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一年生の三学期
第九十二話 ケーキ屋さん
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角地にあるケーキ屋さんの店内には、多くのお客さんがいて、外にも五人くらいが並んでいる。一階のグリース色をしたファサードには店名は刻まれておらず、シンプルな壁面で、出入り口とその周りはガラス張りだった。
店の様子をうかがいながら、奈緒が唇を口内に巻き込む。
「店名がない」
「あるよ。ドアのガラスと上のほうに」
南に教えられてこの子が顔を上げると、頭を左に向けたアルファベットが下から上に向かって階層を貫くように並んでいる。
続けて奈緒が店の前歩み寄って、少しかがんで足元を見渡す。視線の先には蘭の他、紫色の花々や深紅のバラが飾ってあった。
「お祝いのお花があるってことは開店したばかりだ」
「そうかもね。ちょっと高級そうだよ。やめよう。ケーキならハイソンにも売ってるじゃん。そっちで充分だよ」
南が、あきらめのつかない弱々しい声で、片目しか見えない娘のその気を薙ごうとする。
「いいの、思い出思い出。こんなところに 高 級な ケーキ屋さん なんてないよ、庶民の街だから。ただ単に、雰囲気のいいお店だと思う」
適当な感じでそう答えた奈緒は、ドアに手をかけて少し引いた。だが、足が言うことを聞かず体が邪魔になって、人が入れるほど開けられなない。心愛にドアを支えてもらって二歩下がると、開いたドアからそのまま店内へと入る。
店の中は十畳くらいのスペースがあって、真ん中から赤い帯ロープで左右に仕切られていた。壁は外観と同じグリース色で、床には大理石調の正方形の大きなタイルが敷かれている。
((わたしの行動範囲にはないお店だ))奈緒が心愛の白い頬に薄紅色の唇を近づけて、内緒話ふうに囁いて教える。
「うん、わたしも。なんか銀座のお店みたい。右の棚に焼き菓子があるね、見に行こうよ」
心愛が、六人の男女が集まっている壁際のコーナーを指さす。
「うん」と頷いた奈緒は、多くの客がひしめくそこには目もくれず、真っ先に左のショーケースに並んだケーキの前に立って選び始める。きょとんとした心愛も続いた。
「特…んーんー、ニュー…なんとかチーズケーキ、美味しそう。手で食べられるかな?」
誰も答えてくれない。
店の様子をうかがいながら、奈緒が唇を口内に巻き込む。
「店名がない」
「あるよ。ドアのガラスと上のほうに」
南に教えられてこの子が顔を上げると、頭を左に向けたアルファベットが下から上に向かって階層を貫くように並んでいる。
続けて奈緒が店の前歩み寄って、少しかがんで足元を見渡す。視線の先には蘭の他、紫色の花々や深紅のバラが飾ってあった。
「お祝いのお花があるってことは開店したばかりだ」
「そうかもね。ちょっと高級そうだよ。やめよう。ケーキならハイソンにも売ってるじゃん。そっちで充分だよ」
南が、あきらめのつかない弱々しい声で、片目しか見えない娘のその気を薙ごうとする。
「いいの、思い出思い出。こんなところに 高 級な ケーキ屋さん なんてないよ、庶民の街だから。ただ単に、雰囲気のいいお店だと思う」
適当な感じでそう答えた奈緒は、ドアに手をかけて少し引いた。だが、足が言うことを聞かず体が邪魔になって、人が入れるほど開けられなない。心愛にドアを支えてもらって二歩下がると、開いたドアからそのまま店内へと入る。
店の中は十畳くらいのスペースがあって、真ん中から赤い帯ロープで左右に仕切られていた。壁は外観と同じグリース色で、床には大理石調の正方形の大きなタイルが敷かれている。
((わたしの行動範囲にはないお店だ))奈緒が心愛の白い頬に薄紅色の唇を近づけて、内緒話ふうに囁いて教える。
「うん、わたしも。なんか銀座のお店みたい。右の棚に焼き菓子があるね、見に行こうよ」
心愛が、六人の男女が集まっている壁際のコーナーを指さす。
「うん」と頷いた奈緒は、多くの客がひしめくそこには目もくれず、真っ先に左のショーケースに並んだケーキの前に立って選び始める。きょとんとした心愛も続いた。
「特…んーんー、ニュー…なんとかチーズケーキ、美味しそう。手で食べられるかな?」
誰も答えてくれない。
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