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黒磯 ~緑が煌めく静寂の芝生の向こうに佇む墨染め色のカフェ~
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おちついた雰囲気のあるおしゃれな墨染め色の建物が目に止まった。
一見して今風のスタイリッシュな都会の角ログハウスに見える。実際はログ(丸太)ではないのは明らかだし、よく見ると瓦屋根だが。
とても大きな窓がはめられているから、奥のカウンターまで全体が目渡せて、とても明るく開放的な雰囲気だ。ダークグレーの外観に対して店内は白と木目色なのが、またおしゃれ。
気温が上がり始めた九時過ぎ。芝生の柔らかい踏み心地に、アスファルト疲れをおこした足が安らぎを覚える。
道路を隔てて見上げてみた。よく見ると古民家だろうか。二階の窓の意匠が、北欧の角ログの窓枠に似ていたから、一見すると新しい建物に見えた。それに、まわりには大きなお店が無かったからとっても目立つ。
ふと勝手口が目に止まる。パズル模様(歪んだ角丸四角)のくもりガラスが斬新で可愛い。
店内はコンクリート敷きにカウンターとテーブル席。とてもさっぱりとした雰囲気だ。天井を見上げると木組みの天井。所々にほぞ穴があって、縦なり横なりに木材が繋いであったであろう梁が、悠然と腕を伸ばしている。朽ちたように見える切り株から芽吹いた新芽のように生き生きとしたそのさまに、目を奪われずにはいられなかった。現代風の装いに衣を変えながらも、歴史を感じさせる雰囲気だ。
店内はそれほど古民家を想わせないのに、悠然と組まれた梁が、現代の劇場で空気を響かせる和太鼓のような存在感を静かに醸し出していた。それでいて主張はしていない。和と洋がしっくりと調和して、微塵の違和感も心に湧かなかった。
レジのそばには“エチオピア”という手書きのカードが並んでいる。その下のショーケースには、ドレスの裾を翻す朝顔のようなタルトが視線を流している。星影をちりばめたプルシアンブルーの夜空を思わせるその美貌は、一瞬のうちに網膜に焼き付いた。
僕は、グラチネというクロックムッシュとドリップコーヒーを頼んだ。
厚みと温かみがあって、優しげな肌触りのガラスのコップにセルフの水を注ぐ。水の入った鈍く光る銀色の水缶は、カフェの雰囲気にアクセントを加えていた。席に着くなり一口水を口に含むと、とても柔らかみのある舌触り。コップの雰囲気が溶け出したかのような水だ。
しばらくして、楕円の平皿が運ばれてきた。加水率の高い生地で焼かれたもちもちチーズフォカッチャにこれでもかと盛られたチーズは、とろとろな熱の躍動を内包しながらサクッと焦げていた。
グラタン並みにたっぷりと使われたベシャメルソースにキノコと豚肉が入っていて、パセリがかかっているだけのシンプルな料理であるが、僕は魅了されずにはいられなかった。
楕円のドーム状に盛られたグラチネは、悠久の時を経たローマの遺跡の如く、悠然と佇んでいた。見下ろしているはずの僕を、忽然と姿を現して鎮座するコロシアムを見上げている心持ちにさせる。それでいて、チーズやベシャメルソースの優艶さが、あたかも大理石の中から生まれ出た女神像の様にしっとりと滑るようなまばゆい輝きを纏っている。遺跡になってなお永遠の美しさを誇るように。
早速ナイフを入れると、心地の良い軽快なリズムが響き、すぐさま刃の鋭ささえとろかしてしまうほどの柔らかさに包まれる。
切り分けた一つを口に運ぶや否や、僕は意図せずして((めっちゃ美味い))と唇が動く。出さなかった言葉が思わず見開いた瞳から出そうなほどに。
もう一度梁を見上げる。もとは何の建物だったのか、と想いを馳せると楽しくなった。
ふくよかな優しい笑顔を湛えた流線型のマグに淹れられたコーヒーは、草原を吹き抜けるそよ風のような透き通った酸味、振り返ってみると、苦味は木陰で囁くように舌を撫でる。それは仄かな甘味となってまどろんでしまう。コーヒーを一口口に含む度に、宙を舞うような心地に浸れるほどの軽やかさ。
ほんのりと後を追って消えていく苦味には、濃く、ゆかしさがあって、ミディアムジャズの重低音のように体内を響かせる。
黒磯には、さびれから生まれる情緒がある。都会に住んでいると忘れてしまう心の平穏を思い出させてくれる静けさがあった。
本、小物、壺、カモ、店内を彩る何もかも全てにいのちが宿っている。
とても緩やかに流れるときの中、僕は目をつぶった。ガラス越しに背中を包む光のベールが、なにかを優しく語っているようだ。心の豊かさとは、このような静寂のほとりに芽吹くのかもしれない。
