4 / 19
鶯谷 ~珈琲染めのれんがはためく喫茶でモボ気分~
しおりを挟む
空が茜色に滲み始めた頃、通りの角にとてもレトロな日本家屋を発見した。外観は、一見町屋というか小料理屋っぽい。
昭和初期の建物だろうか。重厚な瓦葺きで、黒染みた茶色の壁、くもりガラスが古き良き時代の雰囲気をまとめあげている。
今時珍しく、窓にはみんな格子手すりがついていて、つい窓から手すりに寄りかかって風景を眺める自分を想像してしまった。
入り口を見ると、八角形のガラスがはめ込まれた入り口に白いのれんがかかっている。お店のようだ。
中を覗くと、レジカウンターがあって、レンガ貼り厨房が見える。岩石模様のガラス窓が並ぶ壁に沿って、四人席が四つ並んでいた。
テーブル席と座敷があると、大型で肉食ながらもスマートさを感じさせる狼種らしい風貌の男性に言われて、一番奥のテーブル席を選ぶ。面白いことに、何故か二人がけの木のベンチがついていた。
席自体は、レザーかフェイクが貼られた柔らかい椅子だったのだから不思議な感じがする。違和感はないものの、一瞬ギョッとした。だがそれが、妙に生活の痕跡を残しているように思えて、やられた、と笑む。
朝ごはんを食べて以来、陽が傾くまでなにも食べていなかった僕は、席についてすぐにコーヒーと共にハヤシライス、そして本日のケーキを頼んだ。
「オムハヤシにもできますよ」と、可愛らしい店員さんから聞いて、僕は迷わずそれにした。
窓はくもりガラスだったから外は見えないが、通りに面しているので、たぶん殺風景だろうと思い、開けてみたりはしなかった。
ここいら辺はお寺さんが多いし、このカフェ以外にも、雰囲気のあるお店が散見されるから、窓の外の風景が少し残念に思えてならない。
だが、そんな喧騒も、窓一枚隔てて入ってはこれまい。それほどまでに店内の空気は調和していた。
最初に出てきたコーヒーに口をつける。すする前から吸い込む空気がすでにフルーティーだ。
焙煎が浅いのか苦味はほとんど感じられないながらも、レモンティーに似たすっきりと優しい酸味が口いっぱいに広がる。
付け合わせにサラダとスープ。縁が緑色の唐風というか土佐風の小鉢に入ったサラダには、焼いたニンジンとさつまいもがのっていて、目にも鮮やか。スープは酸味のあるハーブ風味のオニオンスープで、茶色に縁取られて薄く深緑に塗られた、そばつゆでも入っていそうな入れ物に入っていた。こちらは随分と淡然としている。
オムハヤシは、ベロ藍色でたくさん“の”の字が書かれて、つむじ風が集まったような模様となった深い丸皿に盛られている。
うどん屋か蕎麦屋に入ったのかと見まがう食器に、なんとも面白い組み合わせだと、頬がほころぶ。
強いて言えば、コーヒーカップは、どこにでもありそうな肉厚の白いカップで、ケーキのお皿は、ベンガラ色に太く縁取られた丸皿だったから、これらもレトロな食器で揃えてあったなら、なお面白かったように思う。
それでも、自家製さつまいものタルトを食しているうちに、だんだんと白いコーヒーカップとベンガラ色のケーキ皿の組み合わせが、とてもモダンに思えてきた。そして、オムハヤシライスの皿がかたされて、一層そう思えた。
さつまいものタルトは甘さが控えめ。固く詰まったタルトは甘いのだけれど、何層にも重ねられたおいも自体はさっぱりとした味で、タルトの甘味を抑えている。
たっぷりと盛られた生クリームも甘くはない。それでいて、濃厚なミルクの脂肪分の甘味がとても良く味わえた。
それにしても、ここのコーヒーは大当たりだ。とてもフルーティーで透き通っていて、紅茶のように口当たりが柔らかくて良い。思わず、おかわりを頼んだ。
一口ずつすすりながら天井を見やると、オレンジ色のはだか電球が一列並んでいた。とても濃いオレンジ色で空気が染まっている。よく見ると、内部が渦巻き状だったり、U字状だったりと一つ一つ違うようだ。
モダンな雰囲気は、この電球の賜物だろうか。店は昭和チックに思えるのに、雰囲気は大正モダンといったところ。厨房と店内を隔てるカウンターはとても今風なのに、雰囲気がバラバラにならない。幾つか湧いたオマージュがモダンレトロとして調和していた。
気がつかなければ、全く気がつかないかもしれない微細な差異だったが、微睡んでしまいそうなゆったりとした時間の流れの中で、コーヒーの仄かな酸味が妙に頭を冴えさせ、店内の造形に目を見張らせる。
