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犬山遊園 ~観光も忘れるレトロモダンなカフェ~
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お寺さんが作り出す景観に誘われて、犬山城から延びる目抜通りそばの横道を行くと、閑静な小道の一角に、たいへん古風な店構えのカフェを見つけた。
二階建てで炭色の和建築。ガラス張りで見通せる店内には、コーヒー豆が盛られた白い小皿が並んでいる。
入り口には、“猫がいることがあるので、すぐに戸を閉めて”とあり、これは入る以外の手はないだろう、と第一感がささやいて、僕は戸口に手を掛けた。
古さがよくこなれた感じの店内に入るとすぐカウンターになっていたのは、幾種類ものコーヒー豆の入った瓶だった。そしてその視線を引き戻すように、飾られた小さなクリスマスツリー。深みがある茶色の木目と薄い黄土色の壁に調和していて、葉の緑色がとても鮮やかだ。
意外にも店内に流れるのはモダンなジャズ。それを聴きながら、入り口のカウンターで本日のコーヒーと三層のチーズケーキを頼む。有名な未来から来たねこ型ロボットのカルタを番号札代わりに渡されで、なんだかとても愉快な気分にさせられる。以外にも僕はまず、それに気持ちが引き込まれた。
二つ並んだレコードプレーヤーの右一台が回っていて、壁に設置された古いスピーカーからフォックストロットの心地いいジャズが流れている。そこでまた心が引き込まれた。
僕は、スピーカーからほどよい距離にあった真ん中の席に腰を掛けて辺りを見渡す。残念ながら猫はいないようで、ちょっとがっかり。
真正面を見ると、壁に沿うようにしてある重厚な作りのカウンターテーブルには、モスグリーンのチェアが五つ並んでいて、本が飾られている。そばによって手に取ると、コーヒーや料理の本の他に、歴史的に有名な作家の本があって、その中の数冊は自分も読んだことがあるもだった。ヘッセに至っては、別の著作であるものの昨日まで読んでいたので、三度心が引き込めれて、思わず席に持ち帰って開いてしまった。
すぐ届いた自家製のチーズケーキは、正方形で少し反った形の白い瓦のようなお皿にのってテーブルに置かれた。
金に縁取られた縦格子模様のある白いカップは印象的な金色の取っ手があり、同じ柄のひまわりのように輝くソーサーにのっていて、湛えた深みのある濃褐色のコーヒーは、僕の意識をどこまでも吸い込んでいく。
ブラジル豆だというこのコーヒーの味はとてもさらりとしていて、飲むと浴びせるように舌に広がり、軽快な苦味が走り抜けたかと思うと、余韻の中にフルーティーな爽やかさが残る。そして、焦がした砂糖を思わせる甘い香りは、仄かにカップに立ち込める程度で主張しない。
チーズケーキはサックリとしたタルト生地を土台にして、濃厚なレアチーズ、控えめな酸味のサワークリームからなるしっとりとした小柄なケーキ。一口口に含むとまずはリズムのよい歯ごたえと共に生地の甘みが広がって、その甘みを抑えるようにチーズの酸味が混ざりあい、ほどよい味にまとまっている。
個人的には、コーヒーとは別々に味わうのがよいと思う。コーヒーのフルーティーさがはかないので、優しく味わってあげた方がいい。チーズケーキの下の層の甘みがなかなかしっかりとしていて、小川のせせらぎにのって流れてきた花の微かな香りのようなフルーティーさをかき消してしまうからだ。
しばらくジャズを聴きながらヘッセを読んでいたが、ふと我に返って外を見る。すると、すでに日没を迎えていた。くつろぎすぎて、どれだけ時間が立っているのか分からないが、もう少しゆっくりしていたい気分だ。すでにラストオーダーの時間を過ぎていたので、名残惜しさを感じつつも、最後の一口を飲む。
マスターに挨拶をして店を後にすると、外は心地の良い肌寒さで、ぬくぬくと弛緩しきった肌を引き締めてくれる。
目抜通りに出てどこまで続く一本の長い道を見やると、とても幻想的な雰囲気に包まれている。ライトアップされた犬山城に向かってのびるその街道には、オレンジ色の街灯によって夜陰に浮かぶ情緒ある家並みがあり、そこを歩く僕は、あたかも不思議の世界に迷い込んだかのようだった。
昼間来る時にカモが泳いでいた、人の手が介在した河原とは別世界の自然の縮図のような川辺から何度もふりかえって見上げる犬山城は、現存する天守の中では最古のもので、日本で唯一民間所有の城であり、当然のごとく国宝。大地震や戦災を乗り越え今に残る戦国の城に、僕は思いを馳せる。
