Kaddish

緒方宗谷

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出発

8ー2

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 銃声が鳴り響くたびに、ハルトはビクッとした。大人達は動揺を見せまいと黙って冷静である事を装い、黙々と朝食を口にする。
 市民がゲットーや収容所に近づく事は出来ないから、どの様な生活を強いられているかは分からない。
 強制収容された人々の多くは突然室内に押し入られ、怒鳴り散らされながら外に連れ出されて連行されていく。外に並べられた彼らは、隊列を組んで連れて行かれた。稀に走って逃げようとする者もいたが、SSは容赦なく彼らを撃ち殺した。
 私達は、いつもと変わらない日常を過ごしている様に装うため、義父は駅まで見送る事はせずに部屋で別れて職場へと向かう。
 義父は、苦難を見通しながらも希望ある眼差しを私に向けた。
 「達者で暮らすんだぞ。手紙は時々で良いが、くれぐれも内容には気を付けるんだ。検閲されるかもしれないからね。
  当分この戦争は続くだろうが、アメリカが参戦さえすれば、必ずこの国は負けるだろうから、それまでの辛抱だ」
 しっかりと私の手を取った義父は、深く情のこもった口調で私に語りかけてくれた。
 「お義父さん、貴方が私の義父であって、今日ほど良かったと思ったことはありません。
  お義父さんとお義母さんのお陰で、メラの様な本当に良い女性に巡り合えることが出来ました。
  今日、このような使命を帯びて旅立てることを神に感謝しなければなりませんね。
  もし、この天使が現れなかったら、私は悲痛に打ちひしがれて、ここで死んでいたかもしれません。
  少なくとも、私はハルトのために生きていけるのですから」
 ハルトの髪に触れて、私はそう言った。本心からだったが、まだ言葉通りの心境ではない。いつか本当のハルトの死を長い年月をかけて受け入れきれた時に、今日この日を思い返して、そう思うのだろう、と確信して言った言葉だ。


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