芳醇な腐葉土と緑の溶けた森ののどかさを物語る渋く侘びれた枯れ葉のかたつむりが、黒磯の情緒を表しているようで、とても印象的だった。
一見して今風のスタイリッシュな都会の角ログハウスに見える。実際はログ(丸太)ではないのは明らかだし、よく見ると瓦屋根だが。
とても大きな窓がはめられているから、奥のカウンターまで全体が目渡せて、とても明るく開放的な雰囲気だ。ダークグレーの外観に対して店内は白と木目色なのが、またおしゃれ。
気温が上がり始めた九時過ぎ。芝生の柔らかい踏み心地に、アスファルト疲れをおこした足が安らぎを覚える。
道路を隔てて見上げてみた。よく見ると古民家だろうか。二階の窓の意匠が、北欧の角ログの窓枠に似ていたから、一見すると新しい建物に見えた。それに、まわりには大きなお店が無かったからとっても目立つ。
ふと勝手口が目に止まる。パズル模様(歪んだ角丸四角)のくもりガラスが斬新で可愛い。
店内はコンクリート敷きにカウンターとテーブル席。とてもさっぱりとした雰囲気だ。天井を見上げると木組みの天井。所々にほぞ穴があって、縦なり横なりに木材が繋いであったであろう梁が、悠然と腕を伸ばしている。朽ちたように見える切り株から芽吹いた新芽のように生き生きとしたそのさまに、目を奪われずにはいられなかった。現代風の装いに衣を変えながらも、歴史を感じさせる雰囲気だ。
店内はそれほど古民家を想わせないのに、悠然と組まれた梁が、現代の劇場で空気を響かせる和太鼓のような存在感を静かに醸し出していた。それでいて主張はしていない。和と洋がしっくりと調和して、微塵の違和感も心に湧かなかった。
レジのそばには“エチオピア”という手書きのカードが並んでいる。その下のショーケースには、ドレスの裾を翻す朝顔のようなタルトが視線を流している。星影をちりばめたプルシアンブルーの夜空を思わせるその美貌は、一瞬のうちに網膜に焼き付いた。
僕は、グラチネというクロックムッシュとドリップコーヒーを頼んだ。
厚みと温かみがあって、優しげな肌触りのガラスのコップにセルフの水を注ぐ。水の入った鈍く光る銀色の水缶は、カフェの雰囲気にアクセントを加えていた。席に着くなり一口水を口に含むと、とても柔らかみのある舌触り。コップの雰囲気が溶け出したかのような水だ。
しばらくして、楕円の平皿が運ばれてきた。加水率の高い生地で焼かれたもちもちチーズフォカッチャにこれでもかと盛られたチーズは、とろとろな熱の躍動を内包しながらサクッと焦げていた。
グラタン並みにたっぷりと使われたベシャメルソースにキノコと豚肉が入っていて、パセリがかかっているだけのシンプルな料理であるが、僕は魅了されずにはいられなかった。
楕円のドーム状に盛られたグラチネは、悠久の時を経たローマの遺跡の如く、悠然と佇んでいた。見下ろしているはずの僕を、忽然と姿を現して鎮座するコロシアムを見上げている心持ちにさせる。それでいて、チーズやベシャメルソースの優艶さが、あたかも大理石の中から生まれ出た女神像の様にしっとりと滑るようなまばゆい輝きを纏っている。遺跡になってなお永遠の美しさを誇るように。
早速ナイフを入れると、心地の良い軽快なリズムが響き、すぐさま刃の鋭ささえとろかしてしまうほどの柔らかさに包まれる。
切り分けた一つを口に運ぶや否や、僕は意図せずして((めっちゃ美味い))と唇が動く。出さなかった言葉が思わず見開いた瞳から出そうなほどに。
もう一度梁を見上げる。もとは何の建物だったのか、と想いを馳せると楽しくなった。
ふくよかな優しい笑顔を湛えた流線型のマグに淹れられたコーヒーは、草原を吹き抜けるそよ風のような透き通った酸味、振り返ってみると、苦味は木陰で囁くように舌を撫でる。それは仄かな甘味となってまどろんでしまう。コーヒーを一口口に含む度に、宙を舞うような心地に浸れるほどの軽やかさ。
ほんのりと後を追って消えていく苦味には、濃く、ゆかしさがあって、ミディアムジャズの重低音のように体内を響かせる。
黒磯には、さびれから生まれる情緒がある。都会に住んでいると忘れてしまう心の平穏を思い出させてくれる静けさがあった。
本、小物、壺、カモ、店内を彩る何もかも全てにいのちが宿っている。
とても緩やかに流れるときの中、僕は目をつぶった。ガラス越しに背中を包む光のベールが、なにかを優しく語っているようだ。心の豊かさとは、このような静寂のほとりに芽吹くのかもしれない。
芳醇な腐葉土と緑の溶けた森ののどかさを物語る渋く侘びれた枯れ葉のかたつむりが、黒磯の情緒を表しているようで、とても印象的だった。
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