日本一古い天守を守った歴代藩主の偉大さと、廃藩置県、廃城令を経て藩主の手に舞い戻ったいきさつを思い出して、歴史の面白さに改めて感じ入る夜となった。
二階建てで炭色の和建築。ガラス張りで見通せる店内には、コーヒー豆が盛られた白い小皿が並んでいる。
入り口には、“猫がいることがあるので、すぐに戸を閉めて”とあり、これは入る以外の手はないだろう、と第一感がささやいて、僕は戸口に手を掛けた。
古さがよくこなれた感じの店内に入るとすぐカウンターになっていたのは、幾種類ものコーヒー豆の入った瓶だった。そしてその視線を引き戻すように、飾られた小さなクリスマスツリー。深みがある茶色の木目と薄い黄土色の壁に調和していて、葉の緑色がとても鮮やかだ。
意外にも店内に流れるのはモダンなジャズ。それを聴きながら、入り口のカウンターで本日のコーヒーと三層のチーズケーキを頼む。有名な未来から来たねこ型ロボットのカルタを番号札代わりに渡されで、なんだかとても愉快な気分にさせられる。以外にも僕はまず、それに気持ちが引き込まれた。
二つ並んだレコードプレーヤーの右一台が回っていて、壁に設置された古いスピーカーからフォックストロットの心地いいジャズが流れている。そこでまた心が引き込まれた。
僕は、スピーカーからほどよい距離にあった真ん中の席に腰を掛けて辺りを見渡す。残念ながら猫はいないようで、ちょっとがっかり。
真正面を見ると、壁に沿うようにしてある重厚な作りのカウンターテーブルには、モスグリーンのチェアが五つ並んでいて、本が飾られている。そばによって手に取ると、コーヒーや料理の本の他に、歴史的に有名な作家の本があって、その中の数冊は自分も読んだことがあるもだった。ヘッセに至っては、別の著作であるものの昨日まで読んでいたので、三度心が引き込めれて、思わず席に持ち帰って開いてしまった。
すぐ届いた自家製のチーズケーキは、正方形で少し反った形の白い瓦のようなお皿にのってテーブルに置かれた。
金に縁取られた縦格子模様のある白いカップは印象的な金色の取っ手があり、同じ柄のひまわりのように輝くソーサーにのっていて、湛えた深みのある濃褐色のコーヒーは、僕の意識をどこまでも吸い込んでいく。
ブラジル豆だというこのコーヒーの味はとてもさらりとしていて、飲むと浴びせるように舌に広がり、軽快な苦味が走り抜けたかと思うと、余韻の中にフルーティーな爽やかさが残る。そして、焦がした砂糖を思わせる甘い香りは、仄かにカップに立ち込める程度で主張しない。
チーズケーキはサックリとしたタルト生地を土台にして、濃厚なレアチーズ、控えめな酸味のサワークリームからなるしっとりとした小柄なケーキ。一口口に含むとまずはリズムのよい歯ごたえと共に生地の甘みが広がって、その甘みを抑えるようにチーズの酸味が混ざりあい、ほどよい味にまとまっている。
個人的には、コーヒーとは別々に味わうのがよいと思う。コーヒーのフルーティーさがはかないので、優しく味わってあげた方がいい。チーズケーキの下の層の甘みがなかなかしっかりとしていて、小川のせせらぎにのって流れてきた花の微かな香りのようなフルーティーさをかき消してしまうからだ。
しばらくジャズを聴きながらヘッセを読んでいたが、ふと我に返って外を見る。すると、すでに日没を迎えていた。くつろぎすぎて、どれだけ時間が立っているのか分からないが、もう少しゆっくりしていたい気分だ。すでにラストオーダーの時間を過ぎていたので、名残惜しさを感じつつも、最後の一口を飲む。
マスターに挨拶をして店を後にすると、外は心地の良い肌寒さで、ぬくぬくと弛緩しきった肌を引き締めてくれる。
目抜通りに出てどこまで続く一本の長い道を見やると、とても幻想的な雰囲気に包まれている。ライトアップされた犬山城に向かってのびるその街道には、オレンジ色の街灯によって夜陰に浮かぶ情緒ある家並みがあり、そこを歩く僕は、あたかも不思議の世界に迷い込んだかのようだった。
昼間来る時にカモが泳いでいた、人の手が介在した河原とは別世界の自然の縮図のような川辺から何度もふりかえって見上げる犬山城は、現存する天守の中では最古のもので、日本で唯一民間所有の城であり、当然のごとく国宝。大地震や戦災を乗り越え今に残る戦国の城に、僕は思いを馳せる。
日本一古い天守を守った歴代藩主の偉大さと、廃藩置県、廃城令を経て藩主の手に舞い戻ったいきさつを思い出して、歴史の面白さに改めて感じ入る夜となった。
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