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信じていることが、全て真実とは限らないということ
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次の日、姫は森に行きました。椎の木が沢山生えた小さな森です。入り口の道を入ると、木々の間を埋め尽くすように、クマ笹が群生していました。その中で、比較的年長の精を集めてバラの噂を訊きましたが、誰も知りません。
少し行くと、桑の木が生えていました。だいぶ背が高かったので、もしかしたらバラの精を知っているかもしれません。
「桑のおばさん、桑のおばさん、あなたはバラの赤ちゃんのことを知っていますか?」姫が声をかけます。
桑の精が出てきて、跪いて言いました。
「はい、存じております。あの、鬼のようなバラについて、何かご用でしょうか?」
バラについて知っていることを話すように姫が言うと、ワナワナと怒りを思い出しながら、桑の精はしゃべり始めました。
大分前の昔の話です。6月も終わるころでした。桑の木に実った実のほとんどは、とても鮮やかな紺色に色づいていました。赤くて硬いのはほとんどなく、紫色のもほとんどありません。ちょうど甘くて食べごろでした。
桑の精達は、虫の里から遊びに来たアリ達に実をあげる代わりに、種を遠くに運んでもらっていました。他にもカメムシ達も遊びに来ています。みんなまだ幼い精達でした。中には、のどが渇いたので、実の汁だけを貰おうとやってきた蝶々もいます。
それでも、実の数が多すぎて、とても食べきれません。ですから、周辺の精霊達におすそ分けしたり、草花の精達に食べてもらったり、自分でジャムを作ったり、どの桑の精も大忙し。
「そんな折、あの忌々しいバラが、やってきたのです」
桑の精は続けて言いました。
「あのバラは、わたしによじ登ってきて、好き勝手に実を食べ出したのです」
その散々なさまは、言い表しようがありません。赤ちゃんとはいえ、細い桑の木にとっては大変重く、体重を支えるのは一苦労でした。桑の精はバラを拒みましたが、バラは実を握ってはモグモグ、握ってはモグモグ、食べるのをやめません。
桑の実は、果汁が多く色も濃いので、白い服を着たバラの精は、顔も服も紫色に染まってしまいました。マダラだったので、とても綺麗とは言えません。
桑の精が、「大変ひどい目にあった」と言うと、周りの桑の木も口をそろえてそう言いました。
それを聞いて、姫は微かに首をかしげました。
「他の精達には、食べさせてあげていたのでしょう? なぜ、バラにだけは食べさせてあげようとしなかったの?」
「それは、バラが、悪い子だからです」
以前バラは、そのトゲを使って、ミントが生えようとするのを邪魔した、と言うのです。この森にミントがいないのは、あの時、バラが追い出したからだと教えてくれました。ですが、やっぱりその出来事を見たわけではありません。それでも、桑の精の話は巧妙で、姫も信じてしまいそうです。現に侍女は信じていましたし、兵士もお灸をすえなければ、と意気込んでいます。
ですが、姫は疑問に思いました。桑の精はバラが悪い子だと言うけれど、ミントの精にした悪いことは見ていませから、本当かどうか分かりません。実を食べたことにしても、他の精には食べさせてあげていたのに、バラにだけ食べさせようとしなかったのは、少し変です。
姫は、更に奥へと進んでいきました。すると、とても背の高い胡桃の木が生えています。
「胡桃のおじさん、胡桃のおじさん、あなたはバラの赤ちゃんのことを知っていますか?」
胡桃の精が出てきて、跪いて言いました。
「はい、存じております。あの、悪ガキについて、何かご用でしょうか?」
バラの話を訪ねると、早口で話し始めました。
「あの悪ガキは、向こうの木に絡まっているアケビの実を、みんな1人で食べてしまったのです。たった1人でです。
甘くて美味しい実ですから、みんな食べたかったのに、たった1人で食べてしまったのです。私だって、食べたかたんですよ」
食べている所は見たのか、と尋ねると、やはり見てはいませんでした。アケビの実は、お母さんの様な優しい甘さがするので、大変人気があります。姫も大好きでした。だからこそ、姫は疑問に思いました。
赤ちゃんの神気はとても弱いので、食べ頃を待っている他の精を押しのけて、しかもアケビの同意を得ずに食べられるものだろうか。本当は、事実ではないのではないか、と考えたのです。
