バラの精と花の姫

緒方宗谷

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多勢だから正しいとは限らないし、正しいのに少数だからと遠ざけてはいけない

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 真実を話してくれたアケビにお礼を言って、その場を後にしました。姫は竹林を探すことにしたのです。木苺の精達の話によると、筍を生やそうとした竹をバラが邪魔したのですから、バラが生えている傍に竹林はあるはずです。
 なんせ、筍は土の中から生えてきますから、バラが根を張っているか、イバラを広げて筍の頭が土の上に出られなくするかしなければなりません。
 空から辺りを見渡していた兵士が、あちらの方にある、と言いました。指さす方向にひょいっと舞った姫は、ササラササラと竹の葉が擦れる音を聞きつけ、近づいていきました。案の定、下位神です。今下位神なら、数百年前でも既に下位神か上位の精霊でしょう。
 バラの生まれたところからさほど遠くない場所でしたが、バラの生誕地と竹林との間には、色々な木々が生えています。これでは、竹が根を広げようとしても広げることはできません。既に色々な木の根が張っているからです。ましてや、バラと生える場所で喧嘩になるはずがありません。
 辺りを見渡して、姫は竹の神を探します。竹林に神気は満ち満ちていましたが、どの竹が本性か分かりません。竹は根を広げながら筍を生やします。そして、その筍が青々とした竹に育ちます。ですから、無数に生えたこの竹は、この竹林を作った竹の神の子でありながら、分身でもあるのです。
 土の中を通って、強い神気が近づいてくるのが分かります。姫は、侍女が用意した絨毯に坐って、その神気の持ち主が地表に現れるのを待ちました。
 「姫様、私をお探しでございましょうか」
 土の中から現れたのは、とても薄い水色の衣を着た、頭がツルツルテンのおじちゃんでした。身長よりも長い衣を着ていました。腰に帯を締めることで、はだけないようになっています。その下に白い衣を着ているようです。
 眉毛はまっ白くて、とてもきれいな筆の様です。口髭と顎髭もとても長くて、胸元まで垂れ下がっていました。見た目は仙人のようです。とても高齢の神様でした。
 「バラの精のことをご存知ですか?」姫が問ます。
 正座して両手をついて話を伺う竹の神は、顔を地面に向けたまま答えました。
 「はい、存じております。何百年か前に、会ったことがあります」
 姫は、その昔、バラが筍が生える邪魔をしたという噂を聞いたことがあると伝え、その真偽を話すように促しました。
 竹の神の話によると、それは事実ではないようです。
 当時の竹の神は、とても困った問題を抱えていました。竹が生まれた頃、竹の周りは多くの木々に囲まれていました。ですから、竹は根を広げることができずに、1本だけで過ごしていました。今日までの何万年間の間に、周りの木々が寿命を迎えたり、いくつかの天魔戦争で戦死したりして、周りの木々が枯れるたびに少しずつ根を広げて、今に至ったそうです。
 「あの時、私の周りに生えている木々はまだ若く、寿命も長い。
  私は、蓄えた力を消費するために、筍を生やしてやらねばなりません。
  ですが、周りにいる者たちは、下位の精霊か、それ以下の者達しかおらず、神の地位にいる私を畏れて、近づいてきてくれません。
  ですから、生やした筍を食べてもらえないのです」
 もし、筍を生やしたままにしておくと、竹に成長してしまいます。しかし、辺りは竹が密集していて、これ以上生えては、お互いが近すぎて死んでしまいます。
 そこで、竹は思いました。バラの精なら、神の地位の事など分からないだろうから、呼べばすぐに来てくれる。バラはいつも一人ぼっちだから、頼み事は喜んでやってくれるだろう、と。
 案の定、バラはすぐにやってきたので、竹は、毎朝ここに来て生えてきた筍を食べてほしい、と頼みました。いつもイジメられていたバラの精は、頼りにされたのが嬉しくて、二つ返事で了承しました。
 それから、毎日筍を食べに来たバラの精は、一生懸命土を掘って筍を取りました。集められた筍を竹の神が大きな鉄なべで湯がき、竹の精達がせっせと皮をむいて、竹を縦に切って作ったお皿に盛ります。
 竹の神は、精の宿っていない竹を1本だけ生やし、切ってコップにしました。その中に水を汲んで、泥だらけのバラの精に、体を洗うように言います。バラは、このコップに、竹の切り口から溢れる水を汲み、服を脱いで全身を洗いました。服も洗いました。
 筍狩りはとても楽しかったのですが、筍の量が多すぎて、幼いバラの精では食べ切ることができません。竹の神は眷属の精達に、食べ残した竹を塩漬けにしてバラの精に持ち帰らせるように言いました。
 バラは、いくつもの大きなカメに塩漬けにされた筍を大切に自分の袖の袋に入れて持ち帰り、幾つかのカメを自分の根元に埋めました。バラは周りのみんなに嫌われていたので、根を張らせてもらうことも、ツルを延ばさせてもらうこともさせてもらえませんでしたから、いつもとても痩せていました。ですから、冬を越す時は大変ひもじい思いをしていました。
 この日、バラの精は少しの幸せを感じました。これで、今年の冬はお腹が空かない、と。
 何十年間、毎年春になると、筍狩りをしに行きました。時折、竹の神に言われて、竹を間引いたりしました。とても大変な作業でしたが、トゲの生えたツルを糸鋸代わりにして、切りました。バラが最後に来てから何百年も経ちますが、その時の仕事のおかげで、今現在も綺麗な竹林が残っているのです。
 姫が訊きました。
 「竹の神、なぜ、噂が嘘だと知っていて、みんなにそれを言わなかったのですか?」
 ここは竹林ですから、周りには他の草1本も生えていません。誰にも聞かれない状況だったので、姫は単刀直入に聞きました。 
 竹の神が答えます。
 「言ったのです、私は言ったのです。ですが、誰も聞いてはくれませんでした」
 「・・・だからと言って・・・」
 言い返そうとした姫でしたが、言葉を飲み込みます。大勢の者が信じることに対して、たった1人で異を唱えるのは、とても勇気がいることです。いくら竹が神であっても、何か役職についているわけでもないので、精霊や精達と変わらない一住民でしかありません。
 いくら間違ったことであっても、大勢の者が信じることを変えるということは、容易ではありません。一言言っただけでもすごい事です。
 「・・・・、一言言っただけでも、すごいことでした」
 姫は、間を置いてそう伝え、真実を話してくれたことに対してお礼を言って、その場を後にしました。
 姫は思いました。
 (あれだけ沢山の木苺の精に代わる代わる言われていたら、間違ったことでも信じてしまいそう)
 もし、自分があそこに生えていたら、確実に噂を信じていたに違いありません。竹の神から真実を聞いたとしても、それを信じなかったかもしれません。もし、信じたとしても、みんなの考えから外れるのを恐れて、見て見ぬ無理をしたかもしれません。
 更に姫は思いました。この森のみんなはバラが悪い子だと信じているけれど、私はバラが良い子だと信じる、と。バラが良い子だと言っているのは、今のところアケビと竹だけだけれど、2人の話を見過ごさない、と。
 バラの生まれた場所に戻った姫は、もう一度、その場所の土を触りました。姫は決意を固めています。私がバラの最初のお友達になるのだと。
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