Kaddish

指導者と従者の人生を分けるもの

１３ー２

　うつけと呼ばれた時代の信長は、自らが捕まえた魚や鳥、柿などを民に分けてあげたり、とても親しみやすい子供であったらしい。両親や家臣にはうつけ扱いされて、認めてもらえなかったらしいが。
　あまり、差別意識もなかったのだろうか。ポルトガル人が連れていた黒人奴隷を初めて見た時、世の中の黒人がいる事を知る由もなかった信長は、肌に色を塗っているのではないかと疑い、水で流して手拭いで擦らせたらしい。
　普通の武将ならそれで終わらせてしまうのだろうが、彼は違かった。弥助と名付けて家臣に加えてしまったのだ。もちろん奴隷としてではない。同じ和服を着せて帯刀も許していた。
　日本人に差別意識が無いわけではない。ただ、周りに日本民族しかいないから、人種差別を知らなかっただけだろ。明治以前に日本を訪れる外国人はとても少なかった。安土桃山時代は宣教師位だ。それ以外では、南方で嵐にあって難破した貿易船が日本に漂着するくらいだろう。
　ただの想像にしか過ぎないが、当時の日本人が外国人と接する機会など、この程度しかないはずだ。
　平安時代にも貿易が盛んに行われた時代はある。平家の時代の博多は外国の情緒が溢れていただろうし、室町時代の初めも、遠く中東の商人が日本を訪れていた記録もある。
　蒸気船が無い時代、日本人にとって世界の全ては、天竺と中華と日の本しかない時代に、信長は地球儀を見せられて、即座に世界が丸いことを理解したらしい。とても聡明だったのだ。
　凡人には、天才が理解できずに馬鹿者にしか見えない。だからと言って、天才が特別な人であるはずがない。戦国の世に翻弄されて、信長も精神的に耐えられなかったのだろう。もし、戦国の世でなかったとしたら、彼はどの様な人格だったのだろうか。
　少なくとも、長政に裏切られなかったとしたら、人格が急変しなかったかもしれない。彼はどの様な日の本を作ったのだろうか。
　光秀は、本能寺の変で捕えられた弥助に対して、「人ではないから放っておけ」と言った。信長は佐助を差別せずに、家臣として本能寺にも同行させた。人の心は、簡単に弱くも脆くもなってしまうのだろう。
　第一次欧州大戦でドイツは負けたが、もし、ベルサイユ条約で背負いきれない債務を負わされてなかったとしたら、ドイツ人はどの様な人物を選挙で選んだのだろうか。少なくとも、ヒトラー総統は誕生していないはずだ。
　彼は貧しい田舎の生まれで、地位の低い兵士として従軍していたに過ぎない。恐ろしいまでに膨張した愛国心が暴走してしまったかの様な治世を敷くまでには、変質する事は無かっただろう。
　ただの一般人として一生を終えるか、もし政治を目指して同じような主張をしたとしても、ドイツ人が曇りのない眼で彼を見た時に、アドルフ・ヒトラーを選挙で選ぼうなどとは思わなかったに違いない。