FRIENDS

緒方宗谷

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一年生の二学期

🚃

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「大丈夫? 成瀬さん」
 間違いない。務の声だ。奈緒が顔を上げる。だが、どこにいるか分からない様子で目を泳がせる。
 彼が顔を傾けて、「おはよう」と言った。
 ようやく左目の視界に微笑みを捉えることができたのか、奈緒が救われたような安堵の色を示して、息を大きく吸う。
  荏原町駅についてドアが開くと、務の背後にいた濃紺のスーツを着た男が足早に電車を降り、逃げるように去って行く。
「――っ」
 顔を上げて声を発しようとするも、務はそのまま固まって、そそくさと人並みに消えるその男を見送った。奈緒も眉をしかめてその男を見やる。
 ドアが閉まって電車が発車したのち、二人の間に会話はなかった。この子は、受けた行為を反芻するかのように顔を歪めて俯いていたし、務は視線をそらして険しい顔をしていた。
 戸越公園駅について、奈緒は人並みから庇われるようにして電車を降りた。救世主のエスコートでホームに設置された緑のベンチに座る。それと同時に上半身を伏して泣き始めた。
「もうやだ、うちに帰る。学校行きたくない」
 泣き言をいう奈緒に、務は声をかけることなくしゃがんで見つめるばかりだ。
 その後ろを行き交う人並みの間隙を縫うようにして、杏奈が歩み寄って来たが、彼女も黙って見下ろしていた。その視線は、初め奈緒に向けられていたが、しばらくすると務の背中に移った。心なしか色味を失った悲しげな瞳だった。
 務が静かに声をかける。
「しばらくここで休んでいこう」
 奈緒が首を振る。
 ほんの少しの間を置いて、彼が続けた。
「戻るにしても、また満員電車に乗らないといけないから、よした方がいいよ。落ち着くまで僕らもいてあげるから」
「いやだ。もう学校辞める。電車に乗って こんなところまで 来たくない。わ た し やめて く だ さいって言ったのに、身 体障がい者ですって 言ったのに、やめて くれなかった。学こ う でも 毎日いじめられるし、つらい思いして つらい思いするがっこに 行き たく ない。これからだってまいにちやだもん」
 何度か説得を試みた務が困った様子で、まくしたてて慨嘆する奈緒から顔を上げる。視線を送られた杏奈は、それに気がついてこの子に歩み寄り、しゃがんで震える手を取って言った。
「ほんとひどいよね、成瀬さんなにも悪くないのに、こんなつらい目に遭いたくないよね」
 奈緒は添えられた手を握り返したが、顔をあげない。
 ちょっと高めで爽やかな声が、優しく続く。
「学校には行こう。保健室で落ち着くまでお休みすればいいよ。そしたら屋上で一緒にごはん食べようよ。そんな時間までつらいって思わないでくれるでしょ。わたしたち、成瀬さんと一緒に過ごしたいのよ。だって成瀬さんといると楽しいんだもん」
「やだ」奈緒が叫ぶ。「またちかんにあう」
「合わせない」「いやだっ」
 間を置かずして務が叫んだ。だが、奈緒も癇癪を起した子供のように叫び返す。

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