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大井町 ~暖かみのある吊り看板が出迎えて~

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 黒板にチョークで描いたようなコーヒー豆の絵が相眸に飛び込んできて、歩みを早めた。
 よく見ると、黒地に淡い気持ち二色のベージュ。モノクロのツートンカラーに見えた初見とうって変わって、薄色ながら、南米に見るような派手さがある。
 なぜか、控えめに立つ小さな看板のわきを回って、テイクアウト用の小窓を目端に納めつつ、ほんの少し奥ばったポーチの扉を開いて中にはいると、すぐに重厚な造りのカウンターに視線を引かれる。 
 夫婦らしき二人ご切り盛りするお店は、小ながらも綺麗でさっぱりとしていた。茶と緑を基調した内装は、どこか和を感じされる色合い。
 席は、カウンター三席とテーブル四席だけ。お昼時を過ぎていたおかげで、僕を含めて三組しかお客はおらず、BGMのピアノソロが、耳殻の内に木霊する。
 席について最初に出された水は、少し歪みのあるグラスに注がれていた。思わず飲み口を指でなぞってみる。その感触に柔らかみがあって、気持ちがいい。
 注文したのは、本日のストレート。黒電話風の小さなカードスタンドを見ると、ボリビアとある。
 待つ間に見渡した店内は大変シンプルで、雑多とした雰囲気もない。カウンターの内側の棚には、豆の入ったガラス壺とカップが並ぶだけ。
 少しのくつろぎのあと、届いたカップを手に取ると、深みのある焙煎の利いた香りが鼻をくぐる。微かに味噌を想わせる丸みだ。ローストは少し深めであるように感じたが、優しい酸味が舌を覆う。
 クリアな味わいで重くなく。しっかりとした苦味ながらも、儚く味蕾の上に薄らぐ。
 熱が緩まったあとも、香りは飛んでいかず、器の中にとどまり続けているのに、少しばかりの驚きを覚えた。ボリビアの豆を飲む機会はあまりないが、産地の特性だろうか。
 今までも、好みの香りを放つコーヒーは、幾度も飲んできたが、大なり小なりの変化があったと思う。対してこれは、苦味も和らがず、酸味も強まらない。やって来たままの味を保っていた。
 ふと気がつくと、どこかで聴いたことのある音楽が鼓膜を撫でる。映画音楽だろうか。70年代くらいの洋楽で、壮大さを感じる。
 拙作の『FRIENDS』の舞台である荏原、戸越周辺にはよく訪れたが、この辺りはあまり来ない。品川区のイメージといえば、品川駅の先進的な姿と、荏原や戸越ののどかな風景が主だったが、再開発されつつあるこの辺りの活力に満ちた力強さもあることを目の当たりにした。改めて、この区のすごさを知った次第だ。
 しばらくして気がついた。スマホやPCの絵に禁止マークが施されている。タイピングの打音にまでの心配り。湖のほとりのようなしずけさを感じたのは、心配りからだったのだ。
 ちなみに、ボルシチがおすすめらしい。帰りに見た吊り看板は実際カラフルで、二色のカーキ色をしていた。可愛いコーヒー豆の絵なので、よい目印になる。
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