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大井町② ~通りを染める中縹~
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シンプルなオーニングのファサードデザインながら、黒板に書かれたような軽いタッチのひまわりらしき絵に惹かれて、ドアの前で立ち止まった。
店内にはいると、いきなり焙煎マシーンがあって、ちょっとした驚きを覚える。マッドブラックというか黒鉛色をしたそれは、スレンダーな軽量級ボクサーに似た重厚感だ。
そばには、太めのガラス製リボトルのような瓶が幾つか並んでいて、コーヒー豆が入っている。
時間の流れを緩やかする優しい声の男性店員の案内で、長いカウンターの一番手前の席に腰かけ、メニューを開く。コーヒーだけでも十種類あり、その他の品も豊富にある。
焙煎度、生産国、農園名に加えて、品種までが記載されていて、加えて味の説明までもが、丁寧になされていた。
僕はルワンダを注文して、グラスの水をひとくちすする。
ほぼ満席な上、各々が楽しげにお喋りしているが、入り口に近い隅っこの席であったためたか、あまりうるささを感じさせない。
注文を受けてからの焙煎なのだろうか、しばらくの時を経て運ばれてきたコーヒーは、茶壺のような不思議な湯呑みはに淹れられていて、切り株をスライスしたような木製のソーサーにのっていた。
僕の心を代弁するかのように、となりの席にいた女性が「かわいい」と優しい嬌声をあげてくれる。
チョコレートのように濃厚で深みと奥行きのかある香りに焙煎臭はなく、果物が発酵したような甘味が鼻をくすぐる。
飲み口が括れているせいか、清流に堆積したとろみのある澱のように香りがこもっていて、口をつける前に、その芳香を存分に楽しめる。
味はすこぶるフルーティーで、カシスのような酸味が、か弱くも鋭く舌にのる。焙煎豆独特の苦味はなく、透き通っていながら、複雑でたくさんの味わいを包容して、夏の避暑地にある畑に囲まれた畦道に佇んで、ぼかしの香りを含む風を胸いっぱいに吸い込んだときのような、懐かしい気持ちが沸き起こってきた。
それから、ハーブの鮮烈さの残り香が口内に吹きだまっているようになって、山の中で、風を遮る木々に囲まれた小さく開けた土の上に芳香を充満させる、香りの立つ葉々の中央にいた日のことを思い出す。
あの日は暑い夏の日だったけれとも、梢の影の下はひんやりとして涼しくて気持ちがよかった。そんな味がするコーヒーだ。
幾重にも織り成す味の共演。少しくぐもった霞のような味が、みんなをまとめているように思える。
とろりと丸みのある舌触りも手伝って、不思議な味がとどまり続ける。
アメリカンチェリーのような薬っぽい独特な甘さに幼少の記憶を覚まされる感があって、懐かしい味。一口目から考えていたが、それが何かは分からない。
初めに何気なく飲んだ水だったが、すこぶるコーヒーにあう。舌に吸い付くような甘味が溢れ、コーヒーの味わいに一花を添える。
冷めるにつれ、ダークチョコレートに似た腐葉土を彷彿とさせる味色が口に広がるようになった。酸味からは鋭さが抜けて、甘味がにじむ。
舌の上に残る後味は、微かに苦味を帯びていて、僕はそこに『珈琲』を見た。
店内にはいると、いきなり焙煎マシーンがあって、ちょっとした驚きを覚える。マッドブラックというか黒鉛色をしたそれは、スレンダーな軽量級ボクサーに似た重厚感だ。
そばには、太めのガラス製リボトルのような瓶が幾つか並んでいて、コーヒー豆が入っている。
時間の流れを緩やかする優しい声の男性店員の案内で、長いカウンターの一番手前の席に腰かけ、メニューを開く。コーヒーだけでも十種類あり、その他の品も豊富にある。
焙煎度、生産国、農園名に加えて、品種までが記載されていて、加えて味の説明までもが、丁寧になされていた。
僕はルワンダを注文して、グラスの水をひとくちすする。
ほぼ満席な上、各々が楽しげにお喋りしているが、入り口に近い隅っこの席であったためたか、あまりうるささを感じさせない。
注文を受けてからの焙煎なのだろうか、しばらくの時を経て運ばれてきたコーヒーは、茶壺のような不思議な湯呑みはに淹れられていて、切り株をスライスしたような木製のソーサーにのっていた。
僕の心を代弁するかのように、となりの席にいた女性が「かわいい」と優しい嬌声をあげてくれる。
チョコレートのように濃厚で深みと奥行きのかある香りに焙煎臭はなく、果物が発酵したような甘味が鼻をくすぐる。
飲み口が括れているせいか、清流に堆積したとろみのある澱のように香りがこもっていて、口をつける前に、その芳香を存分に楽しめる。
味はすこぶるフルーティーで、カシスのような酸味が、か弱くも鋭く舌にのる。焙煎豆独特の苦味はなく、透き通っていながら、複雑でたくさんの味わいを包容して、夏の避暑地にある畑に囲まれた畦道に佇んで、ぼかしの香りを含む風を胸いっぱいに吸い込んだときのような、懐かしい気持ちが沸き起こってきた。
それから、ハーブの鮮烈さの残り香が口内に吹きだまっているようになって、山の中で、風を遮る木々に囲まれた小さく開けた土の上に芳香を充満させる、香りの立つ葉々の中央にいた日のことを思い出す。
あの日は暑い夏の日だったけれとも、梢の影の下はひんやりとして涼しくて気持ちがよかった。そんな味がするコーヒーだ。
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とろりと丸みのある舌触りも手伝って、不思議な味がとどまり続ける。
アメリカンチェリーのような薬っぽい独特な甘さに幼少の記憶を覚まされる感があって、懐かしい味。一口目から考えていたが、それが何かは分からない。
初めに何気なく飲んだ水だったが、すこぶるコーヒーにあう。舌に吸い付くような甘味が溢れ、コーヒーの味わいに一花を添える。
冷めるにつれ、ダークチョコレートに似た腐葉土を彷彿とさせる味色が口に広がるようになった。酸味からは鋭さが抜けて、甘味がにじむ。
舌の上に残る後味は、微かに苦味を帯びていて、僕はそこに『珈琲』を見た。
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