Kaddish

緒方宗谷

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田舎への逃避

7ー2

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 義父は、落ち着きを取り戻していた。ゆっくりと鼻で呼吸しながら視線を落として私の話を聞いていたが、聞き終わると視線をあげて、瞳の奥の我が決意を見ようとした。
 妻が口を開いて、優しく説得を続ける。
 「お父さん、この子を引き渡したりしないでしょう? いつも言っていたじゃない、今のドイツは間違っているって。
  この子達の親達は無理やり連れて行かれて、どのような目に遭うと思う? 集められて、どこかで暮らしているって言う人もいるけど、そうじゃないわ。
  だってそうでしょう? 親衛隊は、何の躊躇もなく人間を射殺しているのよ? 彼らが、連れ去った人々を生かしておくなんて思えないでしょう?
  お父さんだったら、お父さんがわたし達の立場だったらどうしする? わたしには分かるわきっと、この子を助けてあげようとするはずよ、お母さんと一緒にね」
 「もちろんだとも。そうだ、食って掛かってしまって、すまなかったね、コウスケ・・・」
 一瞬の沈黙を埋めようと、ずっと義父の傍らで彼の背に手を添えて話を聞いていた義母が、少し狼狽えた様子で話し始めた。
 「でも、どうしてこの子をハルトだと、みんなが信じてくれるのかしら。
  すぐにばれてしまうわ。お医者様もご近所の方も、この子の顔を知っているのですから」
 私も妻もそこまで考えていなかったから、絶句するしかない。そうだ。知っている人がみれば、簡単に見破られてしまう。
 「それは、大丈夫だ。以前から、私は田舎へ行けと言っていただろう? ハルトの顔を知らない支店に行けば良いんだ。
  顔は明らかにドイツ人ではないが、日本人とのハーフなのだから、このような顔つきでもおかしくないだろう。
  元来、1日中ベッドで寝ていたのだから、学校にも行っていないし、担任ですら顔を知らない。
  田舎に行ってしまえば、隠し通せるはずだ」
 義父の言葉は心強い。そうと決まれば、すぐに出発の準備に取りかからなければならない。女2人は、鋭気を養うために夕食の準備に向かった。
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