最後の一口をのみ終えて、思い出作りにベンチに座ってみた。
固くひんやりとしていて、何故か心地よい。でもしかし、テーブルと高さが合わなかったのが、ちょっと可笑しい。
余談になるが、背が高い人は、お店を出る時要注意だ。出入口の鴨居が低いので、頭をぶつける。入る時はぶつけないのに、なんとも不思議。
お店の優しさからなのか、鴨居には何かクッション材がついていて、上手くいけば、ぶつけたことに気がつかれない。
ぶつけた僕は、恥ずかしいやら可笑しいやらで、入り口を二度見した挙げ句、思わず鴨居を触って確かめて、お店の優しさにありがとう、と感謝した。
昭和初期の建物だろうか。重厚な瓦葺きで、黒染みた茶色の壁、くもりガラスが古き良き時代の雰囲気をまとめあげている。
今時珍しく、窓にはみんな格子手すりがついていて、つい窓から手すりに寄りかかって風景を眺める自分を想像してしまった。
入り口を見ると、八角形のガラスがはめ込まれた入り口に白いのれんがかかっている。お店のようだ。
中を覗くと、レジカウンターがあって、レンガ貼り厨房が見える。岩石模様のガラス窓が並ぶ壁に沿って、四人席が四つ並んでいた。
テーブル席と座敷があると、大型で肉食ながらもスマートさを感じさせる狼種らしい風貌の男性に言われて、一番奥のテーブル席を選ぶ。面白いことに、何故か二人がけの木のベンチがついていた。
席自体は、レザーかフェイクが貼られた柔らかい椅子だったのだから不思議な感じがする。違和感はないものの、一瞬ギョッとした。だがそれが、妙に生活の痕跡を残しているように思えて、やられた、と笑む。
朝ごはんを食べて以来、陽が傾くまでなにも食べていなかった僕は、席についてすぐにコーヒーと共にハヤシライス、そして本日のケーキを頼んだ。
「オムハヤシにもできますよ」と、可愛らしい店員さんから聞いて、僕は迷わずそれにした。
窓はくもりガラスだったから外は見えないが、通りに面しているので、たぶん殺風景だろうと思い、開けてみたりはしなかった。
ここいら辺はお寺さんが多いし、このカフェ以外にも、雰囲気のあるお店が散見されるから、窓の外の風景が少し残念に思えてならない。
だが、そんな喧騒も、窓一枚隔てて入ってはこれまい。それほどまでに店内の空気は調和していた。
最初に出てきたコーヒーに口をつける。すする前から吸い込む空気がすでにフルーティーだ。
焙煎が浅いのか苦味はほとんど感じられないながらも、レモンティーに似たすっきりと優しい酸味が口いっぱいに広がる。
付け合わせにサラダとスープ。縁が緑色の唐風というか土佐風の小鉢に入ったサラダには、焼いたニンジンとさつまいもがのっていて、目にも鮮やか。スープは酸味のあるハーブ風味のオニオンスープで、茶色に縁取られて薄く深緑に塗られた、そばつゆでも入っていそうな入れ物に入っていた。こちらは随分と淡然としている。
オムハヤシは、ベロ藍色でたくさん“の”の字が書かれて、つむじ風が集まったような模様となった深い丸皿に盛られている。
うどん屋か蕎麦屋に入ったのかと見まがう食器に、なんとも面白い組み合わせだと、頬がほころぶ。
強いて言えば、コーヒーカップは、どこにでもありそうな肉厚の白いカップで、ケーキのお皿は、ベンガラ色に太く縁取られた丸皿だったから、これらもレトロな食器で揃えてあったなら、なお面白かったように思う。
それでも、自家製さつまいものタルトを食しているうちに、だんだんと白いコーヒーカップとベンガラ色のケーキ皿の組み合わせが、とてもモダンに思えてきた。そして、オムハヤシライスの皿がかたされて、一層そう思えた。
さつまいものタルトは甘さが控えめ。固く詰まったタルトは甘いのだけれど、何層にも重ねられたおいも自体はさっぱりとした味で、タルトの甘味を抑えている。
たっぷりと盛られた生クリームも甘くはない。それでいて、濃厚なミルクの脂肪分の甘味がとても良く味わえた。
それにしても、ここのコーヒーは大当たりだ。とてもフルーティーで透き通っていて、紅茶のように口当たりが柔らかくて良い。思わず、おかわりを頼んだ。
一口ずつすすりながら天井を見やると、オレンジ色のはだか電球が一列並んでいた。とても濃いオレンジ色で空気が染まっている。よく見ると、内部が渦巻き状だったり、U字状だったりと一つ一つ違うようだ。