胡桃の木自身も、バラに何か悪戯をされたことはありません。ここでも噂話しか聞けませんでした。
もっと奥に行くと、木苺が生えていました。少し広めに生えていましたから、年長だと思った姫は、バラについて訊いてみることにしました。
「木苺ちゃん、木苺ちゃん、バラの精を知っていますか?」
「知っていますよ、知っていますよ、あの悪い子ですね」
どんな悪い子か聞くと、木苺の精達は話してくれました。
なんと、竹の神が筍を生やせられないように邪魔をして、イバラを広範囲に広げていたというのです。さすがに、これはすぐに嘘だと思いました。ですが、木苺たちが嘘をついているのではなく、そう聞かされて、信じているだけかもしれません。
そもそも、筍を生めるほどの竹の本性は、樹齢も若くなく、どんなに神気が弱くても、下位神より下には留まっていないはずです。仮に留まっていたとしても、上位の精霊です。とても、幼い精が邪魔できる相手ではありません。
木苺達の話は続いていました。
「あいつのイバラは、悪いことばかりするんだ。みんな、あいつに泣かされているんですよ」
「みんなって?」
「みんなって、みんなですよ」
誰もかもがそう言います。ですが、姫は疑問に思いました。みんなって誰でしょう。少なくとも、ここにいる木苺達は、誰ひとり泣かされたことはないそうです。それに、年齢を聞くと、まだ300歳でした。
少し広めに生えていたので年長かと思いましたが、姫の勘違いです。よく見ると、1人1人はまだ小さく、ただ群生しているだけでした。何人かに聞いたバラの話を思い返すと、300年前には、既に、バラはここから追い出されて、住んではいません。
「あなた達にもトゲがあるのね? バラと同じね?」
姫が尋ねると、僕たちのトゲは良いトゲだ、とみんな口をそろえて言います。
竹の話は、力の関係上ありえないし、みんな泣かされた話は噂話。自分たちが生まれた時には、既にバラはいない。それに、同じトゲがある植物なのに、自分達のトゲは良いトゲだと言います。他の植物達も、木苺のトゲは良くて、なぜバラのトゲはいけないのでしょうか。訊くと、この子達も、桑の実を食べたり、アケビの実を食べたりしています。
姫は、なんだかモヤモヤして、とても悲しくなしました。もしかしたら、バラは本当にイジメられていたのかもしれない、と思ったからです。
最初は、自分のお友達になってもらおう、と思っていましたが、逆にバラのお友達になってあげたい、と思うようになりました。
少し行くと、桑の木が生えていました。だいぶ背が高かったので、もしかしたらバラの精を知っているかもしれません。
「桑のおばさん、桑のおばさん、あなたはバラの赤ちゃんのことを知っていますか?」姫が声をかけます。
桑の精が出てきて、跪いて言いました。
「はい、存じております。あの、鬼のようなバラについて、何かご用でしょうか?」
バラについて知っていることを話すように姫が言うと、ワナワナと怒りを思い出しながら、桑の精はしゃべり始めました。
大分前の昔の話です。6月も終わるころでした。桑の木に実った実のほとんどは、とても鮮やかな紺色に色づいていました。赤くて硬いのはほとんどなく、紫色のもほとんどありません。ちょうど甘くて食べごろでした。
桑の精達は、虫の里から遊びに来たアリ達に実をあげる代わりに、種を遠くに運んでもらっていました。他にもカメムシ達も遊びに来ています。みんなまだ幼い精達でした。中には、のどが渇いたので、実の汁だけを貰おうとやってきた蝶々もいます。
それでも、実の数が多すぎて、とても食べきれません。ですから、周辺の精霊達におすそ分けしたり、草花の精達に食べてもらったり、自分でジャムを作ったり、どの桑の精も大忙し。
「そんな折、あの忌々しいバラが、やってきたのです」
桑の精は続けて言いました。
「あのバラは、わたしによじ登ってきて、好き勝手に実を食べ出したのです」
その散々なさまは、言い表しようがありません。赤ちゃんとはいえ、細い桑の木にとっては大変重く、体重を支えるのは一苦労でした。桑の精はバラを拒みましたが、バラは実を握ってはモグモグ、握ってはモグモグ、食べるのをやめません。
桑の実は、果汁が多く色も濃いので、白い服を着たバラの精は、顔も服も紫色に染まってしまいました。マダラだったので、とても綺麗とは言えません。
桑の精が、「大変ひどい目にあった」と言うと、周りの桑の木も口をそろえてそう言いました。
それを聞いて、姫は微かに首をかしげました。
