか、大抵は全粒粉を使ったパンが多い。白い小麦を使うのは、誕生日とクリスマスだけだ。
 特に降臨祭には力を入れていた。
 クリスマスの4週間前から始まる降臨祭には、アドベントまで再現していた。リース状の台の上に、4本の蝋燭を飾って、まず1本に火を灯し、週末ごとに火を灯す蝋燭を増やしていく。そしてクリスマスを迎えるのだ。
 その期間中、メラは特製のお菓子を沢山用意していた。日本で生活していた時でさえ、ドイツの年末行事と日本の年末情事を両立させていて、妻は家族のために美味しいお菓子を作った。1番人気は、彼女自慢のシュトーレンだ。
 母親伝来のシュトーレンは、ラム酒に着けたドライフルーツと荒く砕いたアーモンドをふんだんに詰め込んだ具沢山なクリスマスパン。結婚前から毎年作ってくれる定番の味で、その甘くて優しい味は、食べた次の日から来年が待ち待ち遠しくなる味で、年々腕をあげているように思える。
 ただ、年を追うごとに変化して、いつの間にメラオリジナル。本来、ドイツの実家で作るシュトーレンは、我が家のものほど具沢山ではないのだが、具が多いのは子沢山と繁栄を象徴する、と日本の母が喜んだため、ゲンを担いで今の姿となった。
 真っ白な産着を着たイエス・キリストを表現した姿は清く穢れのない姿をしていて、キリスト教徒でない私でも心が洗われる気持ちになる。
 ドイツと日本のお菓子文化を持つ妻は、和洋折衷の創作パンを毎日焼いて、ハルトを楽しませていた。
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