90 / 407
一年生の二学期
🚋
しおりを挟む
静寂が戻った瞬間、杏奈がゆっくりと身を反らしてこの子から上半身を離し、改札のほうを見る。
「……一度帰ろうか。無理して行くのもよくないと思うし」
奈緒が、捨てられた子犬のように、杏奈を見上げる。
「だめだよ」
否定する男子の声に奈緒が視線を向けると、発言者は言葉を詰まらせる。
見かねた様子の杏奈が、務の説得にかかった。
「わたしが送っていくよ、そのまま成瀬さんのうちで今日の勉強教えてあげる。つらい思いを押して学校に行ったんじゃ、本当に学校が嫌いになっちゃうし、なによりトラウマになるかもしれないから」
答えない務に、話を続ける。
「女の子のわたしが寄り添うから、務君は先に行って。そして先生に話しておいて。ね」
彼の返事を待たずに再びこの子に身を寄せて、二人の間に腕で割って入ると、奈緒の肩に手を添える。
だが、務は取り合わない。
「じゃあ、ここにいよう。気が晴れるまで」
そして、隣のベンチに座る。
「わたし行かないよ」奈緒がぽつりと答える。
「うん」
その会話を聞いて腕を引っ込めた杏奈は、二人を交互に見やってから、無言を打破することができないもどかしさを抱えたような表情になり、震える山のように強張ったのちに、観念した様子を見せて務の隣に座った。
しばらく無言が続いてから、務が言った。
「これからは、一緒に登校しよう。DMでその日乗る電車の時間教えあって調整しようよ」
「わたし、スマホ持ってないもん」奈緒が答える。「落っことしたら、あっ あっ、てなって、がたーってなって、あららーて、だから むり。もういい」
「そうなの? じゃあ、家からメールか電話くれればいいよ。北千束の駅で待ってるから」
奈緒が顔を上げた。その顔は、もうぐちゃぐちゃだった。涙と鼻水が混じっていて、肌は制御不能の状態で微震していた。
またも泣きそうになるこの子に、務が言葉を送る。
「僕たちが守っていくよ」
その正面に、取り残されてた一人の女子が、まばたきもせず佇立していた。
「……」
すうっと杏奈の肌からぬくもりが引いていく。それでも表情を崩さずに声を紡ぐ。
「そうだよ。わたしたちが付いているから」
務が頷くと、それを見た彼女が遅れて頷く。
ほどなくして奈緒の視線に微かな光明が差して、「うん」力なくもはっきりと頷きを返す。そして間もなくして、ホームに滑り込んできたカラフルなアルファベットがプリントされた電車を見据えて、怖々と立ち上がった。
「……一度帰ろうか。無理して行くのもよくないと思うし」
奈緒が、捨てられた子犬のように、杏奈を見上げる。
「だめだよ」
否定する男子の声に奈緒が視線を向けると、発言者は言葉を詰まらせる。
見かねた様子の杏奈が、務の説得にかかった。
「わたしが送っていくよ、そのまま成瀬さんのうちで今日の勉強教えてあげる。つらい思いを押して学校に行ったんじゃ、本当に学校が嫌いになっちゃうし、なによりトラウマになるかもしれないから」
答えない務に、話を続ける。
「女の子のわたしが寄り添うから、務君は先に行って。そして先生に話しておいて。ね」
彼の返事を待たずに再びこの子に身を寄せて、二人の間に腕で割って入ると、奈緒の肩に手を添える。
だが、務は取り合わない。
「じゃあ、ここにいよう。気が晴れるまで」
そして、隣のベンチに座る。
「わたし行かないよ」奈緒がぽつりと答える。
「うん」
その会話を聞いて腕を引っ込めた杏奈は、二人を交互に見やってから、無言を打破することができないもどかしさを抱えたような表情になり、震える山のように強張ったのちに、観念した様子を見せて務の隣に座った。
しばらく無言が続いてから、務が言った。
「これからは、一緒に登校しよう。DMでその日乗る電車の時間教えあって調整しようよ」
「わたし、スマホ持ってないもん」奈緒が答える。「落っことしたら、あっ あっ、てなって、がたーってなって、あららーて、だから むり。もういい」
「そうなの? じゃあ、家からメールか電話くれればいいよ。北千束の駅で待ってるから」
奈緒が顔を上げた。その顔は、もうぐちゃぐちゃだった。涙と鼻水が混じっていて、肌は制御不能の状態で微震していた。
またも泣きそうになるこの子に、務が言葉を送る。
「僕たちが守っていくよ」
その正面に、取り残されてた一人の女子が、まばたきもせず佇立していた。
「……」
すうっと杏奈の肌からぬくもりが引いていく。それでも表情を崩さずに声を紡ぐ。
「そうだよ。わたしたちが付いているから」
務が頷くと、それを見た彼女が遅れて頷く。
ほどなくして奈緒の視線に微かな光明が差して、「うん」力なくもはっきりと頷きを返す。そして間もなくして、ホームに滑り込んできたカラフルなアルファベットがプリントされた電車を見据えて、怖々と立ち上がった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由
棚丘えりん
青春
(2022/8/31)アルファポリス・第13回ドリーム小説大賞で優秀賞受賞、読者投票2位。
(2022/7/28)エブリスタ新作セレクション(編集部からオススメ作品をご紹介!)に掲載。
女子短距離界に突如として現れた、孤独な天才スプリンター瑠那。
彼女への大敗を切っ掛けに陸上競技を捨てた陽子。
高校入学により偶然再会した二人を中心に、物語は動き出す。
「一人で走るのは寂しいな」
「本気で走るから。本気で追いかけるからさ。勝負しよう」
孤独な中学時代を過ごし、仲間とリレーを知らない瑠那のため。
そして儚くも美しい瑠那の走りを間近で感じるため。
陽子は挫折を乗り越え、再び心を燃やして走り出す。
待ち受けるのは個性豊かなスプリンターズ(短距離選手達)。
彼女達にもまた『駆ける理由』がある。
想いと想いをスピードの世界でぶつけ合う、女子高生達のリレーを中心とした陸上競技の物語。
陸上部って結構メジャーな部活だし(プロスポーツとしてはマイナーだけど)昔やってたよ~って人も多そうですよね。
それなのに何故! どうして!
陸上部、特に短距離を舞台にした小説はこんなにも少ないんでしょうか!
というか少ないどころじゃなく有名作は『一瞬の風になれ』しかないような状況。
嘘だろ~全国の陸上ファンは何を読めばいいんだ。うわーん。
ということで、書き始めました。
陸上競技って、なかなか結構、面白いんですよ。ということが伝われば嬉しいですね。
表紙は荒野羊仔先生(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/520209117)が描いてくれました。
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
Bグループの少年
櫻井春輝
青春
クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる