バラの精と花の姫

緒方宗谷

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いつかこうありたいと願う志  

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 春の若々しい緑色に包まれた草原を、姫とバラは風を切って飛んでいます。いつも乗っているフキノトウではありません。ブ―――ンと羽音の三重奏が鳴り響いています。2人は、3匹の働き蜂がぶら下げた揺り籠の中にいました。
 ひょうたんのような形の揺り籠です。竹を編んで作った空飛ぶ船を小さくしたものでした。形は違いますし、神気を込めて浮かすものですが、もう少し大きい物が、神様の乗り物として存在します。
 もともと、この蜜蜂達が属する巣の女王が仕えていた花の神からもらった物でした。壊れていたのですが、とても乗り心地が良い物です。ゲストを送迎するときに、この巣の蜜蜂が使っていました。
 フキノトウの方が良い物でしたが、バラの正義に感じ入った働き蜂達が、ぜひ2人を送迎したい、と申し出たのです。
 「きゃ~!! もっと早くもっと早く!!」
 「待ってくだされ!! 姫様~!!」
 叫ぶ姫をじいやが追いかけます。
 ジェットコースターの様に、上へ下へ縦横無尽に飛び回る竹編みの揺り籠は、時折一回転をしたりしながら、スリル満点に進んでいきます。大慌てで家臣達が追いかけていますが、早すぎて追いつけません。
 蜜蜂達は、姫のご要望を忠実に果たしました。結果として、おてんばぶりがいかんなく発揮されたのです。バラも一緒に楽しみました。こんなに早く飛ぶのは初めてでしたが、意外にスリルが大好きの様です。
 しかし、ソンフェンは、さすが松の神です。上位神としては下位のほうでしたが、姫の最側近を任されるだけありました。少し本気を出せば、蜜蜂の精程度のスピードに負けるはずがありません。
 揺り籠をぶら下げた蜜蜂と、その周りを飛んでいた蜜蜂達は、みんな爺やの神気につかまって、早く飛べなくなってしまいました。兵士達が追いつくまで、姫達は、ガミガミガミガミと、怒られました。
 今度は景色を楽しみながら行くことにしました。眼下には、ラベンダー畑が広がっています。まだほとんど花は咲かせていませんでしたが、蕾の中から良い香りが溢れだし、香りの海の上を浮いているようでした。風に乗って立つ波が鼻まで届きます。
 ふと、バラの精が訊きました。
 「蜜蜂さん、どうして蜜蜂さん達は、花の神に仕えているのですか?」
 蜜蜂は、本来虫の里に住む精達です。なぜ花の里に家を作って住んでいるのか不思議に思ったのです。
 「俺達は、花粉で作った家に住んで、蜜を食べて生きているのさ」
 天界も魔界も、色々な力が作用しあって成り立っています。力が強い者が弱い物を従えたり、力が強い者に弱い者が庇護を求めて従ったり、色々な関係が成り立ちます。
 ラベンダーの神と、この働き蜂の母親の女王蜂との関係もそうです。ですが、片方が利己的に従えたり従ったりするものではありません。もっと自然に成立する主従関係でした。それは、お互いがその力を必要とする関係です。
 蜜蜂の精霊は、自分の一族を守るために、家を作る材料の花粉と、養うための蜜を必要としていました。ラベンダーの神は、雄しべにある花粉を雌しべに誘ってくれる者を必要としていました。
 たまたまラベンダーの精霊の方が強かったので、ラベンダーが主で女王蜂が従者という関係になりましたが、逆の時もあります。
 片方が必要として作られた関係と違って、宇宙の定めた摂理に基づいて発生した自然な関係でしたから、とても強固なものでした。ちょうど運命の赤い糸に由って導かれた男女が、永遠に睦ましく添い遂げるような関係や、子供孝行な親と親孝行な子女との関係の様です。
 一人ぼっちのバラには思いもよらない関係でした。姫とバラもそのような主従関係が成立していましたが、まだ2人は気が付いていません。
