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一年生の二学期
第一話 初登校
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灼熱の太陽。水色一色の空を切り裂く蝉の羽音。午前中だというのにじりじりと焼かれるコンクリートは、溶けたアイスクリームのように原形をとどめないほど光にかすみ、ノイズ交じりに揺れ動く。
砂漠のオアシスのような、ガラス一枚隔てた教室の中に響いていた黄色い菜の花が咲き乱れる潤いある賑やかな声が、一瞬のうちに凍り付いた。
「よだれ垂らさないでよ、汚い」
ヒステリックな羽鳥魚子[ななこ]の声が、みんなの頬をビンタするように、風に舞う花びらを叩き落す。それと同時に、彼女のやり玉になった薄紅色の唇から一線を引いて、きらめく星屑をまとったよだれの三分の二が、チェックのスカートを深色に染める。
はっとして、「じゅる」と音を立てながら三分の一を吸い戻した奈緒が喉をぴくんを動かし、そして謝る。
慌ててスカートのシミを左手でこするこの子をしり目に、後ろの席に座っていた魚子が小声で言った。
「今更入学されても迷惑なんだよ、身障のくせに。中卒でいいでしょ。帰ったら?」
そして椅子をけ飛ばす。
――今から数週間前の夏休みが明けて間もない頃、奈緒は初登校の日を迎えていた。
「わたしの名前は 成瀬 奈緒 で す。身体障がい者 で ご め ん な さいっ。でも わたしは――あれ? 分かりません。 みんなと 友達と なりたい で す」
教卓の横に立ち、拍子抜けするほどのアニメ声で言葉を粒立てて自己紹介したこの子は、笑顔でみんなを見渡す。
「んじゃあ成瀬、今日から通路側最前列の席に座って」そう言った男性教諭は続けて、「相沢、後ろの空いている席に移動してやってくれ」
「えー、なんでぇ」魚子が悲鳴を上げた。
窓際二番目の席に座る彼女が、担任の岡野に文句をつける。
「先生、普通、転校生は後ろのほうの誰もいない忘れられた席でしょ。なにもかおりをどかせなくても」
「鳥羽、そう言ってくれるな。事情があるんだから、我慢してやってくれ」
奈緒が向かう席。もちろんそこには占有者がいた。艶やかな黒いポニーテールで、光を失った黒い太陽のような大きな目をしたその彼女は、無言で荷物をまとめて立ち上がると、奈緒を一瞥する。
この子は、薄く口を開いて何かを言おうとするも言葉を出せず、口をつぐんでぎこちなく微笑んだ。だが、カッターで切りつけるようにフレアを放ったかおりは、視界から奈緒が切れるまで刺しっぱなしで前を横切り、ほうきの先でほこりを掃くように脛を蹴っ飛ばして去る。
微かに笑うしかない奈緒は、後ろの席にいた小麦色の肌で細かく毛先まで編み込んだ王道ブレイズヘアをした長身の女子、魚子に会釈をして、そのまま席に着く。だが、あいさつ代わりに真後ろから響いてきたのは舌打ちだった。
砂漠のオアシスのような、ガラス一枚隔てた教室の中に響いていた黄色い菜の花が咲き乱れる潤いある賑やかな声が、一瞬のうちに凍り付いた。
「よだれ垂らさないでよ、汚い」
ヒステリックな羽鳥魚子[ななこ]の声が、みんなの頬をビンタするように、風に舞う花びらを叩き落す。それと同時に、彼女のやり玉になった薄紅色の唇から一線を引いて、きらめく星屑をまとったよだれの三分の二が、チェックのスカートを深色に染める。
はっとして、「じゅる」と音を立てながら三分の一を吸い戻した奈緒が喉をぴくんを動かし、そして謝る。
慌ててスカートのシミを左手でこするこの子をしり目に、後ろの席に座っていた魚子が小声で言った。
「今更入学されても迷惑なんだよ、身障のくせに。中卒でいいでしょ。帰ったら?」
そして椅子をけ飛ばす。
――今から数週間前の夏休みが明けて間もない頃、奈緒は初登校の日を迎えていた。
「わたしの名前は 成瀬 奈緒 で す。身体障がい者 で ご め ん な さいっ。でも わたしは――あれ? 分かりません。 みんなと 友達と なりたい で す」
教卓の横に立ち、拍子抜けするほどのアニメ声で言葉を粒立てて自己紹介したこの子は、笑顔でみんなを見渡す。
「んじゃあ成瀬、今日から通路側最前列の席に座って」そう言った男性教諭は続けて、「相沢、後ろの空いている席に移動してやってくれ」
「えー、なんでぇ」魚子が悲鳴を上げた。
窓際二番目の席に座る彼女が、担任の岡野に文句をつける。
「先生、普通、転校生は後ろのほうの誰もいない忘れられた席でしょ。なにもかおりをどかせなくても」
「鳥羽、そう言ってくれるな。事情があるんだから、我慢してやってくれ」
奈緒が向かう席。もちろんそこには占有者がいた。艶やかな黒いポニーテールで、光を失った黒い太陽のような大きな目をしたその彼女は、無言で荷物をまとめて立ち上がると、奈緒を一瞥する。
この子は、薄く口を開いて何かを言おうとするも言葉を出せず、口をつぐんでぎこちなく微笑んだ。だが、カッターで切りつけるようにフレアを放ったかおりは、視界から奈緒が切れるまで刺しっぱなしで前を横切り、ほうきの先でほこりを掃くように脛を蹴っ飛ばして去る。
微かに笑うしかない奈緒は、後ろの席にいた小麦色の肌で細かく毛先まで編み込んだ王道ブレイズヘアをした長身の女子、魚子に会釈をして、そのまま席に着く。だが、あいさつ代わりに真後ろから響いてきたのは舌打ちだった。
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