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もし困っている人を見かけたら、何か力になってあげよう
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足を一歩踏み入れた岩地は、植物の姫にとってまさに死地でした。靴越しであるにもかかわらず、生気が吸い取られるようです。
幸い、姫とソンフェンは上位神、侍女は下位神でしたから、すぐに枯れてしまう心配はありません。ですが、良い気分ではありませんでした。つくしの兵士は精でしたから長いこともちませんが、松の神の加護を受けているので大丈夫。
見渡す限り、生の営みは感じられません。本当に、こんなところにバラの精はいるのでしょうか。干からびずにいられるなんて、とても信じられないことです。
パンジー達は、暑さに耐えられずに言いました。
「こんな暑いところにいたら、お肌が荒れてしまいます。姫様、もう帰りましょう」
太陽の光は、植物にとってご飯のようなものです。根から吸い上げる水と栄養の他に、太陽の光を使って光合成ができるからです。ですが、太陽の光の温度は高いので、水が無いと喉が渇いてしまいます。そのうち、お肌も渇いてきてしまうでしょう。
姫達は日傘を用意して、進むことにしました。前もって兵士達に用意させた川の水はたっぷりとあります。
引っ越してきた時に、傍の雑木林で一番大きい木々から献上された、自らの幹を切って作った樽に、なみなみ10杯の水です。爺やの神気で、冷たく保たれていました。
これだけ石や岩がゴロゴロしているのに、どれ1つをとっても精が宿っていません。誕生した初めから、魂の存在しない動物や植物もいます。私達人間の世界に存在する多くの生き物がそうです。命はありますが、魂は宿っていません。正確には、物質的な力が強い反面、魂の力が弱すぎて、精にまで昇華できていないのです。
稀に、人間も含めて、魂が育ち、聖人や聖獣、神になる生き物もいますが、ほとんどはそうなりません。ですから、石の精や岩の精がいない石や岩があっても不思議ではないのです。それにしても、1人もいないとは恐ろしいことです。
私達人間も、砂漠のど真ん中や、海のど真ん中に1人残されたら、不安になるのと同じことです。命を感じられない環境は、生き物にとって良い環境とは言えません。
最後尾の兵士が後ろを振り返ると、もはや、青々とした大地は見えません。四方八方石と岩しかない光景が、地平線の彼方まで続いていました。
バラの神気の痕跡や、神気そのものを感じ取ることで、すぐに発見できる、と思っていた姫ですが、全くバラの居場所が分かりません。フキノトウに乗って何日か飛び続けましたが、やはり見つかりませんでした。
兵士達は寝るとき以外の長い休憩を取っていなかったので、姫は兵士を休ませるために、おやつの時間に合わせて、野営の準備を始めました。
持ってきた野菜で、パンジー達がスープ、サラダ、温野菜を作ります。神気を使えば、火を熾したり冷やしたりするのは容易なこと。目玉焼きやウインナーもありました。姫に合わせて、料理は全てお子様風です。
しいて言えば、爺やが持ち込んだ葡萄のお酒がありました。兵士達は大喜びで、歌を歌いながら飲みました。死地であっても、美味しい料理とお酒があればピクニックです。姫は子供ですから、葡萄ジュースを楽しみました。
次の日、みんなはお寝坊さんでした。昨日の夜はキャンプファイアーで盛り上がったので、寝るのが遅かったのです。姫はオシャレが大好きだったので、お昼過ぎまで長い黒髪のお手入れをしていました。
みんなが遅い朝ご飯兼お昼ご飯を食べ終わった頃、ようやくご飯の時間。ちょうどお昼時です。腹ごなしに、辺りを捜索しに行く兵士達を見送って、ご飯を食べ始めました。
「ソンフェン様、弱々しい神気の痕跡を見つけました」
暫くして、1人の兵士が戻ってきて報告しました。みんなで見に行くと、確かに神気を感じます。姫を先頭にその神気を辿っていくと、大きな石がありました。姫が乗ってきたフキノトウより何倍も大きな石です。ここまで来ると、本人が発する神気を感じることが出来たので、バラの居場所は分かりました。
兵士達は2手に別れてバラを包囲しようとしましたが、姫が制止します。バラもこちらに気付いていることを察知していたためです。姫はバラの精を退治しに来たわけではありません。お友達になるために来たのです。
みんな心配していましたが、姫は1人で大きな石の向こう側に行くことにしました。バラの精の近くまで来てから、石の陰から覗いてみると、小さな小さな男の子がいます。袖が袋状になった長袖のシャツを着ています。丈の長さは踝ほどあるようです。とても良い生地には見えないし、何百年も着ていたものだから、ボロボロでした。
姫はジッと様子を窺います。バラの精は姫に気付いていましたが、無反応です。体育座りをして、膝の上に両腕を乗せて、そこに口を埋めて、一点を見つめていました。全く動きません。
豊かな花の里に、このような可哀相な格好の精がいるなんて、とても信じられません。姫は、バラの精を怖がらせないように、ゆっくりと近づいて言いました。
「こんにちは、バラの精」
少し離れたところから声をかけられただけなのに、バラの心は揺らめきました。その怯えを感じ取った姫は、少し間を置くことにしました。そばの石に腰かけて待ちました。
暫くして、もう少しバラに近寄った姫は、女の子座りをして、バラの顔を覗き込み、もう一度挨拶をしましたが、返事はありません。
無言の時間がゆっくりと流れて、バラが口を開きました。
「あなたは誰ですか?」
「わたし? わたしは花の姫、花の主神の娘です」
姫の返事を聞いたバラの精は驚き、慌てて離れました。ですが、腰を抜かしたのか、足に力が入らずにしゃがみこんで言いました。
「僕を退治に来たのですか!?」
バラは、恐ろしさと悲しさのあまり、顔をくしゃくしゃにして、涙を浮かべています。とても胸が苦しくなる光景です。姫も悲しくなって顔を強張らせて、「違います、違いますよ」と伝えました。
「僕は、僕は何も悪いことはしていないのです!! 本当に何も・・・。
本当に何もしていないのに・・・」
嗚咽しながら大粒の涙を流すバラが、とても可哀相です。どんな酷い目にあったら、こんなにも怯えることが出来るのでしょう。思わず姫は駆け寄って、バラの手を握りしめました。バラは慄いて、両手を引っ込めようとしましたが、姫は放しません。
バラには沢山のトゲがありましたから、きれいな姫の手は傷つき血が滲んでいます。バラは、高貴な姫を傷つけてしまったことが恐ろしくて堪りません。罰せられる、と思ったからです。
痛みで顔をゆがめる姫でしたが、その手を離しません。今姫が感じている痛みは、怪我の痛みではありません。千年以上の間、バラが受けてきた苦しみや悲しみなのです。姫は、その苦痛を受け止めてあげようとしたのです。
みんなが楽しく甘い果実を食べているのを遠くで1人見ていた寂しさ。お友達になろうとした精に何度も断られた悲しさ。周りの大人達から蔑まれいてた苦しさ、精霊達に睨まれた怖さが伝わってきます。
バラの苦痛の大きさを知った姫は、私はあなたの味方ですよ、と伝えたくて、ギュッとバラの手を握りました。溢れた血がバラの肌を伝います。
バラの精は、どうして良いかよいか分かりませんでした。長い時間が過ぎましたが、姫はバラの手を握りしめたまま、ずっとバラを見つめています。
バラは、顔をあげることが出来ませんでしたが、とても暖かく感じていました。お母さんに抱きしめてもらった子供が感じるような心地よさです。バラにお母さんの記憶はありません。初めて感じた他人の温もりです。
何故だかバラは泣き出しました。ですが、辛くて泣いているのではありません。初めて感じる感情でした。なぜ泣いているのか分かりませんが、何日も何日も泣き続けました。