 バラが一人ぼっちの境遇から救われる為には、姫の存在が欠かせません。それに対して姫は、バラとお友達になりたい、と思っていましたが、バラがいなくとも立派に生きていけます。バラが、一方的に庇護を求める関係です。
 上位の神と下位の精の関係ですから、当然姫が主でバラが従者。受け入れるか否かの選択権は姫にありましたし、バラが姫に献上できる力は何もありませんから、実はとても不安定な関係です。
 それに対して、蜜蜂はとても強い存在でした。遠い昔に行われた魔界との戦争でも、蜜蜂の戦士達は、持ち前のスピードと強力な槍を持って突撃を繰り返して、魔物を蹴散らしました。
 強力な悪魔に対しては、その数の多さを活かして全身を包囲し、灼熱の地獄に落としました。悪魔ですら耐えられない強力な攻撃力です。漆黒に縁どられた黄金の鎧を身にまとった蜜蜂の騎士はとても強くて、下位悪魔相手なら、1人で戦えるほどでした。
 自慢げに話す1匹の働き蜂は、腰にある針を見せてくれました。人の姿であれば、魔物を貫く強力な槍です。細いですがとても固い針です。毒まであるので、すぐに敵を倒せなくても、じわりじわりと弱めていきます。
 性格もとても勇敢でした。上位悪魔である大スズメバチにも怯むことなく立ち向かい、虫の里を守り切ったという神話が残っているほどです。大スズメバチは蜂の中で最強でした。蜜蜂の何倍もの大きさがあって、一撃必殺の長矛を装備しています。
 8尺もある長くて太い矛には、もちろん毒もありました。ですから、多くの天兵は近づくこともできない大悪魔でしたが、蜜蜂の主神が率いるミツバチ軍は、長い激戦の末、大スズメバチの軍団を打ち破ったのです。
 バラは、とても憧れました。蜜蜂の持つ針は、自分にとってはトゲに相当する物でした。自分のトゲは皆に嫌われていたし、触れるだけで姫をも傷つけてしまいます。さっき頭を撫でてくれた時も、姫の手のひらは傷ついていました。
 僕のイバラは、何か役に立つのだろうか。バラは一生懸命考えましたが、何も思いつきません。実際は、菜の花の精をそのツルで助けましたし、意地悪をしてくる精達から、バラ自身を守ってくれていました。
 木に登るときにトゲを引っ掛けて上ったこともありましたし、糸鋸の様に使って、竹や筍を切ったこともありました。大人達も触るのを躊躇するトゲでしたが、役に立たない厄介な存在だと言われ続けた方が多すぎて、良いところは見えなくなっていました。
 バラは思いました。6000年後までに、僕は蜜蜂の様に役の立つイバラになってみせる、と。バラも人間の男の子と変わりません。強くて格好いい者には憧れを抱くものです。
 幼少期に蜜蜂に出会えたことは、その後のバラの人生において、とても重要な経験となりました。明確な目標を思い描けるということは、とても大事なことです。
 6000年後と言えば、バラは7000歳台ですから、人間でいえば20歳位。そう思うようになってからというもの、何をしても、目標にとって重要か否か考えられるようになしました。
 そのうちバラは、目標のゴールから逆算して、今はこれくらいできなければならない、と考えるようになります。その時点時点で望んでいた状況に達していなければ、何かやり方がまずい、という事です。それが分かれば、間違いを正すことも出来るのです。
 誰しも無から有を生み出すことはできません。自分が想像できることは、必ず実現できるのです。想像できるということは、その力が自分の中に備わっているということですから。
 そうやって人も神も成長していくのです。成功するきっかけは、世間にあるわけでもなく、時代の中にあるわけでもなく、ましてや誰かから与えられるものでもありません。自分の中に輝いているのです。
 バラは気付かずにして、その光を手中に納めていたのです。


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