モダンな雰囲気は、この電球の賜物だろうか。店は昭和チックに思えるのに、雰囲気は大正モダンといったところ。厨房と店内を隔てるカウンターはとても今風なのに、雰囲気がバラバラにならない。幾つか湧いたオマージュがモダンレトロとして調和していた。
気がつかなければ、全く気がつかないかもしれない微細な差異だったが、微睡んでしまいそうなゆったりとした時間の流れの中で、コーヒーの仄かな酸味が妙に頭を冴えさせ、店内の造形に目を見張らせる。
最後の一口をのみ終えて、思い出作りにベンチに座ってみた。
固くひんやりとしていて、何故か心地よい。でもしかし、テーブルと高さが合わなかったのが、ちょっと可笑しい。
余談になるが、背が高い人は、お店を出る時要注意だ。出入口の鴨居が低いので、頭をぶつける。入る時はぶつけないのに、なんとも不思議。
お店の優しさからなのか、鴨居には何かクッション材がついていて、上手くいけば、ぶつけたことに気がつかれない。
ぶつけた僕は、恥ずかしいやら可笑しいやらで、入り口を二度見した挙げ句、思わず鴨居を触って確かめて、お店の優しさにありがとう、と感謝した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
フリー朗読台本
𝐒𝐀𝐘𝐀𝐊𝐀
エッセイ・ノンフィクション
これは、私の心に留まる言葉たち。
この言葉たちを、どうかあなたの声で生かしてあげて。
「誰かの心に残る朗読台本を。」
あなたの朗読が、たくさんの人の心に届きますように☽・:*
この台本は、フリー朗読台本となっております。
商用等、ご自由にお使いください。
Twitter : history_kokolo
アイコン : 牛様
※こちらは有償依頼となります。
無断転載禁止です。
上海滞在日記
saechangman
エッセイ・ノンフィクション
「父の中国への赴任」それは私の人生を大きく変えた、まさにターニングポイントと言える出来事だ。
当時の私は小学6年生、なんの変哲もない大阪の南の方に住んでいる女の子だった。
朝ごはんを食べている時に、父の口から「パパ中国の上海にいくことになってん。」突如告げられた転勤宣言。
当時の私には、転勤の意味や単身赴任の意味も理解できず、ただ「一緒に行く。」と駄々をこねたのを覚えている。
父が赴任して数ヶ月後、家族で父に会いに行く名目で上海へ旅行に行ったのだ。
初めての海外旅行、それはそれは今でも忘れない心躍るものだった。
しかし私は致命的なことを理解していなかったのだ。
それは…
そんな、父の海外赴任から始まった上海での生活をつずった日記のような小説になります。
依存性薬物乱用人生転落砂風奇譚~二次元を胸に抱きながら幽体離脱に励む男が薬物に手を出し依存に陥り断薬を決意するに至るまで~
砂風
エッセイ・ノンフィクション
未だに咳止め薬を手放せない、薬物依存症人間である私ーー砂風(すなかぜ)は、いったいどのような理由で薬物乱用を始めるに至ったのか、どういう経緯でイリーガルドラッグに足を踏み入れたのか、そして、なにがあって断薬を決意し、病院に通うと決めたのか。
その流れを小説のように綴った体験談である。
とはいえ、エッセイの側面も強く、少々癖の強いものとなっているため読みにくいかもしれない。どうか許してほしい。
少しでも多くの方に薬物の真の怖さが伝わるよう祈っている。
※事前知識として、あるていど単語の説明をする章を挟みます。また、書いた期間が空いているため、小説内表記や自称がぶれています。ご容赦いただけると助かります(例/ルナ→瑠奈、僕→私など)。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ブラック企業に就職したら突発性難聴で入院しちゃった話
まる
エッセイ・ノンフィクション
良かったら読んで応援してください。
コメントも募集しております。
盲腸を摘出し、虫垂炎は良くなったけれど
再就職したらそこはブラック企業。
15分休憩の14時間勤務で周りの人が辞めていく中
ストレスで突発性難聴になってしまった
生き辛い一人の人間の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる