バラの精と花の姫

緒方宗谷

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何か才能がある者に、才能の無い部分があるからといって非難してはならない

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 黒い霧が薄っすらとかかっています。いつも晴れやかな花の里においては、とても珍しいことでした。何やら木々が叫んでいます。
 「先生! こんなところにもいました!!」
 「先生!! 背中がムズムズしますよ!! 助けてくださいよ!!」
 なんということでしょう。ある林の中に、悪い虫が発生していました。どの里でもそうですが、神や精霊でも、全てが素晴らしい人格者とは限りません。戦いの神として慕われる神様が大酒飲みだったり、学問の神が暴れん坊なこともあります。
 花の里が天界に属しているとはいえ、魔界で将軍の地位にいるラフレシアのような花の魔王もいます。蠅の悪魔が悪魔王に就任した時に、その眷属だったラフレシアも一国一城の主となり、悪魔や堕天した植物の神々を従えていました。
 虫にも、蜜蜂の神のように、天界で将軍の地位にまで上り詰めた者もいれば、スズメバチの悪魔のように、魔界で将軍の地位にいる者もいます。
 トラは魔王でしたが、必ず1対1で勝負を挑む騎士道精神の持ち主でした。犬の神は天界側についていましたが、常に数で勝負するので、勇者としてはあまり神話には残りません。神だからといって絶対正義の存在ではないし、悪魔だからといって絶対悪の存在でもないのです。
 平和の彩りと喜びの香りに満ち満ちた花の里にも、ごく稀にですが、良くない兆しが発生することもありました。今ちょうど、苔むした巨石を囲む森の一部に、それが発生していたのです。
 先生と呼ばれるキツツキの精霊は、一目見ただけで死にかけている、と分かるほど疲弊していました。
 「先生、本当にわたしは治るんですか?」病の木が訊きます。
 「大丈夫です、気をたしかに持ってください。私どもが、必ず治しますから」
 森の隅っこで発生した病は、徐々に大きな森に広がり始めているようです。3年前に、1本の木が病に侵され、死んでしまったことに端を発する恐怖は、徐々に森の木々を侵していきました。
 すぐに広まるわけではなかったので、最初はみんな気にしていませんでした。2本3本と木が死ぬのを見て、違和感を覚えた1人の精が、知り合いの鳥の精を介して、医者のキツツキの精霊に来てもらったのでした。
 キツツキの先生が来たときには、10本の木が全身ムズムズと痒くなる病にかかり、生きたまま腐っていました。キツツキの先生は、5人の弟子と共に苦しむ木々に大急ぎで問診と触診を繰り返していきます。
 先生はすぐに気が付きました。悪い虫が木の中に巣食っていたため、木の内側から壊死し、病気にかかってしまったのです。最初の年は1匹でしたが、その虫が卵を産んで、2年目、3年目と増えてしまったのでした。
 既に亡くなっている木を見ると、幹肌が縦横無尽に食べ削られ、あたかも雪かきされてできた1本の道が通っているようでした。これは明らかにテッポウムシの仕業だと、先生は確信に至りました。
 この芋虫は好き嫌いなく多くの木に巣食いますが、なかでも楓やモミジを特に好みます。周りを見渡すと、モミジの木が多く散見できます。今食い止めなければ、もっと多くの木が死んでしまう、とキツツキの先生は判断しました。
 コンコンコンコン!!  コンコンコンコン!! キツツキ達による手術が、一斉に始まりました。クチバシで木の皮を叩いて虫の居場所を探し当て、穴を空けて虫を食べるためです。
 ですが、テッポウムシの数は多く、5羽のキツツキではすぐには食べきれません。それに、キツツキから見れば、木はとても大きな存在でしたから、隅々までくまなく触診するのは大変です。
 更には、大人のゴマダラカミキリが出てきて、キツツキに襲い掛かってきました。子らを守ろうと戦いを挑んできたというより、狂っているように見えます。
 初めは先生を慕っていた木々でしたが、自分達の病状が全く改善しなかったので、次第に文句を言うようになりました。
 「本当に役に立たない先生ね」
 「本当に医者なんですか?」
 先生と弟子達は鳥目なのに、日夜治療に励んでいます。そんなにも頑張っているのに、なんてひどい言いようでしょうか。次第に弟子達の心もなえてきてしまいました。
 「本当に、あの先生に師事していて大丈夫か?」
 「こんな病1つ治せないなんて、ヤブ医者なのかもな」
 弟子達ですら、キツツキの精霊を疑う始末。それでも先生は、黙々と治療を続けます。治療の結果、病状が良くなる木が出てきましたが、まだ完治した者はいなかったので、みんなは良い結果を無視して、悪い結果の責任ばかりを先生に擦り付けて、非難を繰り返します。
 遂には、1人2人と弟子達も逃げ出し、森に残ったのは先生と1人の弟子だけでした。せっかく遠い鳥の里から来てくれたのに、文句ばかり言っていたがために、木々は治るはずだった病を治すことが出来なくなってしまったのです。
 自分達のせいであるにもかかわらず、木々は、先生はヤブ医者だと非難轟々です。先生は土下座して言いました。
 「本当に、申し訳ない。全力で力尽きるまで治し続けるから、どうか頑張っていただきたい」
 ですが、2人ではどうしようもありません。症状が安定しだした木々ですら、他の木々と一緒になって、医者と弟子に文句をつけます。
 実際、この先生は立派な先生でした。有名ではなかったけれど、大きな病院の先生でしたから腕も確かでしたし、時々周辺の村に出向いては、体調の悪い鳥達を見ている心の優しい先生です。
 しかし、どんなに素晴らしい先生だからと言っても、万能ではないのです。それに、当初病気は広がりを見せないし、巣食った虫の繁殖力も弱かったので怖くない、と病を軽く見ていた木々に責任があります。
 この期に及んでも、先生はまだ、本気で木々を助けようとしているのを良いことに、自分達の責任を棚に上げて、先生のせいにしています。未だ、自ら動こうという者は現れません。まだ健康な木が町に行って別の先生を呼べば、もっと早くに治るのに。
 「何か、不穏な空気を感じますな」と爺やが言いました。
 森の入り口から少し離れたところに降り立った姫達は、怪しい霧が湧く森を眺めていました。状況を確認しに行った2人の兵が戻ってくるのを待っているのです。
 ほどなくして戻ってきた兵の話によると、植物に巣食う虫が発生して、死に至る病が広がっているとのことでした。蜜蜂達は平然としていましたが、姫をはじめとする植物の神々の間には重い空気が流れます。バラは、どういうことなのか分からず、キョトンとしていました。
 爺やは姫の身をあんじ、この場を離れるように言いました。ここから南東に行ったところに町がありましたから、そこから医師団を派遣してもらおう、と提案したのです。
 それに姫も同意して森から離れようとしたのですが、2羽のキツツキが懸命に治療をしている、という報告を聞くに至り、思いを翻しました。感染拡大の混乱の中、必死に病と闘うキツツキを見捨てることが出来なかったのです。
 姫が「あなたに、これを授けましょう」と戻ってきた兵士達に言いました。「大変かもしれないけれど、キツツキのところに行って、私達に何かできないか、訊いてきてください」
 姫は、肩から下げたピンク色の小さなバックから、杉の香油を出して爺やに渡しました。爺やはふたを開けて、2人の兵士の左右の耳の裏に塗りました。この香油には防虫効果がありましたから、森の中に行っても感染はしません。
 「虫退治なら、私どもにもお任せください。この病気は植物の病なので、自分達には感染しません」
 離れたところで防虫効果に身を震わせながら、蜜蜂達が叫びました。森に向かう2人の兵士の風上から森に向かいます。
 兵士と蜜蜂が戻ってくるまでの間に、みんなで杉の香油を身にまといました。兵士の報告内容から、木の中に虫が巣を作っているのが病の原因でしたから、その虫を駆除するために、皮を脱がせたり、素肌に穴を開けなければなりません。
 パンジーの2人はただの侍女でしたので、そのような能力はありませんでした。神気で虫を殺すことはできましたが、木の中にいる虫を退治することが出来ません。姫は、トゲを沢山くれるようにバラに頼みました。
 バラはイバラをいっぱい出して、それを姫が1つ1つ折っていきます。
 「クスクスクス、くすぐったいよ」
 自分でトゲを折るぶんには何ともないのですが、他人に折られるとくすぐったくてたまりません。イバラがモソモソ動くので、折る方も大変です。手に刺さってはかないません。
 姫は、集めたトゲを神気で1つ1つくっつけていきます。最後に、爺やからもらった松ぼっくりをつけて、持ち手を作りました。これで、バラ以外が持っても怪我をしないで使えるトゲのキリとシャベルの完成です。
 みんな感心しましたが、一番感心したのはバラでした。興味津々です。自分のトゲがこんな風に使えるなんて、思いもよりませんでした。みんなに嫌われる原因だったトゲが、逆にみんなの役に立つかもしれない、と期待が膨らみます。
 姫が言いました。
 「シャベルで皮をはいで、キリで穴を開けるのよ」
 キリもシャベルも先はトゲでチクチクするから、虫を退治することもできます。
 さあ、いよいよ悪い虫退治が始まります。

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