Kaddish

指導者と従者の人生を分けるもの

１３ー１

　光秀が活躍した当時の日本は１００年続く内乱の末期だ。群雄割拠する日の本の国々を力のある者が切り取り、勢力を伸ばして天下を統一しようとする時代だった。
　天下人織田信長は、本能寺の変で死んだ。家臣の明智光秀に打ち取られてしまったのだ。
　光秀は、マムシと恐れられた斉藤道三の家臣であったが、道三の子が謀反を起こすと、彼は道三側についた。謀反が成功したことによって、祖国美濃の国を出て紆余曲折を経て将軍に仕え、後に織田信長に仕える事になる。
　信長の正室が美濃の濃姫であり親戚関係あったが、それを勘定しても、光秀は実力で出世街道を進んで行く。
　初めは信長に重宝された光秀であったが、何がきっかけであったのか、次第に疎んじられるようになったのか、日に日に扱いがひどくなっていった。
　信長は、四方に軍団を繰り出しており、羽柴秀吉、柴田勝家など各方面軍が、上杉軍などと対峙していて、当然光秀軍も戦に出ている。
　だが、他の方面軍と違って、一か所に留まって戦うことが許されなかった。光秀は転戦に次ぐ転戦を余儀なくされ、挙句の果てはライバルの秀吉への援軍で、中国地方に行かされる始末だった。
　彼が謀反を企てたのは諸説あって、信長からの非道な仕打ちに耐えかねたとか、朝廷の陰謀だとか言われている。長曽我部と親戚関係にあったから、四国討伐を計画していた信長から、長曽我部を守ろうとしたとの説もある。
　また、他の説によると、ある時光秀は、信長から今後の日の本のあり方について問われた。この時、信長は、関白か太政大臣か征夷大将軍の官位で好きな地位を選んで良い、と朝廷から打診されていた。
　信長からその話を聞かされた光秀は、織田家は平家の流れを組むお家柄だから、当然関白になるべきだと答えた。将軍職に就くのは源氏であって、平家が就いた前例がないからだ。
　しかしその時の信長は、光秀が予想だにしなったとても恐ろしい発言をした。自らが天皇に取って代わろうとしたのだ。伝え聞くところによると、安土城には、天子様をお迎えするお部屋があったらしいのだが、そのお部屋は信長の寝室よりも下の階だったらしい。
　昭和に入った今の時代でも、北に頭は向けてはいけないとか、神棚や仏壇に足を向けて眠れないとか言われているのに、安土桃山時代に天皇を足の下に寝泊まりさせる事など許されるはずがない。
　もともと宮中や幕府を敬う性質の持ち主であった光秀にとって、信長の所業は許されるものではなかった。
　朝倉攻めで義理の弟である浅井長政に裏切られて以降、彼の気は振れてしまった、と後世では語られている。妹のお一の方を嫁がせた義弟の頭がい骨に金箔を貼りつけた。更には頭頂部を切って作った杯に酒を注いで飲んだというのだから、常軌を逸している。
　それ以降の信長は、破竹の勢いで天下人への階段を上って行く。長らく続いた戦乱を治めるには、鬼にもならなければならなかったのだろう。当時日本を訪れていた宣教師の日記によると、信長は自らが神になろうとしていたらしい。
　完成の目前まで行った彼の夢見る天下は、遂になる事は無かった。