姫は優しく言いました。
「好きなだけ泣きなさい。わたしが一緒にいてあげるから」
幸い、姫とソンフェンは上位神、侍女は下位神でしたから、すぐに枯れてしまう心配はありません。ですが、良い気分ではありませんでした。つくしの兵士は精でしたから長いこともちませんが、松の神の加護を受けているので大丈夫。
見渡す限り、生の営みは感じられません。本当に、こんなところにバラの精はいるのでしょうか。干からびずにいられるなんて、とても信じられないことです。
パンジー達は、暑さに耐えられずに言いました。
「こんな暑いところにいたら、お肌が荒れてしまいます。姫様、もう帰りましょう」
太陽の光は、植物にとってご飯のようなものです。根から吸い上げる水と栄養の他に、太陽の光を使って光合成ができるからです。ですが、太陽の光の温度は高いので、水が無いと喉が渇いてしまいます。そのうち、お肌も渇いてきてしまうでしょう。
姫達は日傘を用意して、進むことにしました。前もって兵士達に用意させた川の水はたっぷりとあります。
引っ越してきた時に、傍の雑木林で一番大きい木々から献上された、自らの幹を切って作った樽に、なみなみ10杯の水です。爺やの神気で、冷たく保たれていました。
これだけ石や岩がゴロゴロしているのに、どれ1つをとっても精が宿っていません。誕生した初めから、魂の存在しない動物や植物もいます。私達人間の世界に存在する多くの生き物がそうです。命はありますが、魂は宿っていません。正確には、物質的な力が強い反面、魂の力が弱すぎて、精にまで昇華できていないのです。
稀に、人間も含めて、魂が育ち、聖人や聖獣、神になる生き物もいますが、ほとんどはそうなりません。ですから、石の精や岩の精がいない石や岩があっても不思議ではないのです。それにしても、1人もいないとは恐ろしいことです。
私達人間も、砂漠のど真ん中や、海のど真ん中に1人残されたら、不安になるのと同じことです。命を感じられない環境は、生き物にとって良い環境とは言えません。
最後尾の兵士が後ろを振り返ると、もはや、青々とした大地は見えません。四方八方石と岩しかない光景が、地平線の彼方まで続いていました。
バラの神気の痕跡や、神気そのものを感じ取ることで、すぐに発見できる、と思っていた姫ですが、全くバラの居場所が分かりません。フキノトウに乗って何日か飛び続けましたが、やはり見つかりませんでした。
兵士達は寝るとき以外の長い休憩を取っていなかったので、姫は兵士を休ませるために、おやつの時間に合わせて、野営の準備を始めました。
持ってきた野菜で、パンジー達がスープ、サラダ、温野菜を作ります。神気を使えば、火を熾したり冷やしたりするのは容易なこと。目玉焼きやウインナーもありました。姫に合わせて、料理は全てお子様風です。
しいて言えば、爺やが持ち込んだ葡萄のお酒がありました。兵士達は大喜びで、歌を歌いながら飲みました。死地であっても、美味しい料理とお酒があればピクニックです。姫は子供ですから、葡萄ジュースを楽しみました。
次の日、みんなはお寝坊さんでした。昨日の夜はキャンプファイアーで盛り上がったので、寝るのが遅かったのです。姫はオシャレが大好きだったので、お昼過ぎまで長い黒髪のお手入れをしていました。
みんなが遅い朝ご飯兼お昼ご飯を食べ終わった頃、ようやくご飯の時間。ちょうどお昼時です。腹ごなしに、辺りを捜索しに行く兵士達を見送って、ご飯を食べ始めました。
「ソンフェン様、弱々しい神気の痕跡を見つけました」
暫くして、1人の兵士が戻ってきて報告しました。みんなで見に行くと、確かに神気を感じます。姫を先頭にその神気を辿っていくと、大きな石がありました。姫が乗ってきたフキノトウより何倍も大きな石です。ここまで来ると、本人が発する神気を感じることが出来たので、バラの居場所は分かりました。
兵士達は2手に別れてバラを包囲しようとしましたが、姫が制止します。バラもこちらに気付いていることを察知していたためです。姫はバラの精を退治しに来たわけではありません。お友達になるために来たのです。
みんな心配していましたが、姫は1人で大きな石の向こう側に行くことにしました。バラの精の近くまで来てから、石の陰から覗いてみると、小さな小さな男の子がいます。袖が袋状になった長袖のシャツを着ています。丈の長さは踝ほどあるようです。とても良い生地には見えないし、何百年も着ていたものだから、ボロボロでした。
姫はジッと様子を窺います。バラの精は姫に気付いていましたが、無反応です。体育座りをして、膝の上に両腕を乗せて、そこに口を埋めて、一点を見つめていました。全く動きません。
豊かな花の里に、このような可哀相な格好の精がいるなんて、とても信じられません。姫は、バラの精を怖がらせないように、ゆっくりと近づいて言いました。
「こんにちは、バラの精」
少し離れたところから声をかけられただけなのに、バラの心は揺らめきました。その怯えを感じ取った姫は、少し間を置くことにしました。そばの石に腰かけて待ちました。
暫くして、もう少しバラに近寄った姫は、女の子座りをして、バラの顔を覗き込み、もう一度挨拶をしましたが、返事はありません。
無言の時間がゆっくりと流れて、バラが口を開きました。
「あなたは誰ですか?」
「わたし? わたしは花の姫、花の主神の娘です」
姫の返事を聞いたバラの精は驚き、慌てて離れました。ですが、腰を抜かしたのか、足に力が入らずにしゃがみこんで言いました。
「僕を退治に来たのですか!?」
バラは、恐ろしさと悲しさのあまり、顔をくしゃくしゃにして、涙を浮かべています。とても胸が苦しくなる光景です。姫も悲しくなって顔を強張らせて、「違います、違いますよ」と伝えました。
「僕は、僕は何も悪いことはしていないのです!! 本当に何も・・・。
本当に何もしていないのに・・・」
嗚咽しながら大粒の涙を流すバラが、とても可哀相です。どんな酷い目にあったら、こんなにも怯えることが出来るのでしょう。思わず姫は駆け寄って、バラの手を握りしめました。バラは慄いて、両手を引っ込めようとしましたが、姫は放しません。
バラには沢山のトゲがありましたから、きれいな姫の手は傷つき血が滲んでいます。バラは、高貴な姫を傷つけてしまったことが恐ろしくて堪りません。罰せられる、と思ったからです。
痛みで顔をゆがめる姫でしたが、その手を離しません。今姫が感じている痛みは、怪我の痛みではありません。千年以上の間、バラが受けてきた苦しみや悲しみなのです。姫は、その苦痛を受け止めてあげようとしたのです。
みんなが楽しく甘い果実を食べているのを遠くで1人見ていた寂しさ。お友達になろうとした精に何度も断られた悲しさ。周りの大人達から蔑まれいてた苦しさ、精霊達に睨まれた怖さが伝わってきます。
バラの苦痛の大きさを知った姫は、私はあなたの味方ですよ、と伝えたくて、ギュッとバラの手を握りました。溢れた血がバラの肌を伝います。
バラの精は、どうして良いかよいか分かりませんでした。長い時間が過ぎましたが、姫はバラの手を握りしめたまま、ずっとバラを見つめています。
バラは、顔をあげることが出来ませんでしたが、とても暖かく感じていました。お母さんに抱きしめてもらった子供が感じるような心地よさです。バラにお母さんの記憶はありません。初めて感じた他人の温もりです。
何故だかバラは泣き出しました。ですが、辛くて泣いているのではありません。初めて感じる感情でした。なぜ泣いているのか分かりませんが、何日も何日も泣き続けました。
姫は優しく言いました。
「好きなだけ泣きなさい。わたしが一緒にいてあげるから」
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