「他の精達には、食べさせてあげていたのでしょう? なぜ、バラにだけは食べさせてあげようとしなかったの?」
「それは、バラが、悪い子だからです」
以前バラは、そのトゲを使って、ミントが生えようとするのを邪魔した、と言うのです。この森にミントがいないのは、あの時、バラが追い出したからだと教えてくれました。ですが、やっぱりその出来事を見たわけではありません。それでも、桑の精の話は巧妙で、姫も信じてしまいそうです。現に侍女は信じていましたし、兵士もお灸をすえなければ、と意気込んでいます。
ですが、姫は疑問に思いました。桑の精はバラが悪い子だと言うけれど、ミントの精にした悪いことは見ていませから、本当かどうか分かりません。実を食べたことにしても、他の精には食べさせてあげていたのに、バラにだけ食べさせようとしなかったのは、少し変です。
姫は、更に奥へと進んでいきました。すると、とても背の高い胡桃の木が生えています。
「胡桃のおじさん、胡桃のおじさん、あなたはバラの赤ちゃんのことを知っていますか?」
胡桃の精が出てきて、跪いて言いました。
「はい、存じております。あの、悪ガキについて、何かご用でしょうか?」
バラの話を訪ねると、早口で話し始めました。
「あの悪ガキは、向こうの木に絡まっているアケビの実を、みんな1人で食べてしまったのです。たった1人でです。
甘くて美味しい実ですから、みんな食べたかったのに、たった1人で食べてしまったのです。私だって、食べたかたんですよ」
食べている所は見たのか、と尋ねると、やはり見てはいませんでした。アケビの実は、お母さんの様な優しい甘さがするので、大変人気があります。姫も大好きでした。だからこそ、姫は疑問に思いました。
赤ちゃんの神気はとても弱いので、食べ頃を待っている他の精を押しのけて、しかもアケビの同意を得ずに食べられるものだろうか。本当は、事実ではないのではないか、と考えたのです。
胡桃の木自身も、バラに何か悪戯をされたことはありません。ここでも噂話しか聞けませんでした。
もっと奥に行くと、木苺が生えていました。少し広めに生えていましたから、年長だと思った姫は、バラについて訊いてみることにしました。
「木苺ちゃん、木苺ちゃん、バラの精を知っていますか?」
「知っていますよ、知っていますよ、あの悪い子ですね」
どんな悪い子か聞くと、木苺の精達は話してくれました。
なんと、竹の神が筍を生やせられないように邪魔をして、イバラを広範囲に広げていたというのです。さすがに、これはすぐに嘘だと思いました。ですが、木苺たちが嘘をついているのではなく、そう聞かされて、信じているだけかもしれません。
そもそも、筍を生めるほどの竹の本性は、樹齢も若くなく、どんなに神気が弱くても、下位神より下には留まっていないはずです。仮に留まっていたとしても、上位の精霊です。とても、幼い精が邪魔できる相手ではありません。
木苺達の話は続いていました。
「あいつのイバラは、悪いことばかりするんだ。みんな、あいつに泣かされているんですよ」
「みんなって?」
「みんなって、みんなですよ」
誰もかもがそう言います。ですが、姫は疑問に思いました。みんなって誰でしょう。少なくとも、ここにいる木苺達は、誰ひとり泣かされたことはないそうです。それに、年齢を聞くと、まだ300歳でした。
少し広めに生えていたので年長かと思いましたが、姫の勘違いです。よく見ると、1人1人はまだ小さく、ただ群生しているだけでした。何人かに聞いたバラの話を思い返すと、300年前には、既に、バラはここから追い出されて、住んではいません。
「あなた達にもトゲがあるのね? バラと同じね?」
姫が尋ねると、僕たちのトゲは良いトゲだ、とみんな口をそろえて言います。
竹の話は、力の関係上ありえないし、みんな泣かされた話は噂話。自分たちが生まれた時には、既にバラはいない。それに、同じトゲがある植物なのに、自分達のトゲは良いトゲだと言います。他の植物達も、木苺のトゲは良くて、なぜバラのトゲはいけないのでしょうか。訊くと、この子達も、桑の実を食べたり、アケビの実を食べたりしています。
姫は、なんだかモヤモヤして、とても悲しくなしました。もしかしたら、バラは本当にイジメられていたのかもしれない、と思ったからです。
最初は、自分のお友達になってもらおう、と思っていましたが、逆にバラのお友達になってあげたい、と思うようになりました。
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