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鶯谷 ~珈琲染めのれんがはためく喫茶でモボ気分~

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 空が茜色に滲み始めた頃、通りの角にとてもレトロな日本家屋を発見した。外観は、一見町屋というか小料理屋っぽい。
 昭和初期の建物だろうか。重厚な瓦葺きで、黒染みた茶色の壁、くもりガラスが古き良き時代の雰囲気をまとめあげている。
 今時珍しく、窓にはみんな格子手すりがついていて、つい窓から手すりに寄りかかって風景を眺める自分を想像してしまった。
 入り口を見ると、八角形のガラスがはめ込まれた入り口に白いのれんがかかっている。お店のようだ。
 中を覗くと、レジカウンターがあって、レンガ貼り厨房が見える。岩石模様のガラス窓が並ぶ壁に沿って、四人席が四つ並んでいた。
 テーブル席と座敷があると、大型で肉食ながらもスマートさを感じさせる狼種らしい風貌の男性に言われて、一番奥のテーブル席を選ぶ。面白いことに、何故か二人がけの木のベンチがついていた。
 席自体は、レザーかフェイクが貼られた柔らかい椅子だったのだから不思議な感じがする。違和感はないものの、一瞬ギョッとした。だがそれが、妙に生活の痕跡を残しているように思えて、やられた、と笑む。
 朝ごはんを食べて以来、陽が傾くまでなにも食べていなかった僕は、席についてすぐにコーヒーと共にハヤシライス、そして本日のケーキを頼んだ。
「オムハヤシにもできますよ」と、可愛らしい店員さんから聞いて、僕は迷わずそれにした。
 窓はくもりガラスだったから外は見えないが、通りに面しているので、たぶん殺風景だろうと思い、開けてみたりはしなかった。
 ここいら辺はお寺さんが多いし、このカフェ以外にも、雰囲気のあるお店が散見されるから、窓の外の風景が少し残念に思えてならない。
 だが、そんな喧騒も、窓一枚隔てて入ってはこれまい。それほどまでに店内の空気は調和していた。
 最初に出てきたコーヒーに口をつける。すする前から吸い込む空気がすでにフルーティーだ。
 焙煎が浅いのか苦味はほとんど感じられないながらも、レモンティーに似たすっきりと優しい酸味が口いっぱいに広がる。
 付け合わせにサラダとスープ。縁が緑色の唐風というか土佐風の小鉢に入ったサラダには、焼いたニンジンとさつまいもがのっていて、目にも鮮やか。スープは酸味のあるハーブ風味のオニオンスープで、茶色に縁取られて薄く深緑に塗られた、そばつゆでも入っていそうな入れ物に入っていた。こちらは随分と淡然としている。
 オムハヤシは、ベロ藍色でたくさん“の”の字が書かれて、つむじ風が集まったような模様となった深い丸皿に盛られている。
 うどん屋か蕎麦屋に入ったのかと見まがう食器に、なんとも面白い組み合わせだと、頬がほころぶ。
 強いて言えば、コーヒーカップは、どこにでもありそうな肉厚の白いカップで、ケーキのお皿は、ベンガラ色に太く縁取られた丸皿だったから、これらもレトロな食器で揃えてあったなら、なお面白かったように思う。
 それでも、自家製さつまいものタルトを食しているうちに、だんだんと白いコーヒーカップとベンガラ色のケーキ皿の組み合わせが、とてもモダンに思えてきた。そして、オムハヤシライスの皿がかたされて、一層そう思えた。
 さつまいものタルトは甘さが控えめ。固く詰まったタルトは甘いのだけれど、何層にも重ねられたおいも自体はさっぱりとした味で、タルトの甘味を抑えている。
 たっぷりと盛られた生クリームも甘くはない。それでいて、濃厚なミルクの脂肪分の甘味がとても良く味わえた。
 それにしても、ここのコーヒーは大当たりだ。とてもフルーティーで透き通っていて、紅茶のように口当たりが柔らかくて良い。思わず、おかわりを頼んだ。
 一口ずつすすりながら天井を見やると、オレンジ色のはだか電球が一列並んでいた。とても濃いオレンジ色で空気が染まっている。よく見ると、内部が渦巻き状だったり、U字状だったりと一つ一つ違うようだ。
 モダンな雰囲気は、この電球の賜物だろうか。店は昭和チックに思えるのに、雰囲気は大正モダンといったところ。厨房と店内を隔てるカウンターはとても今風なのに、雰囲気がバラバラにならない。幾つか湧いたオマージュがモダンレトロとして調和していた。
 気がつかなければ、全く気がつかないかもしれない微細な差異だったが、微睡んでしまいそうなゆったりとした時間の流れの中で、コーヒーの仄かな酸味が妙に頭を冴えさせ、店内の造形に目を見張らせる。
 最後の一口をのみ終えて、思い出作りにベンチに座ってみた。
 固くひんやりとしていて、何故か心地よい。でもしかし、テーブルと高さが合わなかったのが、ちょっと可笑しい。
 余談になるが、背が高い人は、お店を出る時要注意だ。出入口の鴨居が低いので、頭をぶつける。入る時はぶつけないのに、なんとも不思議。
 お店の優しさからなのか、鴨居には何かクッション材がついていて、上手くいけば、ぶつけたことに気がつかれない。
 ぶつけた僕は、恥ずかしいやら可笑しいやらで、入り口を二度見した挙げ句、思わず鴨居を触って確かめて、お店の優しさにありがとう、と感謝した。
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