55 / 376
一年生の二学期
第十八話 おやつ
しおりを挟む
奈緒が、体育館を見渡しながら、しみじみと微笑む。
「でもずっと絵を描いてると肩こっちゃう。ここいらへんが かちこちになる」と、肩をもんで眉を八の字に下げた。
春樹も奈緒の視線の先を見やる。
「ああ、俺も。バスケに没頭してると時間忘れて3ポイントの練習とかしてる。ずっとボール掲げて上向いてるから、もう首痛くって痛くって」
それを聞いたこの子が、目を輝かせた。
「戸田さんにお願いすればいいよ」
「誰それ」
「C組の?」
南が訊くと、奈緒が「ううん」と首を振って続けて、「違う。戸田さん」変なものを見るような目で言った。
「どの戸田さん?」
「戸田さん。なんで分からないの。針灸指圧の 戸田さん。わたしはいつもしてもらっているよ。そうしないと 固まってしまうから。ボランティアでしてくれて千円なの」
「ああ、動かないからね。でも健常者は無理でしょ。普通に行ったら、四、五千円はいくよ」
「あらやだ高い」奈緒が眉間にしわを寄せた。
ちょうどその時、野口先生の呼ぶ声がする。
奈緒が、「はーい。待ってくださぁい」と叫んで慌てて立ち上がり、二人に別れを告げる。
軽く背伸びをした春樹が言った。
「じゃあ、俺もバスケに戻るかな」
「うん」とそっけない返事をしてその場を動こうとしない短髪の少女を見やった彼は、しばしそこに留まって、南がプレイしていた卓球台を見やる。
そんな二人に、奈緒は「ばいばい」と手を振って背を向けた。しばらくしてから、スタート位置について手を上げる。
「成瀬いきまあす」
でんぐり返しをしたり、平均台の横を歩いたりして、くるくる回った後、ふらついて野口先生に支えられた。そのままずるずる下がっていって、しりもちをつく。そしてけらけら笑って先生にお礼を言うと、なにやら春樹と話している南のもとに、もう一度加わりに行った。
「なになに、なに話してるの?」
奈緒は、笑い転げそうなさまで訊くが、南は神妙な面持ちを崩さない。
「ねえ、成瀬」と真面目な面持ちで声を発し、「一昨日屋上で、もういじめられていないって言っていたけど、嘘だよね」と訊ねた。
奈緒の顔が強張る。そして艱難辛苦を隠すような無理に作った笑みを浮かべて訊き返した。
「んふ、なんでそう言うの?」
南が答える前に、春樹が口を開く。
「それ、俺も心配してた。なんか妙に空気がよどむって言うか、なんか感じる時あるんだよね。見てると、これと言って何事もないからスルーしてたけど、実際どうなの?」
「どうもないよ」奈緒が困った顔のような笑顔を作る。
「我慢しなくていいんだよ」
南が奈緒の顔をのぞき込むと、この子は首を傾げて答えた。
「でもずっと絵を描いてると肩こっちゃう。ここいらへんが かちこちになる」と、肩をもんで眉を八の字に下げた。
春樹も奈緒の視線の先を見やる。
「ああ、俺も。バスケに没頭してると時間忘れて3ポイントの練習とかしてる。ずっとボール掲げて上向いてるから、もう首痛くって痛くって」
それを聞いたこの子が、目を輝かせた。
「戸田さんにお願いすればいいよ」
「誰それ」
「C組の?」
南が訊くと、奈緒が「ううん」と首を振って続けて、「違う。戸田さん」変なものを見るような目で言った。
「どの戸田さん?」
「戸田さん。なんで分からないの。針灸指圧の 戸田さん。わたしはいつもしてもらっているよ。そうしないと 固まってしまうから。ボランティアでしてくれて千円なの」
「ああ、動かないからね。でも健常者は無理でしょ。普通に行ったら、四、五千円はいくよ」
「あらやだ高い」奈緒が眉間にしわを寄せた。
ちょうどその時、野口先生の呼ぶ声がする。
奈緒が、「はーい。待ってくださぁい」と叫んで慌てて立ち上がり、二人に別れを告げる。
軽く背伸びをした春樹が言った。
「じゃあ、俺もバスケに戻るかな」
「うん」とそっけない返事をしてその場を動こうとしない短髪の少女を見やった彼は、しばしそこに留まって、南がプレイしていた卓球台を見やる。
そんな二人に、奈緒は「ばいばい」と手を振って背を向けた。しばらくしてから、スタート位置について手を上げる。
「成瀬いきまあす」
でんぐり返しをしたり、平均台の横を歩いたりして、くるくる回った後、ふらついて野口先生に支えられた。そのままずるずる下がっていって、しりもちをつく。そしてけらけら笑って先生にお礼を言うと、なにやら春樹と話している南のもとに、もう一度加わりに行った。
「なになに、なに話してるの?」
奈緒は、笑い転げそうなさまで訊くが、南は神妙な面持ちを崩さない。
「ねえ、成瀬」と真面目な面持ちで声を発し、「一昨日屋上で、もういじめられていないって言っていたけど、嘘だよね」と訊ねた。
奈緒の顔が強張る。そして艱難辛苦を隠すような無理に作った笑みを浮かべて訊き返した。
「んふ、なんでそう言うの?」
南が答える前に、春樹が口を開く。
「それ、俺も心配してた。なんか妙に空気がよどむって言うか、なんか感じる時あるんだよね。見てると、これと言って何事もないからスルーしてたけど、実際どうなの?」
「どうもないよ」奈緒が困った顔のような笑顔を作る。
「我慢しなくていいんだよ」
南が奈緒の顔をのぞき込むと、この子は首を傾げて答えた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
DEVIL FANGS
緒方宗谷
ファンタジー
下ネタ変態ファンタジー(こども向け)です。
主人公以外変態しか出てきません。
変態まみれのちん道中。
㊗️いつの間にか、キャラ文芸からファンタジーにジャンル変更されてたみたい。ーーてことは、キャラの濃さより内容が勝ったってこと?
ローゼ万歳、エミリアがっくし。
でも、自信をもって下ネタ変態小説を名乗ります。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる